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10. 話し合いの場へ
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「やあやあやあ! こんにちはレテイーシャ嬢、あれから息災だったか?」
「は、はい! こんにちは」
そして約束の日。
エドゥアルト様は我が家まで私を迎えに来てくれた。
今日は軽装ではあるけれど、あの妙ちくりんな格好ではない。
あの日、エドゥアルト様の素顔を見ていなかったら、誰!? とこの場で叫んでいたかもしれない。
「すぐに日程の連絡が出来ず、すまなかった」
そう言いながら馬車の前でエドゥアルト様は流れるような動作で私に手を差し出す。
その手を取って馬車に乗り込んだ。
(流石というか……動作が様になる方ね……)
そんなことを思いつつ、馬車はギルモア侯爵家に向けて出発した。
「あの……」
「ん?」
馬車の中で私は気になっていたことを訊ねる。
そう。
なぜ、話し合いの場がギルモア侯爵家なのか────
「ああ、なぜギルモア家に行くのか、か?」
「はい」
まだ、私が最後まで言っていないのにエドゥアルト様は的確に私の疑問を理解していた。
「はっはっは! ジョシュアが会いたがっている───のも理由の一つだが、ジョエルと夫人、それから侯爵夫妻も君に会いたいと言っているからだな!」
「は、い!?」
(それってつまり全員では!?)
目を白黒させた私を見てエドゥアルト様は豪快に笑い出す。
「ははは! ジョシュアと追いかけっこが出来る令嬢は貴重だからな! 皆、興味津々なのさ」
「え……」
「そういうわけで、話し合いのための部屋を貸してもらうことにした」
「そ、そうですか……」
私は頷く。
分かったような、分からなかったような……そんな気持ち。
(でも、ジョシュアくんには会いたい……わ)
あの、ニパッ! と笑った可愛い顔と「あうあ!」は癖になる。
「……」
私はこっそりチラッとエドゥアルト様に視線を向ける。
……まさか、私のそんな気持ちも見抜いて?
(───まさかね。さすがにそれは考え過ぎ、よね)
「ちなみにだが、この件で僕が今日訪問する旨の事前連絡をギルモア家にしたら────なぜか天変地異の前触れではないかと大騒ぎになったそうだ」
「…………て、天変地異!?」
なんでそんな騒ぎに!?
驚いて目を丸くしてエドゥアルト様を見る。
「はっはっは! とても不思議だろう? 何故なんだろうな。相変わらずとても愉快な家だ」
そう言って笑うエドゥアルト様の顔はそれでもどこか嬉しそうだった。
(ギルモア侯爵家……)
あの微笑みの天使ベビー、ジョシュアくんの家族────……
あれから私も無知ではいられないと思い、ギルモア家について私なりに調べてみた。
侯爵家当主のジョルジュ様(埋める担当)、侯爵夫人のガーネット様(踏み潰す担当)
息子の次期侯爵、ジョエル様(不器用)、夫人のセアラ様(天使)
そしてジョシュアくん(ベビー)
(何だか調べれば調べるほど、一人一人が“濃い”のよねぇ……)
「ところで、どうだ?」
「はい?」
どう、とは?
エドゥアルト様に訊ねられたけれど、話が見えずに首を傾げる。
「あれだ、えっと……婚約者の君を蔑ろにし血の繋がらない妹に並々ならぬ気持ち悪いほどの浮気心を抱いているのに一切それを認めようとしない往生際の悪い金目当ての最低カス男、だ!」
「……」
(ジェローム様のことね?)
