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24. 痛くも痒くもない
しおりを挟む───そうして、あっという間に日は流れてパーティーの前日。
今日までに集めた報告書を読み直して頭に叩き込みながら、うーんと伸びをする。
「……いよいよ、明日かぁ」
長かったような、あっという間だったような……
不思議な気分だった。
「それにしても、ギルモア家……いえ、この場合ガーネット様ね。情報収集力が恐ろしいわ」
私が令嬢たちから集めた、噂に過ぎない話の裏付けを見事に取ってくれた。
もはや、顔が広いというレベルではない。
この報告書を今すぐニコルソン侯爵家に持っていけば、こんなパーティーを開かなくとも婚約破棄は叶うだろう。
それでも、わざわざパーティーを開催してまで暴露しようとしているのは、あの二人の社会的信用を地に落とすため他ならない。
「……最初から素直にわたくしからの婚約解消の申し出を受けていれば良かったのよ」
そう呟いた時だった。
部屋の扉がノックされる。
「───お嬢様、明日のパーティーで着るドレスの確認をお願いします」
「ああ、出来たのね……」
使用人に促されて別室の衣装部屋に移動する。
(こんなにも心が弾まないドレスを作ったのは初めてだわ)
明日のパーティー、嫌々ながらも私はジェローム様のエスコートを受けて参加する。
これは避けられない仕方のないことだった。
だって、まだ私はジェローム・ニコルソンの婚約者。
そのため、ジェローム様にあわせてドレスも新調。
心の底から嫌だったけれど、パーティーが婚約破棄のために整えられた舞台だと悟られるわけにはいかない。
「───お嬢様。こちら、ニコルソン侯爵令息を彷彿とさせる色を取り入れ、最高級素材もふんだんに使ったドレスでございます」
「……ワー、ステキネ」
衣装部屋に入って完成されたドレスを見ながら説明を使用人から受ける。
最高級の生地だのレースだの繊細な刺繍だの……我が家の財力を余すことなく注ぎ込んで作られたドレス。
“ジェローム様の色合い”でなければとても素晴らしいドレスだと思うのに。
私はそっと色の着いた生地の部分に触れる。
(ここがエドゥアルト様の色だったなら───)
デザインの時からそんなことを考えてしまった私。
「お嬢様? どうかされましたか?」
「…………ッ! ナ、ナンデモナイワッ!」
「そうですか」
「エ……エエ」
ジョシュアくんに根掘り葉掘り聞かれて、ガーネット様の言葉を受けてから今日まで私なりに色々考えた。
エドゥアルト様は丁寧にパーティーの準備の進捗ぶりは報告してくれた。
でも、それは本人から直接ではなくギルモア家を通して────
(……寂しい)
ガーネット様から学ぶ様々な淑女の心得も、迷子のジョシュアくんと巡る物置部屋探検も楽しかった。
けれど“ここ”に一緒にエドゥアルト様が居たならもっと楽しいだろうにと何度も考えてしまった。
───あうあ!
愉快なお兄さんは、初めて会った日、僕と長い時間冒険したけど怒らなかったです
───あうあ!
ハッハッハ! と笑って“迷子”という言葉を教えてくれたです
まだこの世に生まれて一年にもならないジョシュアくんが語るエドゥアルト様との思い出にはホッコリさせられた。
───あうあ!
僕のおうちは広いので今度は三人で探検するです!
ニパッ! といい笑顔でジョシュアくんは私にそう言ってくれた。
パーティーが終わっても、目的だったジェローム様との婚約破棄が無事に成立した後も、変わらずに“ここ”にいていいのだと言われているような気がして───……
(あの言葉は嬉しかったなぁ……)
「……お嬢様、それでは明日はこのドレスで装飾品はいかが致します?」
「え? あ、そうね……」
使用人の言葉でハッと我に返りアクセサリーを選ぼうかと考えた時だった。
バタバタと別の使用人が衣装部屋に駆け込んで来る。
「レティーシャお嬢様! ニコルソン侯爵令息とその義妹のステイシー様がお越しです」
「…………あ?」
「お、お嬢様……?」
思いっきり眉をひそめてドスの効いた声で反応してしまい、使用人に怪訝そうにされてしまう。
慌てて上品に笑って誤魔化した。
「ホホホ、なんでもなくってよ。えっと? ジェローム様たちがいらしたの?」
「はい。今、応接室にご案内しています」
「そう……」
前日にまでわざわざ何の用なのよっ!
そんな文句しか浮かばない。
「わざわざ、パーティー前日にまでお嬢様のお顔を見にいらっしゃるなんて……愛されていますね」
「ホホホホホ……ソーネ」
本当に私を愛していたなら義妹の同伴はないでしょ?
そう言いたかったけれどグッと飲み込んだ。
────
「ジェローム様、ステイシー様。本日はお忙しい中、わざわざどうなさいましたの?」
「……」
「レティーシャ様、こんにちは!」
相変わらず仏頂面のジェローム様と気持ち悪いくらいにこにこ顔のステイシー様。
「明日のパーティーの確認でしょうか? それなら───」
「レティーシャ。君は“婚約者”がわざわざ会いに来てやったのに、今日もニコリとも笑わないのか?」
ハァ……とジェローム様が私を見ながら大きなため息を吐いた。
「前から言っているが、ステイシーを見習ったらどうだ?」
「もう! やぁだ、おにいさまったら」
ステイシーは口ではそう言っているけれど、満更ではない表情でクスッと笑いながらチラッと私に視線を向ける。
私はその視線に気付かなかったフリをしてやり過ごすことにした。
「そんな仏頂面ばかりで新しい男なんて無理だったのだろう? そろそろ観念しろ」
「……観念?」
「ああ。君との約束───明日のパーティーを期限とすることにした」
ピクッと私が反応すると、ジェローム様はフッと鼻で笑った。
「俺は寛大だから君の気が済むまで気長に待ってやろうかとも思った。が、そろそろ俺としても正式に妻を迎えておきたい」
「……」
「だから────遊びの時間は終わりだ、レティーシャ」
ジェローム様がこんなことを言い出した理由は、きっと特別枠と書かれた今回のパーティーの招待状が影響しているのだろう。
ニコルソン侯爵家はコックス公爵家に目をかけられたのだと勘違いして───
(特別は特別でも意味合いが違いましてよ?)
