23 / 46
23. 笑っていられるのも今のうち
しおりを挟む「ジョシュア……くん?」
「あうあ!」
「えっと、大好き? とか、そ、それって……」
「あうあ!」
「…………う」
「あうあ!」
ニパッ! ニパッ! ニパッ!
ジョシュアくん、笑顔はとっても可愛いのに圧がすごい。
「う……」
「あうあ!」
「うぅ……」
「あうあ!」
あまりの恥ずかしさに唸っていると、パンパンパンッと手を叩く音が聞こえた。
「はいはーい、そこのジョシュア。落ち着きなさい!」
「あうあ~!」
ガーネット様がジョシュアくんをひょいっと持ち上げたので、私の膝の上が軽くなる。
(あ~れ~、じゃないわよ。ジョシュアくん……)
「本当にあなたって子はなんて好奇心旺盛なベビーなの!」
「あうあ!」
(ああ、お祖母様! 今日も美しいです!)
ジョシュアくんはニパッ! と笑顔でまずガーネット様を褒め称える。
「レティーシャさんが困っているでしょう? あなたのその性格! 誰に似たのよ!」
「あうあ!」
(怒ってるお祖母様は声までもが美しい……! うっとりします)
私にはいつものニパッ! にしか見えないけれど、どうやらジョシュアくん的にはうっとりしているらしい。
「レティーシャさん、困りすぎてジョエルみたいになってたじゃない!」
「あうあ!」
(お父様も大好きです~)
…………ジョエル様みたいって何かしら?
「いいこと? あなたはまだベビーだから分からないかもしれないけど」
「あうあ!」
(あ、お母様の場合は怒ってても天使で可愛いです!)
「こういうことは外野が下手に口を出してはいけないの。覚えておきなさい!」
「あうあ!」
(それで、お祖父様とお兄さんは愉快で楽しいのです~)
ニパッ! ジョシュアくんはここで二人のことを思い出したのか満面の笑みで両手をパタパタさせている。
「ホホホ! 相変わらずいいお返事だこと! でも、分かってくれたならいいわ」
「あうあ!」
ふう、と息を吐いたガーネット様はジョシュアくんを私の膝の上に戻す。
「あうあ!」
(ただいまです~! と)
「ジョシュアくん……うん、お帰りなさい?」
「レティーシャさん。ジョシュアが根掘り葉掘りごめんなさいね? 叱ってはおいたけれど」
「あうあ!」
ニパッ! と笑うジョシュアくん。
「この子は、ベビーだけど理解力は高いからもう大丈夫だと思うわ」
「あ……」
「あうあ!」
ニパッ!
(お姉さん! 今の聞いたです? 僕、褒められたみたいです!)
「ジョシュアくん……」
いやいやいや!
全然! 全く! 会話が噛み合ってなかった気がするのだけど!?
ジョシュアくんもなぜ都合よく最後の部分だけ聞き取ってるの!
それに……
まさか、ガーネット様はジョシュアくんが何を言っているのか理解していない……?
そう思っておそるおそる訊ねてみる。
「あの……!」
「なにかしら?」
「ガーネット様は、ジョシュアくんが“あうあ”で何を訴えているのか分かっていますか?」
私の質問にガーネット様は一瞬目を瞬かせたあと、大きく高笑いした。
「ホーホッホッホッ! 当然でしょう! さっぱり不明よ!」
「ああ、とうぜ……え?」
あまりにもガーネット様が堂々としているので一瞬、聞き間違えたかと思った。
「何をどう聞いても“あうあ”にしか聞こえないわ!」
「あうあ~!」
更に勢いにのったガーネット様は遠い目をして続ける。
「ジョエルはね、ベビーの頃は……“う”だったの」
「う!」
「そう。喜怒哀楽全てが“う”なのよ! それも無表情!!」
「む……無表情」
「あの頃の通訳は全て夫だったわ……」
無表情なのはベビーの頃からか、と納得する。
同時に侯爵様、凄いなと感心した。
「……ジョシュアくんとは対称的なのですね?」
「そうなのよ!」
ガシッとガーネット様が私の手を掴む。
その目はどこかキラキラしていて興奮している様子だった。
「あうあ~!」
「え、僕もお手手を繋ぐです? う、うん、少し待ってね、ジョシュアくん」
「あうあ!」
私とジョシュアくんの会話を聞いたガーネット様が手を握ったままふふっと笑った。
「レティーシャさんは凄いわね! セアラさんもジョシュアの言葉はさっぱり分からないと言っていたのに」
「あうあ!」
キャッキャと笑うジョシュアくん。
君の話だよ?