エドゥアルト様は息継ぎなしで言い切っていた。
「この数日間、そいつは君に何か接触して来たか?」
「あー……」
私は苦笑する。
「それが、エドゥアルト様から連絡が来る前……義妹を連れて我が家に来たんです」
「なに? さすが無神経な男は何処までいっても無神経なのだな」
エドゥアルト様が眉をひそめた。
私はそんなエドゥアルト様の顔を見ながらその時のことを思い出す。
─────……
『レテイーシャ。最近の君は、連日パーティー三昧らしいな』
『は?』
ジェローム様はムスッとした顔で開口一番そう言い放った。
『もう、おにいさま! レテイーシャ様だってそんな気分になることあってもおかしくないでしょう?』
『ステイシー……だが、レテイーシャのせいで、なぜ、婚約者同伴ではないのか? と俺が周囲に聞かれているんだぞ?』
『おにいさま……』
『……』
私は無言でお茶を飲む。
(何しに来たのかと思えば──……)
私はもっと社交界のことを知るべきと思い、コックス公爵家のパーティー以降もいくつかのパーティーに顔を出していた。
その際に“婚約者同伴”でなかったことを周囲に不思議に思われていたらしい。
(その文句を言いに来たのね……)
実に暇な人だ。
『なあ、レテイーシャ。いい加減、君も現実が分かっただろう?』
『……』
私は無言のままフッと微笑む。
すると、ジェローム様がビクッと身体を震わせた。
(そうだった……)
あの日、エドゥアルト様もジョシュアくんも私を綺麗だとか美しいだとか夢のようなセリフをポンポン言ってくれたけれど、ジェローム様のこの反応が私にとってこれまでの“普通”だった。
『……』
(……こんな男の反応より、あの二人の言葉を信じたいわ)
強い瞳だと。
綺麗だとも言ってくれた。
だから───
(下を向く必要なんてない)
私は顔を上げてにっこり微笑む。
『現実────そうですわね、パーティーに出向いて色んな方と出会ってお話して……ジェローム様、如何にあなたが小さい男か分かった気がしますわ』
『なっ……んだと!?』
『レテイーシャ様! 酷い! おにいさまになんてこと言うんですか!』
『……』
無言のまま、ステイシーをジロッと見つめると、うっ……と肩を震わせて縮こまった。
『───ジェローム様』
『な、なんだ……?』
『お二人がわたくしを利用して仲良くデートするのは構いませんが』
『レテイーシャ!?』
私はガタッと椅子から立ち上がる。
そして二人のことを睨みつけた。
『“お約束”はお忘れないよう、お願いいたしますわ』
『……っ』
『どうぞ、ジェローム様はお名前のサインを書く練習でもなさるとよろしいのでは?』
『……っっっ!』
私の嫌味にジェローム様は真っ赤な顔で怒っていた。
─────……
「───と、いうような様子で思いっきり睨みつけて宣戦布告をしておきましたわ」
「なるほど、婚約者に会いに行くフリをして義妹とデートか。考えることがせこいな」
「ええ、本当に」
エドゥアルト様の仰る通りだ。
仮に私に文句を言いにくるのは良しとしても、その場にステイシーをわざわざ連れてくる意味が分からない。
どう考えても彼女は話とは無関係。
(でも……もういいわ)
こうして、無事にエドゥアルト様という協力者を得たのだから婚約解消には絶対に頷かせてみせる……
そしてこの足でむにゅっと踏み潰してぺちゃんこにして差し上げるわ!
私は拳を握りしめながら足にも力を入れて改めて誓った。
そうして私たちの乗った馬車は目的地───ギルモア侯爵邸に到着。
(……広い)
エドゥアルト様の手を借りて馬車から降り立った私は大きな屋敷を見上げる。
そして思い出す。
ベビーのニパッ! とした笑顔。
そして常に迷子です──と言っているように感じたあの言葉。
「ジョシュアくんは、この広い屋敷で常に迷子になっているのでしょうか?」
「ん? はっはっは! そうだな」
エドゥアルト様が陽気な笑いながら頷く。
「ジョシュアとの初対面。意気投合した僕を庭に案内する! と言ってくれたジョシュアはそのまま物置部屋まで案内してくれた!」
「ジョシュアくん……」
「迷子のくせに───え? 物置部屋? ここはどこだろう? さっぱり分かりません? あの潔い答え方は、さすがジョエルの息子だと思ったものだ!」
「わー……」
エドゥアルト様はきっとその時もジョシュアくんを怒ったりせずに、豪快に笑い飛ばしたに違いない。
(だから、二人はあんなに仲良し───)
そんな想像をしたら、思わずふふふっと笑みがこぼれた。
エドゥアルト様がハッとして私の顔をじっと見てくる。
何だか胸がドキッとした。
「な、なにか?」
「ん? ああ、失礼した。レテイーシャ嬢は笑顔も綺麗なのだなと思っただけだ」
「!」
「何をそんなに驚く? 僕は幼少期から多くの令嬢と顔を合わせて来たのだが────」
エドゥアルト様がそこまで言いかけた時だった。
「あうあ~~~~!」
「────ジョシュアァァァ! 玄関を飛び出すんじゃありません! 中で待つようにと言ったでしょう!?」
「あうあ! あうあ!」
何やら聞き覚えのあるベビーの声が聞こえてきた。
バッと振り返るとそこには……
ニパッ!
「あうあ!」
「───ジョシュアくん!?」
今日も満面の笑みを浮かべて、ここは外なのに全力高速ハイハイで駆け寄ってくるジョシュアくん。
(えええ……ふ、服が! あっという間に泥んこに!)
そして……
「ホーホッホッホッ! 今日は勝負服を着るのです、と昨日から興奮しては大騒ぎして、皆を巻き込んでジョシュアファッションショーを開催して着る服を選んだくせに……もう泥んこになってるじゃないの!」
「あうあ!」
(……ジョシュアファッションショー……?)
ペタペタペタペタ……
「ジョシュア! もう! 聞いてるの!? お待ちなさい!」
「あうあ!」
ニパッ!
そんな泥んこジョシュアくんの後ろを高笑いしながら追いかけているのは……
(…………び、美人っ!!)
これまで見た誰よりも美しくて、とびっきり綺麗な女性だった。
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