【完結】そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして

Rohdea

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27. 絡まった私たちの糸

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「髪が本当に短い……」

  やがて沈黙を破るかのようにルフェルウス様がそう呟く。
  長いあの髪を気に入っていたから、やっぱり気に食わないのかな?  そう思うと悲しい気持ちになったところでルフェルウス様は続けて言った。

「でも、可愛い……」
「………………え?」
「知らなかった。リスティは髪が短くても似合うんだな」

  そう言って私の短くなった髪にそっと触れた。

「!?」
「あ……すまない。勝手に触れてしまった」
「い、いえ」

  ルフェルウス様が慌てて手を離す。
  そして、私をじっと見つめる。

「……少し痩せたか?」
「そうでしょうか?  自分ではよく分からないです」
「でも……元気そうで……無事で……良かった」

  安心したようにそう口にするルフェルウス様の目に薄ら光るものが見えた気がした。

「……ごめんなさい」
「リスティが謝る事じゃない。だから、謝らないでくれ!  私が何も分かっていなかったんだから」
「いえ!  私だってまともに話もしないで……逃げ出しました。それに私は何度もあなたに……」
「婚約破棄の訴え……か」

  ルフェルウス様が悲しそうな目をした。

「なぁ、リスティ……その話をしよう。いや、しなくては。そう思ってここに来た」
「殿下……」
「リスティ。君が婚約破棄を訴え続けたのは、私を嫌ったから……ではなくピンク頭のせいか?」
「……」

  私が目を伏せるとルフェルウス様は優しい声で言った。

「責めてるわけじゃない。どうしても確認しておきたい。ピンク頭はリスティに絡んでいた。私は何も出来ず……本当に本当にすまない。そして、ピンク頭はリスティに言っていたのだろう?  私の妃になるのは自分なのだと」
「……」
「本来なら“有り得ない”そう、一蹴出来るはずのその話を君が信じたのは……ピンク頭に言われたからじゃないか?  “私の顔には一生消えない傷が残ってしまった”“殿下はその責任をとって私と結婚する話が進んでる”のだと」
「!」

  どうしてそれを!  そんな言葉が口から飛び出しそうになる。
  もっと、嫌味ったらしい言い方ではあったけれど、その通りだった。
  診察に来たと言って王宮で会った日にそう言われた。
  
「リスティ。あの女の顔の傷は一生消えない傷なんかでは無い」
「え?」
「私は医師からそう報告を受けていた。だがこの話を聞いて、ここに来る前にもう一度その件を医師に確認したが、最後の診察を受けたという日には綺麗に傷が無いことを確認されている」
「そんなはず!?  待って下さい、ですがあの日の彼女には!」

  だって、あの日のエレッセ様は───

  ──……あ、でも。実はぁ……リスティ様に言っても仕方ない事だとは思うんですけどー……

  ──実は、私───お医者様の話だとぉ、顔に一生傷が残っちゃうそうなんですよぉ……

  そう言って頬のガーゼを捲って私にを見せた。
  その傷は本当に痛々しいもので、今もこんなに傷がはっきり残っているのなら、一生痕が残るという話も納得出来たのに!

「リスティに残っていないはずの傷跡を見せていた?」
「エレッセ様はその後も、他の場所の包帯が取れても頬のガーゼだけは絶対に外す事が無かったので……私は疑う事すらしませんでした……」

  だからこそ、ルフェルウス様が責任を取る事になるという話も信じてしまった。
  彼女が轢かれたのは王家の馬車。
  身体に傷があっても結婚に支障の出る世の中で顔に傷なんて以ての外だから。
  まさか、全部嘘だったなんて。

  (それなら、あの傷跡はいったい何だったの……)

「リスティは、そのせいで私があのピンク娶る事になるから身を引くと言い出した」
「……私は我儘だと言われても、夫が他の女性を迎えるのは……嫌です。こんな気持ちを持つ私は……殿下の婚約者、には相応しくありません……」
「リスティ!」

  ルフェルウス様が腕をとって引き寄せるとそのまま私を抱きしめた。

「本当にすまなかった。君がそんな風に思っている事をこうしてもっと早く聞くべきだった」
「……」
「リスティ。この間も言ったが私は君の事が好きだ」

  ぎゅっ……ルフェルウス様の私を抱きしめる力が強くなった。

「“この人だ”」
「え?」
「リスティにそう思ったんだよ。私はリスティと出会ってからずっと君しか見ていない」
「では私との婚約は……」
「リスティの事を好きになったから。だから君を選んだ」
「!」

