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20. 公爵夫人との対面
しおりを挟むジェローム様がすごすごと帰って行った後、私はコックス公爵家へと急いだ。
ただし、今日は約束をしていない。
大丈夫かな……と不安になる。
(はっはっは! いつでも僕を訪ねてくるといい! って笑って言ってくれていたけど本当に平気かしら?)
通常なら裏がありそうと思わなくもないけれど、あのエドゥアルト様に限っては本心から言ってそうな気がする。
「……わたくしを不思議な人だとあなたは言っていたけれど」
私からすればエドゥアルト様も不思議な人。
馬車に揺られながらそんなことを考えた。
「……え? エドゥアルト様はお出かけ中、ですか?」
「はい。フラッと散歩するかのように出ていかれたのでおそらくギルモア家だと思われますが」
コックス公爵家の使用人が慣れてますって顔でそう教えてくれた。
「散歩……そうでしたか。それでは出直します」
さすがにギルモア家にまで突然押しかけるわけには行かずに、帰ろうとしたその時だった。
「あ、お嬢様。お待ちください」
「はい?」
「実は坊っちゃまの不在中にもし、ウッドワード伯爵令嬢が訪ねてきたらお通しするようにと仰せつかっております」
公爵家の使用人がそう言って頭を下げる。
まさか……と思いつつ聞き返す。
「……どなたに?」
使用人はとってもいい顔でにっこりと笑った。
「それはもちろん奥様────公爵夫人です」
(元王女殿下ぁぁーーーー!)
私は顔の表情を崩さぬまま、でも心では盛大に叫んで何とか笑顔だけは保ち続けた。
────
(なんてこと……)
まさかエドゥアルト様抜きで公爵夫人と対面することになるなんて!
内心でビクビクしながら私は目の前に置かれたお茶のカップを手に取り一口飲む。
(あ、美味しい……ここの茶葉って高いのよねぇ……───ではなく!)
間が……間が持たない!!
公爵夫人も静かにお茶を飲んでいる。
その美しい所作にはさすが元王族だと思わず惚れ惚れしたくなるものの、とにかく間が持たない。
「貴女も想像がつくと思うけれど────昔からエドゥアルトはお喋りなのです」
「は、はい」
お茶をソーサーの上に戻した公爵夫人がボツリと語り始める。
ハッとした私は慌てて姿勢を正す。
公爵夫人は目を伏せたまま続きを話してくれた。
「そしてある時から、口を開けばジョエルがジョエルが……とギルモア侯爵家令息のことばかり話すようになりました」
「え……」
「おかげで私も夫も、ギルモア侯爵家ジョエルのことならそらで言えるくらいには詳しくなりました」
「……」
(ちょっと! どれだけ話しているの!?)
「ギルモア侯爵夫妻とは私も旧知の仲なのでそのことは構いません」
「……」
「ジョエル・ギルモアも誤解されがちですが、とてもいい青年なのも知っています」
「はい」
私は頷く。
あの眉間の皺はすごいけどジョエル様は確かに家族想いのいい人だ。
「エドゥアルトも性格は社交的なので、パーティーを開いては多くの人とも交流を図っています───がっ!」
ここでいきなり語尾が強くなったのでビクッと震えた。
「幼少期から数多のお嬢さんと顔を合わせて来たにも関わらず…………あの子の口からご令嬢の名前が出ることはありませんでした」
「エドゥアルト様……」
エドゥアルト様のブレなさに感心しつつも、それは親としては複雑だろうなと思う。
「年頃になって正式にお見合いさせても失敗すること三十五回……」
(……存じております)
「せめて、顔は良いのだからあの妙ちくりんな格好と服装はおやめなさい! と口を酸っぱくして言っても、はっはっは……」
(……笑い飛ばしたんだ)
「あの珍妙なグッズも増えに増え、今は専用のルームが出来ています」
「せん……!」
(……さすがに多いですわよ、エドゥアルト様!)
「───そんなあの子が最近、貴女の名前だけは口にするようになりました……レティーシャ・ウッドワード嬢」
「わ、たくしのことを?」
「ええ。ギルモア家絡みではありますが、貴女の名前を頻繁に聞きます」
「!」
「どのような令嬢か大変興味があったのだけど────……」
ここで公爵夫人がそっと顔を上げるとじっと私の目を見つめてくる。
私も目を逸らさずにじっと見つめ返した。
(あ、エドゥアルト様に似ている……)
公爵夫人は言葉に出来ないほど綺麗な方。
だけどエドゥアルト様ともよく似ている────
そうしてしばらく、睨めっこ状態となった私たち。
沈黙を破ったのは公爵夫人の方からだった。
「なるほど。強くて印象的な目ね」
「え?」
「エドゥアルトが踏まれたがるわけだわ」
「……え」
今サラッと聞き捨てならないことを口にされた気がする。
「───なんでも、貴女はカスみたいな男を更にペシャンコにするためにどうしても、エドゥアルトの協力が必要なのだとか」
「は、はい!」
「それ……」
公爵夫人がじろっと睨む。
私は思わず息を呑んだ。
(さすがに息子を巻き込まないで! くらいのことは言われてしまうかな?)
