【完結】記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので

Rohdea

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31. その言葉を待っていた

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 よほど痛かったのか、私に背中を踏み潰されたジェローム様は思いっきり顔を歪めた。

「うぐぁっ、レティーシャァァァ!?」
「あら、ジェローム様。そんな大きな声を上げて……どうかされましたか?」
「あうあ~!」

 お座りしたジョシュアくんがジェローム様を見ながら嬉しそうにキャッキャと笑いながら手を叩く。

(お姉さん、もっとやるです~……)

 このベビーは本当に笑顔は天使なのに思考がえげつない。
 そんな中、痛そうに起き上がったジェローム様が私に向かって声を荒らげる。

「ど、どうかしたじゃないだろう!  レティーシャ、今、自分が何をしたのか分かっているのか!」
「……さて?  わたくしはこちらのジョシュアくんに声をかけただけですが?」
「あうあ~!」
「ぅ、ぐっ……」

 ニパッ!
 ジョシュアくんが無敵の笑顔でジェローム様に笑いかける。
 ジェローム様は一瞬その笑顔に負けそうになっていたけれど、何とか耐えて更に声を荒らげる。

「こ、婚約者の背中を踏むなんて言語道断だ!」
「え?」

 私は首を傾げる。
 そんな私の態度にジェローム様は明らかにイラッとした。

(ふふ、いい感じにお怒りね……!)

 とにかくジェローム様にはどんどん声を荒らげて目立って目立って目立ってくれないといけない。
 そう考えた私はこっそりとほくそ笑む。

「レティーシャ!  ふざけるな!  そのきょとんとした顔はなんだ!」
「ああ、失礼しましたわ。わたくしが耳にした話では────婚約者や夫の背中を踏むことも愛情表現の一つとしている家族もいるそうですから……」
「はぁ!?  そんなふざけた家族がいるわけないだろう!  適当なことを言うな!」
「……」

 ジェローム様が頭から否定する。
 確かに私はもうあなたに愛情なんてなく憎しみを込めて踏んだけれど……

(本当にそういう家族はいますのよ。それもすぐそこにね!)

 チラッとガーネット様に視線を向けると、何やら必死に夫の侯爵様を引き止めている。
 ───ダメよ!  あなたが今ここでしゃしゃり出るとややこしくなるから生き埋めにするのは後にして……!
 そんな物騒な声が聞こえた。
 ガーネット様のあの美しい足に踏まれて恋に落ちたという侯爵様からすれば、今のジェローム様の発言は許せないのだろう。

(視線といえば───)

 エドゥアルト様からの視線もすごい。
 口は挟まず静かに見守ってくれているのだけど、オーラが……“僕も踏まれたい”オーラがすごい。

(私のこの足で満足して貰えるかしら……?)

 もう少し研究のためにもジェローム様を踏んでおくべきだったかもしれない。

「レティーシャ!  だいたい今日の君はいったいどういうつもりなんだ!」

 エドゥアルト様をどう踏み踏みするか思案していたらジェローム様が更に噛み付いてくる。
 私は顔を上げた。

「どう、とは?」
「しらばっくれるな!  俺という婚約者がいる身で他の男と堂々とダンスを踊ったじゃないか!」
「……」

(来た!  その言葉を待っていたのよ……!)

 ホーホッホッホッ! 
 狙い通りの言葉に内心の笑いが止まらない。

「ダンス……ですの?」
「レティーシャ!!」

 高笑いしたい気持ちを抑えてすっとぼけてみると案の定、ジェローム様は逆上してくれた。

「たった今!  ここで!  コックス公爵令息と踊っただろう!  それもファーストダンスだぞ!」
「え……?」

 ここは顔をしかめて困惑するフリをする。

「ジェローム様ったら何のお話ですの?  コックス公爵令息様のファーストダンスのお相手を務めたのはこちらのジョシュア・ギルモアくんですわ?  ね、ジョシュアくん?」
「あうあ~~!」

 名指しされたジョシュアくんがニパッと笑顔で、はーい!  と元気いっぱいにお返事してくれた。
 さすが、ジョシュアくん!

「……うっ」
「ねぇ?  皆様も見ておりましたでしょう?  そうでしたわよね?」

 私はぐるりと辺りを見回してジョシュアくん以外の他の人にも問いかける。
 皆の頷く様子を見たジェローム様がぐぬぬと悔しがる。

(さぁて、行くわよ!)

 ここからさらに畳み掛けていく。
 そして、ガーネット様とこっそり行った特訓の成果を見せる時よっ!

