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9. 怪しい彼の素顔
しおりを挟むあまりにもあっさりと引き受けてもらえたことに、逆に私の方が戸惑った。
「え!」
「どうかしたか?」
「あうあ!」
ジョシュアくんがキャッキャと嬉しそうに手を叩いている。
このはしゃぎっぷり……私の聞き間違いではなさそうだ。
「エドゥアルト様、本当によろしいのですか?」
「構わないぞ? …………むしろ」
「むしろ?」
この時、なんとなくチラッとエドゥアルト様の視線が私の足元に向けられた気がした。
「あうあ!」
「踏、あ……いや、失礼。そんな不誠実な男はさっさと始末してお姉さんはボクと遊ぶといいです───ジョシュアもそう言っているぞ?」
「ジョシュアくん……」
「あうあ!」
呼びかけたらニパッ! といい微笑みが返ってきた。
潰すとか埋めるとか始末とか……とてもとても0才児が発する言葉とは思えない……!
ちょっとこの子の将来が心配。
そしてこの子をのびのびと育てているであろうギルモア侯爵家が気になって仕方ない。
(侯爵家のことは後で調べるとして───……)
「エドゥアルト様、ありがとうございます……ですが、その前に一つ大事な確認をさせて下さいませんか?」
「確認?」
「あうあ!」
そう。
あくまでフリとはいえ、私に協力するとなるとエドゥアルト様はジェローム様やニコルソン侯爵家の面々に私の次の婚約者候補と名乗ることになる。
よって、エドゥアルト様に現在、婚約者や意中のお相手がいてはいけない。
(私なんかの為に迷惑をかけるわけにはいかない!)
何より、あのステイシーみたいな立場になるの真っ平御免!
「はい。今更の確認となり申し訳ないのですが、エドゥアルト様には現在、婚や……」
「あうあ~!」
グイグイッと前に乗り出して来たジョシュアくんに私の質問は遮られた。
「待て、ジョシュア! なぜ君が僕の代わりに勝手に答えようとする!」
「あうあ!」
「なに? ボクは全部知ってます? この間、三十五回目のお見合い相手に逃げられたそうですね? …………なっ! 誰が君にその話を吹き込んだ!?」
(───は!?)
「あうあ!」
「それはヒミツです!? ジョシュア!」
「あうあ! あうあ!」
ニパッ! ニパッ!
ジョシュアくんはとってもいい笑顔でエドゥアルト様の追及を誤魔化そうとしている。
そんなことより───
(お見合いが、さ、三十五……回ですって!?)
上には上がいる。
エドゥアルト様に比べれば私の振られ続けた十回なんて大した事ではなかったかもと思えて来た。
「コホンッ…………まあ、いい。おそらく情報源はガーネット様だろう。あの方は侮れないからな……! はっはっは!」
陽気に笑うエドゥアルト様。
“ガーネット”
その名前は先程も聞いた。
…………確か踏み潰す担当。
「すみません……そのガーネット様とはどなたのことなのですか?」
「あうあ~~!」
ジョシュアくんがニパッと満面の笑みで両手を上げて元気いっぱい答えてくれる。
そんなジョシュアくんの様子を見て私はポンッと手を叩いた。
「あ、分かりましたわ! ジョシュアくんのお母さ……」
「いいや────現・ギルモア侯爵夫人。ジョシュアのお祖母様だ」
「あうあ!」
「あら……?」
母ではなくお祖母様だった!
えっと確か、ジョシュアくんが言うには……とても強くて逞しくて美しい方。
想像してみようと思ったけれど上手く出来なかった。
「あうあ! あうあ!」
ジョシュアくんはニパッ、ニパッと嬉しそうに笑う。
「この通り、ジョシュアはガーネット様のことが大好きなんだ」
「そうでしたか」
「あうあ~」
「ガーネット様……彼女はなんというか……まあ、常に色々な情報を握っている方だ。まあ、どこからか僕のことも聞いたのだろうな! はっはっは!」
(三十五回のお見合い……)
公爵家に嫁げる大チャンスを令嬢たちがそう易々と逃すはずがない。
にも関わらず、エドゥアルト様が逃げられ続けた理由はやっぱり───
(カツラと鼻メガネかな…………)
いや、でもまさかお見合いの席でこんな珍妙な格好をして臨むはずが無……
「やはり、母上の言うことを聞いて見合いの席でのカツラとメガネはやめておくべきだったかもしれないな」
「……は、い?」
私が聞き返すとエドゥアルト様は大真面目な口調で言った。
「そうした方がお相手もリラックス出来るだろうと思って母上の反対を押し切って毎回装着していたのだが……不思議だ」
「え!」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアくんが満面の笑みでエドゥアルト様に笑いかけると、エドゥアルト様はジョシュアくんの頭を優しく撫でた。
「ジョシュアの父親──ジョエルは口数も少なく表情が全く顔に出ない不器用な男なんだ」
「あうあ!」
それはまた、ジョシュアくんの父親だとは信じられないくらいの真逆っぷりだ。
やはりギルモア侯爵家は奥が深そう。
(奥様……ジョシュアくんのお母様がニコニコしている方なのかしら? 天使とか言ってたし)
「だが! そのジョエルは僕がこういう格好をするとだな、ほんの僅か……本当に少~~しだけなのだが口元が緩む時があるんだ!」
「え?」
「あうあ!」
ニパッ!