「ああ───もしかしたら、見た目だけで誤解されて来たあなただからこそ、敏感に感じ取れるのかもしれないわね?」
「ガーネット様……」
もう一度笑ったガーネット様が手を離すと、ジョシュアくんと私の頭を優しく撫でる。
その手はとても温かかった。
「ジョシュアが色々と言ったみたいだけど───エドゥアルトのことをどう思うか、どうしたいかはレティーシャさん、あなた自身が考えて答えを出すことよ?」
「わたくし自身が……」
そう言われて考える。
まだ、あんな風に豹変する前のジェローム様への気持ちとエドゥアルト様に感じている気持ちは何だか違うような気もする。
(今、エドゥアルト様に感じている想いは……)
私はどうしたい? どうなりたい?
「……!」
「だから、周囲の言葉に惑わされずに、ちゃんとあなたの目でエドゥアルトを見てあげて?」
「……っ! はいっ!」
ガーネット様の言葉に私ははっきり頷いた。
「ふふ、いい返事だこと」
そう言いながらガーネット様はとても美しく微笑んだ。
「あうあ~~!」
「ホホホ! あーら、ジョシュア。そうよ、あなたのおばーさまは、と~~っても美しいでしょう?」
「あうあ!」
「ホーホッホッホッ!」
キャッキャと戯れる祖母と孫を見ながら私もこっそりと笑う。
何故ならば今、ジョシュアくんは、
“さすが僕のお祖母様! と~~っても美しい微笑みです”と言ったから。
(今のはシンクロしていたわ───)
その後も私は二人に関する情報収集を引き続き行い、
そうこうしているうちにエドゥアルト様がパーティーを開くことを発表し、招待状を配り始めた。
王家のパーティー並に規模が大きいことに世間が驚く中────
「…………ご機嫌よう、ジェローム様、ステイシー様」
「レティーシャ様、こんにちは!」
二人が仲良く我が家を訪ねて来た。
しかし、満面の笑みのステイシーに比べてジェローム様は仏頂面だった。
(ステイシーに無理やり連れて来られたって感じねぇ)
ジェローム様とはあの、最低な昔話を聞いて以来。
彼としては私に会いたくなかったのだろう。
「それで、今日のご用件は何かしら?」
「……ヒッ」
二人を応接室に通したあと、私はポットを手に持ったままにっこり微笑みながら向かい側に座った二人に声をかける。
ジェローム様はポットを見て明らかにビクッと震えていた。
その姿がなんとも彼の情けなさを表している。
「えっと~、レティーシャ様の所にも届きましたか~?」
「届いた?」
一方のステイシーはそんなジェローム様の様子を全く気にかけることなく私に話しかけてくる。
明らかにその声が弾んでいる。
「コックス公爵家からのパーティーの招待状ですよ~」
「え? ああ、それ」
「うふふふ、とっても大規模なパーティーらしいんですけど……ふふ、ふふふふ」
なるほど。
ステイシーが何に浮かれているのかと思ったけど、ようやく理解した。
彼女は“特別枠”で招待されたことにはしゃいでいるんだ。
「招待状はレティーシャ様の元にも届いているんですか?」
「ええ」
私が頷くとステイシーの口元が分かりやすく緩んだ。
「レティーシャ様! 聞いてください。なんとニコルソン侯爵家はそのパーティー、特べ……」
「おい! ステイシー!」
ステイシーが何を言おうとしたのか分かったジェローム様が慌てて静止しようとする。
「何をペラペラ喋ろうとしているんだ! 口外するなと書いてあっただろう!」
「おにいさま……? でも相手はレティーシャ様だし」
「いくら婚約者でもレティーシャは部外者なんだ! ダメに決まっている!」
「ええ……でも~」
(この二人……バカなのかしら?)
口外するなと書かれていた以上、ステイシーの発言を止めることは間違ってはいない。
けれど私を目の前にして堂々と部外者だと言い切る男。
そして、恐らくわざとこの話を持ち出して私を煽りたい義妹。
そんなことにも気付かない間抜けな女だと思われるのは───
(───非常に心外ね)
ダンッ!