エドゥアルト様があっさり受け入れてくれたからその厚意に甘えていたけれど、親からすれば息子を利用するなんて非常識な令嬢だ! と思われても仕方がない話。
私は怒られるのを覚悟してギュッと目を瞑る。
「───とても面白そうでよろしくてよ! エドゥアルトで良かったらじゃんじゃん使ってやりなさい!」
「は……」
(いぃぃぃ!?)
私は思いっきり目を剥いた。
公爵夫人の笑顔はびっくりするくらいキラキラ輝いていた。
「少し前にギルモア家には大騒動があったけれど、エドゥアルトにはずっと無風だったんですもの」
「……え、え?」
「それが私にはなんだかつまらなくて……何より私はカスみたいな男が潰されるのを見るのが大好きなんですのよ」
「こ、公爵夫人……?」
「あの子を使って徹底的にやりなさい! そのためにならコックス公爵家の名を出しても構いません、許可します! そして貴女はあわよくばお嫁に来てあの子を踏んでちょうだい!」
「は……」
(……ん?)
はい、ありがとうございます! と言いかけて物凄い違和感を覚えた。
んん? と眉をひそめていたら玄関が騒がしくなる。
「あら、玄関が賑やかになったようですわね。エドゥアルトが戻って来たみたい」
「……!」
私はピクッと反応する。
両手の拳をギュッと膝の上で握りしめながらグルグル考えてしまう。
(どうしてだろう?)
何だか気恥ずかしい。
今、どんな顔をしてエドゥアルト様のことを迎えたらいいのかよく分からないような気持ち……
「あら? 今日は小さなお客さん付きで戻って来たようね?」
「……え? 小さな……」
それって……と顔を上げた瞬間、公爵家の屋敷内に聞き覚えのある声が広がる。
「───あうあ!」
(この声は……ジョシュアくん!?)
「あうあ! あうあ! あうあ~」
「今日は前回の大冒険の続きをするです? 君はそれでボクも連れてけとせがんだのか?」
「あうあ!」
物凄く聞き覚えのある会話。
聞き耳を立てていると公爵夫人が言った。
「ギルモア家のジョシュアくんはについてはご存知ですわよね? エドゥアルトはああやってたまに連れて帰って来るのよ」
「え!」
「それであの小さなお客様は我が家を駆け回り……」
「物置部屋を荒らしていかれるのですか?」
私が言葉を引き継ぐと公爵夫人は大きく頷いた。
「あの可愛らしい笑顔で皆をメロメロにしてから荒らしていくわ」
「ジョシュアくん……」
「コックス公爵家の使用人は皆、あの小さな子にメロメロよ!」
私は苦笑する。
ジョシュアくんが、ジェローム様に対峙する時に“僕は可愛いので大丈夫”といった意味が分かった気がする。
すでに身内以外も誑かしていたからだったんだ────……
「……あうあ、あうあ!」
「ん? そんなに手足をパタパタさせて興奮してどうしたジョシュア?」
「あうあーー!」
ジョシュアくんの叫びにエドゥアルト様もハッとする。
「お姉さんの匂いがしますです? なに? もしかしてお姉さんとはあのお姉さんか!」
「あうあ!」
「……よし! レティーシャ嬢だな! 来てくれているのか?」
「あうあ!」
(えーーーー)
なんで分かるのよ……と思ったところで公爵夫人が大真面目に呟いた。
「あの嗅覚……末恐ろしい子だと私は思っているわ」
「……同感です」
「将来、大きくなっても誰にでもああやって可愛く微笑んで……」
「笑顔で悪人を潰して回りそうな気配がします……」
そんなジョシュアくんの将来に思いを馳せていたら……
「よし! ジョシュア」
「あうあ!」
「お姉さん───レティーシャ嬢はどの部屋に来ているんだ? 匂いで分かるのか?」
「あうあ!」
───勿論です!
ジョシュアくんの声は自信満々でそう聞こえた。
「あうあ!」
「こっちです? ───そうか!」
「あうあ!」
(…………んんん?)
自信満々に返事をしたジョシュアくんとエドゥアルト様の足取りは、こちらの部屋に近づいてくるどころか、どんどん遠ざかっていく。
(ま、真逆の方向に突き進んでいる……ような)
「───そしてね?」
公爵夫人が悲しそうな顔で続ける。
「永遠に迷子になっている気がするの」
その言葉に深く深く同意した。
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