「ジョエルがちょうどセアラ夫人───ジョシュアの母親と婚約した頃に開催した僕の誕生日パーティーで、ジョエルは極太眉毛付きの今日のこれみたいな付け鼻のメガネをプレゼントにくれた」
「え!」
エドゥアルト様はこれ、と言って顔の鼻メガネを指す。
今日は髭付きの鼻だけど他にもあるらしい。
「あうあ!」
それを聞いてニパッ! と嬉しそうに笑うジョシュアくん。
「ねぇ……ジョシュアくん、これは笑うところ……なのかしら?」
「あうあ!」
「……あなた、もちろんです! って言ってない?」
「あうあ!」
プレゼントに喜んでいるエドゥアルト様もどうかと思うけれど、“これ”を誕生日プレゼントにするセンスが……
(親友って…………すごい!)
私は勝手に二人の友情に感動する。
「そして僕は見た! あの時、ジョエルの口元がほんの数ミリだが緩んだ瞬間を!」
「あうあ!」
「す……数ミリ」
どうしよう。
これ、どこから突っ込めばいいの?
「これには人を笑顔にする効果がある───楽しいと分かったのでそれから、僕はこうして自分でも集めてたくさんコレクションすることにしたのさ!」
「エドゥアルト様……!」
「あうあ!」
「…………だが、見合いの席では不評のようだな」
ガックリ肩を落とすエドゥアルト様。
(────でしょうね!)
「あうあ! あうあ!」
「ん? なんだ? ジョシュア」
ジョシュアくんが必死にエドゥアルト様に向かって何かを訴える。
もしかしたら、ジョシュアくんなりに彼を慰めているのかもしれ……
「あうあ!」
「なに? でもお姉さんは大丈夫?」
(ん?)
「あうあ!」
「お姉さんも最初は驚いていたけど、今は平気で会話していますです? ───はっ! 確かに」
エドゥアルト様がジョシュアくんから視線を上げるとじっと私を見る。
「……エドゥアルト様?」
「失礼。あまりにも君がずっと自然に会話してくれていたから忘れていた」
「あうあ!」
「……ああ、さすが彼女は君の見込んだお姉さんだな、ジョシュア」
「あうあ!」
「すまない。ウッドワード嬢。少しだけジョシュアのことを抱っこしていてくれ」
「は、はい」
エドゥアルト様はジョシュアくんをそっと私に託すと、ずっと装着していたカツラと鼻メガネを外した。
ようやく彼の素顔が私の目の前に現れる。
「───改めてよろしく、レテイーシャ嬢」
「~~~~うっ!」
エドゥアルト様の素顔を見た私は言葉を失う。
鼻メガネの下に隠れていたエドゥアルト様の素顔は、どこかの国の王子様と言ってもおかしくないくらいのまさに正統派の美男子だった。
(こ、これは衝撃……!)
「あうあ! あうあ!」
「え? ……ジョシュア、くん?」
ニパッ! ニパッ!
「あうあ!」
「────ねぇ、ジョシュアくん? あなた……僕には及ばないけど、なかなか格好いいですよね、みたいなこと言ってない?」
「あうあ~~!」
私の腕の中でジョシュアくんは満面の笑みで手をパタパタさせた。
その後、私とのこれからのことは後日、日を設けて話し合う約束をし、エドゥアルト様はカツラと鼻メガネを再び装着するとジョシュアくんを抱き抱えて意気揚々とパーティー会場に入場。
入場前に入口で彼らと別れていた私は会場の中から二人の登場をハラハラしながら見守った。
そして────
珍妙な格好で現れたエドゥアルト様と可愛い微笑みベビーの登場に会場は大いに湧いた。
これがエドゥアルト様の見たかったもの。
(ああ、“楽しい”ってこういう……)
この大勢の人の中の何処かで心配のあまり眉間に皺を寄せていたであろうジョシュアくんのお父様も数ミリだけ頬を緩ませているのかな?
なんて思ったら自然と私の顔も綻んでいた。
それから、パーティーの数日後。
我が家にコックス公爵家、エドゥアルト様から手紙が届く。
私は不思議そうな顔をしているお父様から手紙をひったくると、そっと封を開ける。
そこには───
なぜか例の件の話し合いはギルモア侯爵家で行おう、と書かれていた。
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