でも、そんなことは知らないジェローム様だから、私と結婚して金を搾り取りながら更に権力をつけようという魂胆が見え見え。
「用件はそれだけですの?」
「なに?」
私はにっこり微笑む。
「わたくし、明日のパーティーに向けての準備で忙しいので、用件がそれだけなら──」
「はっ! さっさと帰れと? どこまでも君は可愛くないな! ステイシーならそんなことは言わないぞ!」
「───わたくしは、わたくし。ステイシー様はステイシー様です。いちいち比べられても困りますわ」
「なっ!」
カッとなったジェローム様が椅子から立ち上がろうとする。
そんなジェローム様を慌ててステイシーが止めた。
「おにいさま、落ち着いて!」
「ステイシー……」
「今日はもう帰りましょう、ね? わたしたちも明日の準備しないといけないし」
「ああ、そうだな」
にこっと笑ったステイシーにジェローム様が頷く。
ホッとしたステイシーは私を見て言った。
「あ、レティーシャ様、帰る前に御手洗をお借りしてもいいですか?」
「え? ええ、どうぞ。場所は───」
「分かるので大丈夫です、お借りしますね~」
使用人に案内させようと思ったけれどステイシーに笑顔で断られる。
「おにいさまは先に馬車で待っていて? ね?」
「……分かった」
ステイシーが部屋から出た後、私はジェローム様を見送るために椅子から立ち上がる。
ジェローム様も玄関に向かうために立ち上がったその瞬間。
ガンッ!
「痛っ……」
そんなジェローム様の声と共にガシャーンッという音が部屋に響く。
何事かと確認するとジェローム様がテーブルの脚に自分の足を引っ掛けてしまいバランスを崩して転びかけていた。
その拍子にテーブルの上のカップも床に落下して割れてしまった。
「あああ! しまった、すまない」
(……ん?)
慌てて使用人たちが大丈夫ですか!? と、飛んで来て割れたカップやこぼれたお茶などをてきぱきと片付けていく。
「お召し物は大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ」
心配する使用人たちにそう答えるジェローム様。
(何かしら? この違和感……)
私がなんとも言えない表情でその様子見つめているとジェローム様と目が合った。
けれど、パッとすぐに目を逸らされた。
(うーん……?)
ジェローム様に大事はなかったようなので、そのまま部屋を出て廊下を進み玄関を出て馬車に乗り込んでステイシーを待つ。
少ししてからステイシーが笑顔でやって来た。
「おにいさま、お待たせしてごめんなさーい」
「いや、大丈夫だ。そんなに待っていない」
「ふふ、良かったぁ!」
「さあ、帰るぞ」
「はーい」
二人はまたしても甘ったるい雰囲気で会話をしている。
呆れ半分で聞いているとジェローム様が私に視線を向けると仏頂面になって言った。
「……ではレティーシャ、明日は時間になったら君を迎えに来る」
「ええ、お待ちしております」
(どうせ、ステイシーも一緒でしょ?)
ジェローム様はそれだけ言ってステイシーと仲良く帰っていった。
(うーん? ……結局、用件は期限を告げに来た、だけ?)
そんな二人の乗った馬車を見送りながら私は首を捻る。
わざわざ、前日に予告なんかせずに明日のパーティー当日に言い渡した方が私へのダメージは大きいと思うのだけど。
(それだけ私のことを舐め腐っている? それとも今日の訪問は何か別の────)
別の目的があった?
そんなことを考えながら屋敷の中に戻ったら、血相を変えた使用人が私の元に駆け込んで来た。
「────お嬢様! 大変、大変でございます!!」
「な、なに?」
「も、申し訳ございません……! わ、私共が目を離した隙に……」
「何かあったの?」
「こ、こちらへお越しください!」
慌てて使用人の後を着いていく。
「こ、こちらです……!」
そう言われて辿り着いたのは先程までドレスの確認をしていた衣装部屋。
中に入って私は、あっ! と声を上げる。
「も、申し訳ございません……」
「……」
(やられた────……)
今日の“本当の目的”はこっちだったのかも。
あわよくば……と考えて。
はぁ……息を吐きながら頭を抱える。
(なんて幼稚で低レベルな嫌がらせ……)
その辺の普通の令嬢なら今ごろ、これを見て大号泣……泣き崩れていることだろう。
(まぁ、私は痛くも痒くもなくて全然平気だけど!)
「慰謝料、ううん。この場合は弁償代? とりあえず侯爵家からぶんどる金額の上乗せは決定のようねぇ……」
ふふふ、と私は黒く微笑む。
(ステイシー……これ、最高級素材だから高いのよ?)
…………衣装部屋にあった私が明日着る予定だったドレスは、無惨な状態となっていた。
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