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23. 行方知らずの婚約者 (ルフェルウス視点)
しおりを挟む「あなた、いい加減になさいませ!」
「なんの事ですかぁ?」
ぶぉんという音と共に縦ロールが揺れた。
「最近、ミッチェル様が学園に来ていないのをいい事に、別の男性達とベタベタしている事は分かっていますのよ!」
「そんな事はしていませんよぉ。ちょっと仲良くお話しているだけですよ~」
「それがベタベタと言っているんですのよ!」
「きゃぁ! 怖ーい」
オコランド侯爵令嬢の怒りと共に揺れる縦ロール攻撃に対してピンク頭のあの女は、棒読みで怯える真似をしていた。
(あの二人は今日もなのか……!)
「仲良くお話してるだけなのに何がいけないんですかぁ?」
「何故、分からないんですの! 中には婚約者のいる男性もいましてよ!」
「えー、そんなのぉ、私には関係な……」
「あ・り・ま・す・の!!」
ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん……
オコランド侯爵令嬢の意思に沿って動いているとしか思えない縦ロールの巧みな動きについ思わず見入ってしまった。
だが、いい加減クラスメート達にとっても迷惑なので止めに入らねば。
私は重い腰を上げていがみ合う二人の元へと向かった。
「殿下ぁ、ミュゼット様がぁ~」
縦ロールの方はブツブツ文句を言いながらも下がっていったのにピンク頭の方は何故かこっちに向かってやって来る。
呼んでないんだが?
「……近付かないでくれないか?」
「えー? どうしてですかぁ、だってぇ、私ー……っ」
馴れ馴れしく私に触れようと手を伸ばしたピンク頭の女をひと睨みすると、ビクッと脅えて肩を震わせた。
(あぁ、しまった。殺気が漏れていたかもしれないな)
「そんな目で見るなんて、ひ、酷いですぅ……」
「……」
この女は何を考えているのだろうか?
マースもミッチェルも。この二人よりはマシだが残りの二人の側近の様子がおかしくなったのは全部こいつのせいだろう。
それが知りたくてあの日、呼び出しに応じてみた。
──来てくれて嬉しいです~!
と言って突然、抱き着いて来るような女。
アイツらはこんな女にあっさりと篭絡されたのか。
はぁ、とため息しか出ない。
(まぁ、リスティに逃げられた私は偉そうな事は何も言えないが)
「こ、この間は二人で会ってくれたじゃないですかぁ」
「……」
そして頭も悪い。私がリスティ以外の女と二人で会うわけがないだろう?
二人きりで話がしたいです──
と言って呼び出されたが、当然、二人きりで会うつもりなど無い。だが、二人でないと分かるとこの女は話をしないかもしれないと思い護衛には隠れてもらっていたが、やはり気付かなかったらしい。
この女の支離滅裂さは、傍から聞いていても感じるようで、ミッチェルの代わりに最近連れているその護衛は後で「気味の悪い女ですね」と言っていた。
余程の事がない限り出てくるなと言っておかなければ、ピンク頭は即拘束されていただろう。
「何を言っている? 勘違いしてもらっては困る。私が護衛もつけずに二人っきりで会うのはリスティだけだ」
「えっ」
「何を驚く事がある? 私はあの時、君の質問にはっきり答えたはずだが?」
──リスティ様の事が好きなんですか?
そう聞かれたから「あぁ……好きだよ」と答えた。
「……っ」
ピンク頭はあの時の話を思い出したのか唇を噛むと悔しそうな顔をした。
(心が醜いと表情にも出るものなんだな)
リスティなら、絶対にしない表情だ。
彼女の笑顔はなんと言っても最高に可愛い。
このピンク頭の笑顔とは大違いだからな。
「そ、そう言えば! ミッチェル様だけでなく、最近はリスティ様のお姿も見かけませんけどぉ、どこか具合でもー……」
「君には関係ない」
「……っ」
「これ以上、余計な真似をするつもりなら、私ももう黙ってはいない。そのつもりでいろ」
「……っっ」
さすがにピンク頭もこの時はそれ以上は口を噤んだ。
まぁ、この女の事だから一時だけだろうが。
(この女を排除するには……)
──リスティの失踪は当然だが公にされていない。
公爵夫妻が涙目で「必ず連れ戻しますから婚約破棄だけはご勘弁を」と泣いて縋ってきたが、婚約破棄を求められてるのは私の方だ……
言葉足らずな私のせいでリスティには、嫌な思いをさせた。
それ以外にも色々、原因があるのだろう。
私はその事をきちんと受け止めないといけない。
だからこそ思う。
(捜し出して連れ戻す事が本当にリスティの幸せなんだろうか?)
リスティの為を思うなら彼女の望み通り、婚約破棄をして私から解放する事が1番なのだろう。
だが、生粋の公爵令嬢として育てられた来たリスティが、このまま誰にも頼らずに生きていく事は厳しいはずだ。そんな簡単な話では無い。
(持ち出した荷物はそう多くないと聞いている。そうなるとお金も尽きるだろうし、食事も怪我や病気だって……)
見つけ出して連れ戻して、ずっと私の隣にいて欲しい。
自分の身勝手な思いは消えないが、今はただ、リスティが無事であって欲しい。
そんな気持ちでリスティを捜し続けた。
「それで? リスティの行方は?」
今日も城に戻るなり、リスティ捜索の進捗を訊ねる。
(側近が揃いも揃ってあんな事になったからこんな時に使える人間がいなさすぎる……)
「公爵家の制服を着た、凄い美人の女性が馬車に乗ったという報告はありましたが、途中で降りたそうで、そこからの目撃情報は期待出来そうにありません」
「そこで着替えた可能性が高いな」
リスティの手がかりを追うもその足取りはなかなか掴めない。
とても上手く逃げている。
(ずっと計画していたのか? いや、でも突発的にも思えるし……)
──リスティ、すまない。
君は探されたくないかもしれないが、放っておきたくはないんだ。
地道にリスティの足取りを追い続けながら、美しい銀の髪(短くなっても美しさは変わらないはずだ!)の女性の目撃情報を頼りに逃げた方向を探っていたある日の事だった。
「私に、面会を求めている? 学園のクラスメートが?」
「はい。出来れば校内では話したくない内容なので、と王宮に赴いたようです」
「……誰だ?」
そこまでして私に話したい事とは何だ?
「──ニフラム伯爵家の嫡男、エドワード様です」
「ニフラム伯爵家の?」
クラスメートではあるが親しい訳では無い。
強いて言うなら、あの日リスティがピンク頭に会うと言う伝言を私に持って来たのが彼だったと思うが……それだけだ。
だが、わざわざ王宮に来てまでとは何の話かは気になる。
「分かった。通せ」
「はっ」
そうして数分後、彼は現れた。
「お目通りが叶い嬉しく思います。エドワード・ニフラムです。殿下におかれましてはー……」
「あぁ、前置きはいい。それで話とはなんだ?」
私のその言葉にエドワードは一礼をした後、ハッキリした声で答えた。
「殿下の婚約者、リスティ・マゼランズ公爵令嬢と、そしてクラスの問題児のピンク……いえ、エレッセ・ファンファ男爵令嬢についての話でございます」
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エドワード・ニフラム伯爵令息。
後に私が大きな借りを作る事になる男との出会いだった。
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