私は強い音を立てて手に持っていたポットをテーブルの上に置いた。
その音に驚いた二人がビクッと身体を縮こまらせる。
「……お茶のお代わりはいかがです?」
「あ、いや……」
私ににっこり笑顔を向けられたジェロームさまの顔が引き攣っていく。
「そうですか? それで本日のご用件はパーティーの招待状が届いていたことをわたくしに確認するだけ……かしら?」
「あ、いや……」
「おにいさまじゃなくて、わたしがレティーシャ様に聞きたいことがあったんですよ」
私からのさっさと帰れの圧を感じ取ったジェローム様が目をそらす中、ステイシーがグイッと身を乗り出す。
「へぇ……なにかしら?」
「わたし、こんな大きなパーティーに参加するの初めてで……だから」
「……」
きゅるんとした目で私を見つめてくるステイシー。
横のカス男はそんなステイシーの顔を見て一瞬でデレッとした表情になった。
「レティーシャ様がどのような装いをする予定なのかを参考に知りたかったんです!」
「……わたくしの?」
「はい!」
(そういうこと……)
ステイシーが無邪気を装って聞き出そうとしているのはバレバレだった。
私と何かしら被せて“自分の方が可愛い”アピールでもしたいのだろう。
「それくらいステイシーに教えてやってもいいだろう? 減るものでもないし…………うっ」
横からヘラヘラしながらカス男が口を挟む。
お前は黙ってろ!
そんな目で睨んだらまた縮こまった。
「色は? やっぱりおにいさまと合わせるんですか??」
「───……そうねぇ……」
回答を勿体ぶりながら再度私は決意する。
笑っていられるのも今のうちよ?
(当日は────思う存分メッタメタにして差し上げるわ!)
1,727
あなたにおすすめの小説
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
【完結】完璧令嬢の『誰にでも優しい婚約者様』
恋せよ恋
恋愛
名門で富豪のレーヴェン伯爵家の跡取り
リリアーナ・レーヴェン(17)
容姿端麗、頭脳明晰、誰もが憧れる
完璧な令嬢と評される“白薔薇の令嬢”
エルンスト侯爵家三男で騎士課三年生
ユリウス・エルンスト(17)
誰にでも優しいが故に令嬢たちに囲まれる”白薔薇の婚約者“
祖父たちが、親しい学友であった縁から
エルンスト侯爵家への経済支援をきっかけに
5歳の頃、家族に祝福され結ばれた婚約。
果たして、この婚約は”政略“なのか?
幼かった二人は悩み、すれ違っていくーー
今日もリリアーナの胸はざわつく…
🔶登場人物・設定は作者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます✨
年上令嬢の三歳差は致命傷になりかねない...婚約者が侍女と駆け落ちしまして。
恋せよ恋
恋愛
婚約者が、侍女と駆け落ちした。
知らせを受けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えたが——
涙は出なかった。
十八歳のアナベル伯爵令嬢は、静かにティーカップを置いた。
元々愛情などなかった婚約だ。
裏切られた悔しさより、ただ呆れが勝っていた。
だが、新たに結ばれた婚約は......。
彼の名はオーランド。元婚約者アルバートの弟で、
学院一の美形と噂される少年だった。
三歳年下の彼に胸の奥がふわりと揺れる。
その後、駆け落ちしたはずのアルバートが戻ってきて言い放った。
「やり直したいんだ。……アナベル、俺を許してくれ」
自分の都合で裏切り、勝手に戻ってくる男。
そして、誰より一途で誠実に愛を告げる年下の弟君。
アナベルの答えは決まっていた。
わたしの婚約者は——あなたよ。
“おばさん”と笑われても構わない。
この恋は、誰にも譲らない。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
愛してくれない人たちを愛するのはやめました これからは自由に生きますのでもう私に構わないでください!
花々
恋愛
ベルニ公爵家の令嬢として生まれたエルシーリア。
エルシーリアには病弱な双子の妹がおり、家族はいつも妹ばかり優先していた。エルシーリアは八歳のとき、妹の代わりのように聖女として神殿に送られる。
それでも頑張っていればいつか愛してもらえると、聖女の仕事を頑張っていたエルシーリア。
十二歳になると、エルシーリアと第一王子ジルベルトの婚約が決まる。ジルベルトは家族から蔑ろにされていたエルシーリアにも優しく、エルシーリアはすっかり彼に依存するように。
しかし、それから五年が経ち、エルシーリアが十七歳になったある日、エルシーリアは王子と双子の妹が密会しているのを見てしまう。さらに、王家はエルシーリアを利用するために王子の婚約者にしたということまで知ってしまう。
何もかもがどうでもよくなったエルシーリアは、家も神殿も王子も捨てて家出することを決意。しかし、エルシーリアより妹の方がいいと言っていたはずの王子がなぜか追ってきて……。
〇カクヨムにも掲載しています
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる