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22. 逃げられていた (ルフェルウス視点)

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  ───そんなに私の事が好きだったなら、もっと早く言って下さい!  今更、遅いです!

  そんな言葉を残してリスティは部屋を飛び出して行った。

  (……え?)

  もだもだしてたった一言「好きだ」がなかなか告えなかった。
  ようやく口に出来たけれど、肝心のリスティの反応は、今更、遅い……
  あぁ、分かってる。リスティの言う通りだ。

  これまで通算、100回は言われたであろう“婚約破棄”という言葉。

  (……ずっと本気だったのか……)

  あまりにも言われ過ぎて、私は本気だと受け止めるのが怖かっただけなのかもしれない。本当に自分が情けない。

「ま、待ってくれ、リスティ……」

  とにかく……今はリスティを追いかけねば!
  危うく呆然としかけ、ハッと意識を戻し慌てて自分も部屋を飛び出したが、既にリスティの姿は廊下に無い。

「は、早すぎだろ!?」
   
  そんなに足が早かったのか、と驚く。

  (いや、違うな。それほど迄に私から逃げたかったのか)

  どれだけ全速力で逃げたのだろうか。
  とりあえずリスティが王宮ここから出る方法は馬車だけなのだから行先は1つだと思い、馬車寄せに向かって走る。
  切羽詰まった顔で王宮内を走る私をすれ違う者達がぎょっとした目で見て来ていたようだが、リスティの事で頭がいっぱいだった私は気にもとめなかった。

「……居た!  リスティ……」

  そして、馬車寄せに着いてリスティの姿が見えたのだけど、その瞬間、リスティは馬車に乗り込みさっさと行ってしまった。

  (あと少しだったのに……)

  仕方ない。別の馬車で公爵家まで追いかけよう。その準備を……
  と思った所で後ろから声がかかる。陛下……父上の側近だった。
  ……最悪のタイミングだ。

「ルフェルウス殿下、こちらに居ましたか。先日の施策の件で至急、陛下が確認したい事があるそうです。今よろしいですか?」
「……」
「殿下?」
「…………分かった」

   
  今すぐ追いかける事が出来ない自分の身が辛い。
  何もかも全部後回しにしてリスティを追いかけたいのに。
  これまでの告白のチャンスも、散々邪魔されたが、とことん運命は私とリスティの邪魔をしたいらしい。

「はぁ…………今からだと終わるのは深夜だろうな」
「殿下?  何か仰いましたか?」
「……いや」

  父上との話は長い。すぐには終わらない。
  さすがに仕事が終わった後の深夜に屋敷に押しかけるのは非常識すぎる。
  リスティの事だ。明日は学園を休む気だろう。ならば手紙を書いて明日の朝一番に公爵家を訪問しよう。それで……もう一度リスティに。


  ───だが、その日の夜、私はこの時の自分の選択を後悔する事になる。
  王子失格だと言われようとも、あの時リスティを追いかけるべきだった、と。


  なぜならば、その日の夜……


「──リスティが行方不明!?」
「はい……今、マゼランズ公爵から訪問者がありまして……こんな時間なのにリスティ様がどこにも居ない……と」

  チラッと時計を見る。
  今はもう深夜だ。仕事はやはりここまでかかった。

  (リスティがいない?  公爵家に戻らなかった……のか?)

  さぁっと自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。
  そして、最悪の想定が頭をよぎる。

   (まさか、戻る途中で馬車の事故にでもあった……?  いや、暴漢に襲われた?  とにかく帰宅途中で何かあったのか!?)

  私の顔色から何を想定したのかを察したこの報告者は慌てて言った。

「殿下!  リスティ様は一度は家に戻られているのです。しかし、その後姿を消したそうです」
「一度は帰った?  ……いや待て。リスティには護衛が付いてるんだぞ?  護衛の目を盗んで屋敷を抜け出したと言うのか!?」

  どういう事だ?
  
「リスティ様が帰宅した所までは護衛も屋敷の使用人も認識しておりました。しかし、その後、誰もリスティ様が外に出た所を見た者はいません。ですが、リスティ様はどこにも居ないのです」
「!?」

  そんな話があるか!
  と、言いたくなったが、またまた最悪の想定が頭をよぎる。

「まさか、人攫い……リスティは誰かに攫われた……」
「いえ、おそらく違います」

  私の最悪の想定はあっさり打ち消された。
  
「違う?」
「報告に来たマゼランズ公爵家に仕える者の話によると、リスティ様の部屋からは慌てて荷物を持ち出した形跡があったそうです。まぁ、ほんの少量の様ですが」
「……荷物を?  つまり、リスティは自らの意思で……出て行ったと?」

  だとしてもどうやって、使用人の目と護衛の目を振り切って抜け出すが出来たのか。
  マゼランズ公爵家には使用人も多い。どこに居ても人の目はあるだろう。
  ましてや、リスティは目立つ容姿をしている。

「……殿下。これを。ほんの一部ですがリスティ様の部屋に残されていたそうです」
「?  何だ?」
 
  何かを差し出された。
  そして、それが何か分かった俺は衝撃を受けた。

「……それ、は、リスティの髪……」

  差し出されたものは、あのリスティの綺麗な銀糸の髪の一部。

「……保管していた使用人の制服も無くなっているとの話です」
「つ、つまり、リスティは髪を、切り使用人の制服を着て……逃げた?」
「そう推察されます。屋敷を出る時にはいいでしょうが、まぁ、あれはあれで目立ちますので、おそらくはもうどこかで着替えているとは思いますが……」

  誰かの手を借りるでもなく、こっそりでもなく……リスティは姿を変えて堂々と正面から出て行った。そういう事になる。

「……リスティ」

  残されたリスティの髪の一部を見て泣きそうになる。
  おそらく、リスティは切った髪も処分してから出て行ったのだろうが、これは僅かに残ってしまっていたものなのだろう。
  あんなに綺麗に伸ばしてた美しい髪を切ってまで……
  そうしてまで私から逃げたかったのか?

  ──…………さようなら、殿下。

  最後は“ルフェルウス”とも呼んでくれなかった。

「私は振られた……んだな」

  ははは、と乾いた笑いが止まらない。

「殿下?  何か仰いましたか?」
「いや……それで?  リスティのそれ以降の足取りは分かっているのか?」
「それが……申し訳ございません」

  あぁ、追えていないんだな。

  (貴族令嬢の姿のままだったなら、きっと簡単に足取りを追えていただろうに)
  
  リスティは、そこまで分かっていて私の婚約者として生きる事だけではなく、貴族令嬢として生きる事も捨てて逃げたのか……


「リスティ、君は……」


  ────こうして、リスティは私の前から姿を消し、その行方は全く分からなくなった。

   
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