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21. 困惑

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  ドクンッ

  心臓が嫌な音を立てたけれど、落ち着くのよ……と自分に言い聞かす。

  (このまま見なかったことにして逃げてしまいたい……でもそれは嫌だ)

  だから私はそっと二人がいる方へと近付く。
  そうして見えたのは、確かに距離の近い二人の姿。

  ──ズキッ

  胸が痛む。
  二人は何やらそのままの体勢で会話をしている。
  ただ、抱き合っていると言うよりは、エレッセ様が抱きついているの方が正しいかもしれない。

  そんな二人が何を話しているのかは、ハッキリ聞こえなかったのに、

「あぁ……好きだよ」
 
  (!!)

  何故かルフェルウス様のこの言葉だけは、ハッキリ聞こえて来た。
  
  (今のは……?)

  私は足を止める。
  再び、落ち着くのよ、と自分に言い聞かせるけれど、頭の中ではいろんな想いが駆け巡っていた。

  (聞こえたのは、好き……という、言葉だけだもの)

  これだけでは何を指していたかは分からない。  
  エレッセ様の事とは限らない。案外、好きな食べ物の話をしていたのかもしれないし……
  

  それに話の内容よりも二人の体勢の方が気になってしまう。
  たとえ何か話があったのだとしてもいつまでもその体勢でいる必要性は全く無いと思う。
  胸がモヤモヤした。

  そもそも、どうして二人でこんな所にいるのかしら?  そこがそもそもの疑問。
  あれ、二人?
  そこで、ようやく今日は何故かミッチェル様が側にいない事に気付いた。

  (どういう事かしら?  お休み?  いえ、そんな事ある?)

「……ダメだわ」

  一人で考えれば考えるほど悪い事ばかり考えてしまう。
  だから 一旦、心を落ち着かせようとその場を離れる事にした。





  

「リスティ様」
「……エレッセ様」

  その日の放課後、何故かニコニコ顔でエレッセ様が私の元へとやって来た。
  会いたくなんかないのに。

「何の用かしら?」
「ふふ、ねぇ、リスティ様。今日のお昼休みに私と殿下が会っている所を見てましたよねぇ?」
「……!」
「殿下は気付いてなかったと思うんですけどぉ、私の位置からは丸見えでしたよぉ」

  ふふふ、とエレッセ様は笑う。

「会話聞こえました?  殿下、好きなんですって」
「……何を?」

  思わず聞いてしまった。

「何を?  嫌だわ。ふふふ、そんなの決まっているじゃないですかぁ。あの状況では一つに決まってますよぉ~うふふ」
「信じないわ」
「そうですかぁ?  まぁ、残念。信じる信じないはどうぞリスティ様のお好きにしてくださぁい」
「……」
「お話はそれだけでーす」

  エレッセ様は相変わらず人の嫌なところをついて来る。

  (それでもルフェルウス様から話を聞くまでは信じないわ)



  そう決めたのに。



  そのすぐ後、まだルフェルウス様と話をする前に、なんと陛下が体調を崩されてしまった。
  その為、ルフェルウス様は公務が忙しくなってしまい私達はすれ違いばかりになってしまう。


  そして、ルフェルウス様と全く顔を合わせなくなったと同時にエレッセ様は毎日のように私の元にやって来ては、相変わらず嘘か本当か分からない話をしていくようになった。

「殿下、お忙しそうですよねぇ」
「昨日、私はお会いしましたよぉ~、えぇ?  リスティ様は会えてないんですかぁ?  手紙だけ?  素っ気ないですねぇ」

  エレッセ様の言葉は嘘だと分かっているし、ルフェルウス様は忙しいのに私のために何通か手紙を書いて送ってくれていた。

  それでも、私の心は疲れていた。

  ───そして、私は何も分かっていなかった。

  陛下の事があって忙しくなったのは確かだけど、それに輪をかけて忙しくなっていたのは、エレッセ様に篭絡された側近達を全員謹慎させていて人手が足りなかったからなのだと。

  でも、この時の私はそんな事を考えもしなかった。



   そうして、陛下の体調も戻り、ルフェルウス様の公務も落ち着いた頃ようやく私達は会う事が出来たのだけど。

「……リスティ!  会いたかった!」

  会うなり私を抱きしめて来たルフェルウス様は、良くも悪くも全く変わっていない。

「お疲れ様でした。何も出来ずごめんなさい」
「いや、手紙の返事をくれただろう?  あれだけで元気を貰えたよ」
「……相変わらず大袈裟ですね」

  私が苦笑いしながら答えると、ルフェルウス様は「そんな事はない!」と言う。

  いつもならこんな時、胸が高鳴るのに……何だか今日は切ない気持ちになる。
  私、どうしてしまったのだろう?

  多分、ここ最近ずっとぐるぐる色んな事を考え過ぎなのかもしれない。そう思った。

  ルフェルウス様はそんな私の気持ちも知らず、そっと私の手を取る。
  そして、そこにそっとキスを落とした。

「!!」
「リスティ。ずっと……君に言いたい事があった」
「ル、ルフェルウス様……?」
「この公務が片付いたら今度こそ絶対に伝える……とそう決めていた」
「?」

  今までになく、真剣な顔をして私を見つめながらルフェルウス様は言った。

「──好きだよ、リスティ。私は君の事が好きなんだ」
「……え?」
「本当は、ずっとずっとそう伝えたかったんだ……」
「ずっと……?  私を?  好き……?」
「うん、好きだった」

  何かを答えるよりも私の頭の中には、ルフェルウス様と出会ってから今日までの事が頭の中を一気に駆け巡る。

  ルフェルウス様の気持ちがよく分からず翻弄された日々、エレッセ様ピンクが現れてからの日々……
  100回は口にした気がする、婚約破棄を求める言葉。
  エレッセ様を娶るはずの話、彼女との密会……あぁ、この事も聞かなくちゃいけないのに。

「ルフェルウス様は…………ずっと私の事を……?」
  
  そう呟いた自分の声はどこか震えていた。

「そうだよ、リスティ。私は君が好きだ」
「……」

  そして私は──……


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