【完結】記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので

Rohdea

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30. 最強ベビーの攻撃

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(ジョシュアくん、こ、言葉が……)

 微笑みの天使のベビーとは思えないような発言。
 しかも、何だかいつもより悪どい笑い方がガーネット様を彷彿とさせる。
 やはり、この子はガーネット様の孫なのだ……と強く思わされた。

「あうあ!」
「う……っ、くぅ、」
「あうあ!」

 ニパッ!
 今度は
 “どうだ、僕はとっても可愛いだろう!”
 と言わんばかりにジェローム様に向かって可愛く笑う。

「こ……この子が、に、憎い男の…………息子……だって!?」
「あうあ!」
「憎い!  だが!  か、可愛い…………うぅぅ」

 ジェローム様が頭を抱える。
 もはや、完全にジョシュアくんに手玉に取られて翻弄されまくっている。

「あうあ!」
「……ぐぅっ」 
「あうあ!」
「ぬっ」

 私は隣に立っているエドゥアルト様にコソッと話しかけた。

「ジョシュアくん、遊んでません?」
「ああ、言葉が分からないのをいいことに言いたい放題だ。さすがジョシュアだ」

 ジェローム様もこんなにも可愛い笑顔を見せられて、実は全てバカにされているとは夢にも思っていないだろう。

「あうあ!」
「確かに……よく見れば顔立ちは似ていなく……も」
「あうあ!」

 ニパッ!

「くっ!  ダメだ。笑顔のせいでジョエル・ギルモアと全然結びつかない!」
「あうあ!」
「あの憎き男は、こんな風には笑わないっ!」

 ぐぁぁぁ、と唸りながらジェローム様がさらに頭を抱えたその時だった。

「───ジョシュア」
「あうあ~!」

 私たちの背後からジョシュアくんの名前が呼ばれ、ジョシュアくんは満面の笑みで振り返る。

「あうあ!  あうあ!  あうあ~」
「……」
「あうあ!」
「……」
「あうあ、あうあ~!」
「…………そうか」

 ジョシュアくんに声をかけたのは、いつの間にか私たちの側まで来ていた父親であるジョエル様。
 その後ろには夫人やギルモア侯爵夫妻。
 ジョエル様はジョシュアくんから、ここまでの経緯を聞いて表情も変えずにたった一言返すのみだった。

(すごい親子……)

「あうあ~!」
「ジョシュア!」

 ジョシュアくんが母親を見つけて“お母様~”と呼んだので、私はセアラ夫人に抱っこしていたジョシュアくんをお返しする。

「ジョシュアは役に立ったかしら?」
「はい!  わたくしを守ってくれて、一緒に踊って────会場中をメロメロにしてくれました」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ────お母様!  僕、頑張ったです!
 そう笑うジョシュアくんが可愛い。

「それは良かったわ。ジョシュア、お疲れ様」
「あうあ~」

 ジョシュアくんをギュッとして優しく笑いかけるセアラ夫人はまさに天使そのものだった。
 一方のジョシュアくんもとても嬉しそうに笑った。

(天使が二人……)

「───エドゥアルト」
「ん?  どうした?  ジョエル」

 それまで天使の二人を寡黙に見守っていたジョエル様がエドゥアルト様に声をかける。

「……」
「なに?  そこで頭を抱えている男は昔の知り合いなのかって?」
「……」
「ジョエル……はっはっは!  君はもう忘れたのか!」 

 ジョエル様は一言も発していないのに、エドゥアルト様が陽気に笑い飛ばす。
 ジョシュアくんのあうあ!  を理解するのもすごいけれど、ジョエル様の無言を理解するエドゥアルト様ってとことん恐ろしい人だと思う。

(皺の寄せ方や眉毛の角度がポイントだと言っていたけど……)

 私には無理!

「説明したじゃないか。レティーシャ嬢の婚約者、ジェローム・ニコルソンはかつて君が体当りした子どもの一人だ!」
「……」

 ジョエル様がキュッと眉間に皺を寄せる。

「ははは、僕のことしか覚えてないだと?  ジョエルらしいな!」
「……」
「まあ、あの時、僕の周りにいた子どもたちは───」
「待て!  お、俺のことを、おおおお覚えていないだとーーーー!?」

 ジョエル様の登場でメロメロモードから我に返ったジェローム様がショックを受けたのか大声で叫ぶ。
 その声の大きさにますます会場中の皆の視線が集中する。

(あ……!)

「ジョエル・ギルモア!!」

 ジェローム様はジョエル様の元に近付くと胸ぐらを掴んだ。
 でも、ジョエル様は表情を全く変えずにジェローム様のことをじっと見ているだけ。

「嘘を言うな!  あの時、お前は突然俺たちに体当りして来たんだ!」
「……」

 キュッとジョエル様の眉間皺が深くなる。
 同時に表情も曇った。

「ひっ!」
「……」

 その顔の迫力にジェローム様が一瞬、悲鳴をあげた。
 でもすぐに持ち直してジョエル様に迫る。

「コックス公爵令息と仲が良かった俺たちが羨ましくて妬ましかったんだろう?  その後、ちゃっかり自分だけ取り入っていい所取りしやがって!」
「……」
「いい加減に何か言ったらどうなんだ!  どうせお前だって公爵家の金が目当てだったんだろう!?」
「……」

(あらら?)