  ──いったい、いったい私はずっと何を見ていたの?  違う。何も見ていなかった。
  見ようとすらしていなかった。
  それなのに、勝手に不満だけ言って……勝手に誤解して……
  バカだ……本当にバカだ。

「一番最初に私はこの事を君に言わなくちゃいけなかったのに……最初に逃げたのは私の方だ」
「……」
 
  違う違うと首を横に降るけれど言葉が上手く出てこない。

「好きだ、と言ったらリスティが逃げてしまう気がしたんだ…………だって母上は……」
「……殿下?」

  そう静かに呟いたルフェルウス様の顔はどこか暗くて何かを思い出している様にも見えた。
  母上?  それって王妃様?
  あれ?  そう言えば、王妃様って確か今……

「本当に私は情けない……それでも私のこの気持ちを……君の事が好きだという気持ちに嘘は無い!  そして、私は君だけを……リスティだけを望んでる。あのピンクなんて以ての外だ!  他の女性も要らない。リスティ、君が欲しい」
「殿下……」
「ルフェルウス」
「え?」
「お願いだ……前みたいに名前で呼んでくれ。“殿下”と呼ばれる度に……胸が痛むんだ」

  ルフェルウス様の顔が悲痛そうで。
  ずるい……なんてずるいのこの方は!
  そんな事をそんな顔で言われて私が殿下と呼び続ける事が出来ないと分かってて言ってるんだわ!

「ル、ルフェルウス……様」
「あぁ!  リスティ!」

  だから!  どうして今度はそこで破顔するの!!

「リスティが好きだからだ。好きな人には名前で呼んでもらいたい」
「!」

  ルフェルウス様が私の心を読んだかのように言う。

「だから……君の気持ちが知りたい。リスティ」
「え?」
「さっきエドワードは言っていた。が、私は期待してもいいのだろうか?」
「~~……」

  言ってもいいの?
  私もルフェルウス様の事を想っています、と。
  そんな資格……私にある?

「リスティ、これまでのごちゃごちゃした余計な事は考えるな。私はただ君が私の事をどう思っているのか。それだけが知りたい。君の口から聞きたいんだ」

  そう語るルフェルウス様の顔はどこか不安そうで。
  私は好きな人になんて顔をさせてしまっているのだろう。
  そう思った。

「……きです。ルフェルウス様……」
「ん?」
「私も……あなたの事がルフェルウス様の事が……好きです…………って、えぇ!?」

  不安そうな顔を笑顔にしたかったのに、何故かルフェルウス様の目からはポタポタと涙が……

「あれ?  ははは……おかしいな。何だこれ……」

  ルフェルウス様は必死に涙を拭う。

「ルフェルウス様!」

  たまらなくなった私は、自分からルフェルウス様に抱き着いた。

「リ、リスティ?」
「わ、私は……今も自分が王太子妃……将来の王妃に相応しいなんて……思えません!」

  あっさり騙され勘違いして話も聞かずに思い込みだけで突っ走り……そして最終的に暴言を吐いて逃げ出すような女のどこが相応しいと言うのか。

「そ、それでも私はルフェルウス様の……あなたの側にこれからもこの先もいたい……です!  何も出来なくてもダメな所ばかりでもあなたを……支えたい。せめて心だけでも」

  あなたが私を望むなら……望んでくれるなら、私はその気持ちに応えたい!
  今は未熟でもいつかあなたを支えられる私になりたい!!
  そう思った。

「リスティ。私も王太子としても、君を愛する一人の男としても……相応しいどころか失格だ」
「何を言ってるんですか!」
「いや、私は自分の目ではなく、人任せで側近達を選び、その結果が揃いも揃ってあんな事になった。更にリスティが傷つけられるまでおかしい事にすら気づかず放置し続け、ピンクを野放しにしていた男だぞ?  “この人だ”と見初めた初恋の相手には、好きだと言うことすら出来ず誤解させて苦しめた……」

  ルフェルウス様の語尾がどんどん沈んでいく。
  これは自分で言葉にして落ち込んでいっているみたい。私と同じね。

  私はルフェルウス様の目を見つめて笑顔で言う。

「ルフェルウス様、私はもう逃げませんから」
「リスティ?」
「ルフェルウス様からの気持ちからも、私を取り巻く環境からも。だから、一緒に───」

  最後まで言えなかった。

  ルフェルウス様の唇が私の唇を塞いでしまったから。

  
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