 何を言われても反応しないジョエル様に苛立って我を忘れたのか、ジェローム様は口を滑らせてまで口にし始めた。
 周りもザワザワする。

「コックス公爵令息は、いっつも俺たちに乗せられて馬鹿みたいにヘラヘラ笑っていたからな!」
「……」
「お前もそんな阿呆で間抜けな性格を利用しようとしたんだ!  一人だけ上手くやりやがって……許せない!」
「……」

 ますますジョエル様の眉間の皺は濃くなる。
 一方のジェローム様は自分の発言の酷さを分かっていない。

「お、おにいさま……!」
「なんだ、ステイシー?  そうだ、君もあの投げられた宝石の弁償をジョエル・ギルモアにするといい」
「え……そうじゃなく、て」
「無邪気な赤ん坊がしたことでも、あれは親の責任だ!  弁償してもらおう!  いや、弁償なんて生温い。代わりの宝石を要求してやるのもいいな!」
「おにい……さま」

 見かねたステイシーが発言を止めようとするも、ジェローム様はその手を払い除けて笑い出して、更にがめつい要求まで始める。
 周りが今、どんな目で自分を見ているのか全く気付いていない。

「……」

 無言のジョエル様がじっとエドゥアルト様に視線を向けて何やら訴える。
 エドゥアルト様はフッと鼻で笑った。

「ああ、ジョエル。彼の愚かさにはさすがの君も驚いているようだな!  眉の角度がいつもより上がっているじゃないか」

(眉の角度って……)

 エドゥアルト様の観察眼と理解力が凄すぎる。

「……」
「なに?  こんな阿呆な男はセアラ夫人を捨てた男以来だ?」
「……」
「はっはっは!  そういえばそんな奴も居たな!  確かにあの男も阿呆だった」
「……」

 懐かしいな、と笑い飛ばす二人はもちろん何のダメージも受けていない。

「あうあ!」
「あら、ジョシュア?  どうしたの?」

 ここでセアラ夫人の腕に抱かれていたジョシュアくんが手をパタパタさせる。

「ん?  お母様!  ボクを床に降ろして欲しいです───と言っているぞ?」
「あうあ!」
「ジョシュア……?」

 エドゥアルト様の言葉を受けてセアラ夫人が困惑しながらもそっとジョシュアくんを床に降ろす。

「あうあ!」

 お礼を言ったジョシュアくんは皆が見守る中、ペタペタと床をハイハイしてジェローム様の元に近づいて行く。

(ジョシュアくん……何をするつもりなの!?)

「あうあ、あうあ、あうあ~!」

(おーい、そこのカス男、よく聞くです~)

 そして、ニパッ!  と満面の笑みでカス……ジェローム様に笑いかけるジョシュアくん。
 ジェローム様はそんな近付いてきたジョシュアくんに警戒心を顕にする。

「……チッ、何の用だ!  もうその笑顔に騙されないぞ!  貴様は俺の憎き男の……」
「あうあ!」
「むす……」
「あうあ!」
「……こ」

(全然、駄目じゃないの……)

 騙されん!  とか大口叩いておきながら即、負けそうになっている。
 そんなジェローム様に足元に到着したジョシュアくん、床にペタっと座ってジェローム様を見上げる。

「な、なんだ……よ!」

 警戒するジェローム様。
 ジョシュアくんはニパッ!  と笑うと小さな手を伸ばしてキュッとジェローム様のズボンの裾を掴んでクイクイと引っ張る。

「あうあ……」
「……く!」

 そして、ここでキュルンとした可愛い笑顔を一発。

(実際はカス男……って呼び掛けてるだけなんだけれどね)

「だから!  ……そんな顔をしても通用しな……」
「あうあ~~~~!」

 ニパーッ!

「可愛っ……んぁっ!?  ぐっは、あっ…………」

 ここでジョシュアくんはキラキラ輝く破壊力満載のとびっきり可愛い“あうあ”を繰り出した。
 キラキラ笑顔を誰よりも間近で見たせいでガクッとその場に膝を着くジェローム様。

「あうあ!  あうあ!  あうあ!」

 ニパッ、ニパッ、ニパッ!
 すかさずここで、ジョシュアくんはジェローム様の顔を覗き込んでトドメのあうあ三連発。

「ぐぅッ」

 ドサッ……
 トドメの三連発の攻撃を受けてジェローム様は床に倒れ込む。

(ジョシュアくーーん!)

 膝を着かせた所で油断せずに攻撃の手を緩めないところは、もうさすがとしか言いようがない。

「…………特大の満面の笑みでの“地獄に落ちろ”ですからのカス男、ゴミ男、クズ男………ジョシュアはえげつないな」
「は、はい」

 エドゥアルト様のその言葉には同意しかない。

「あうあ!」
「……う、ううぅ」

 完全にジョシュアくんの可愛さに潰されたジェローム様。
 どうやら力が入らないのかすぐには立ち上がれない様子。
 ステイシーを始めとした周りはただただその光景に唖然としている。

(……ハッ!  これ、は)

 あの惨めに床に這いつくばっている姿……その姿を見て心と身体がウズウズした。
 だって、ここは更にペシャンコにするチャンスでは?

「……エドゥアルト様」
「レティーシャ嬢?  ソワソワしてどうした?」
「わたくし、ちょっとあれを踏んで更に押し潰して来ますわ」
「え!?」

 目を丸くして私を見るエドゥアルト様。
 そんなエドゥアルト様に、にこっと笑いかけてからジェローム様の元に向かって私はスタスタと歩き出した。
 そして……

「───ジョシュアくん!」
「あうあ!」
「そんな所にお座りしていたらお尻が冷たいですわよ~」

 むにゅっ!

「うぉぐっ!」

 ジョシュアくんに話しかけるふりをしてジェローム様の背中を踏み潰してみた。
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