「───……」

 私は、じわっと目を潤ませる。
 そしてシュンッと落ち込むか弱い令嬢のフリをした。

「ファーストダンスを躍る赤ちゃんを支えるために抱っこしていただけでしたのに……まさか、不貞を疑われるなんて……」
  
 ジェローム様がギョッとする。

「あんまりですわ……ジェローム様は普段から婚約者であるわたくしより、妹のステイシー様とお出かけすることが多い方なのに」
「なっ!?」

 私の言葉に会場内がザワついた。
 眉をひそめてヒソヒソ話している内容には、先ほどシエナ嬢を使って広めた話も聞こえて来る。
  
(いい感じに浸透してくれているようね───……)

 完全に会場の空気はジェローム様より私の味方!
 このまま行くわよ!
 私は悲しそうに目を伏せる。

「……先程、ジェローム様から贈られたというステイシー様の宝石が飛んでいましたけど…………わたくしはそのような話は初耳でしたし……」
「っっ!  お、おい、レティーシャ!」

 ジェローム様の顔がだんだん青くなっていく。

「思えば……ジェローム様はわたくしたちが出会った日を記念日にしようと言ってくれて一度目、二度目はお祝いしながら過ごしましたけど…………三回目、となる今年はどうだった……かしら?」
「!」

 ここでチラッと目線だけを上げてジェローム様に視線を送る。
 ジェローム様はハッと息を呑み、青い顔のまま記憶の糸をたどるように目線を泳がせた。

「さ、三度目……き、記念日……」
「……」
「え、そ、うだな、その日は、た、確か……えっと……」

 ジェローム様の焦るその顔を見て私は思った。

「……」

 あの日、あなたは記念日のことなどすっかり忘れステイシー様が朝から咳き込んでいて……と私に言った。
 そして……
 さすがにがっかりした様子の私に今日がなんだと言うんだ、と。
 流れたデートは後日埋め合わせをするからいいだろう、と。

 でも、その埋め合わせのはずのデートにも当然のようにあなたは可愛い可愛い義妹を連れていたうえ、記念日のことは口にすらしなかった────……

(そのことすらも覚えていないというのね────?)

「ジェローム様?  その日は……なんです?」
「……ぅ、えっ……と」
「はっ!  まさか……覚えてないなどと仰る……のではありませんわよ、ね?」

 私が驚いて身体を震わせるフリをすると、ジェローム様もギクッと大きく肩を震わせた。

「…………ジェローム様?」
「っ、っっ!  くっ、そ、そんな目で俺を見るな!」

 私以外からも冷たい視線がじーっと向けられジェローム様が焦っている。

「い、いいや!  そ、そそそんなことはない!  記念日、それはあれだろう?  うん、俺と君が出会った記念の日のことだろう!」
「…………ですから、最初からそう言ってますが?」

 ただの要約に対してチクリと釘を刺すとジェローム様の顔が更に青ざめていく。

「───お、おにいさま!  ほら、その日はわたしが……」

 ここでステイシーがジェローム様に駆け寄って助け舟を出そうとした。
 私は声を張り上げて無理やり彼女の発言を遮る。

「ええ?  まあ!  ステイシー様はわたくしたちの記念の日のことをご存知でしたのね!?」
「……え!」

 私の声の迫力にステイシーがギョッとした。
 そして貴重なヒントを聞き損なったジェローム様の顔が引き攣る。

「え……と、お、おにいさまから話は聞いていたので……」
「……」

 つまり、ステイシーはあの日が私にとってどれだけ大事な日なのかは知っていた、というわけだ……

「そうでしたのね……それでステイシー様はあの日も……」
「ッ!  ───ああ!  そうだった。あの日は、ステイシーがと言うから仕方なく三人で出かけることにして記念日は有耶無耶になってしまったんだったな!  ……す、すまない!」
「ジェローム様……」

 記念日のことなんて、もうすっかり頭の中から抜け出てしまっているジェローム様は私の仕組んだ誘導に沿って思いっきり適当なことを口にしてくれた。
 ステイシーは横であれ?  そうだったっけ?  という表情で困惑している。

「今思えば無神経だった……すまなかった」
「……」

 見当違いの謝罪の言葉を口にするジェローム様が私に向けてくる目線が不安そうに泳いでいる。
 私はジェローム様ににっこり笑顔を向けた。

「そうそう、そうですわ。それでその日は三人で仲良く────……」

(出掛けてないわよっ!)

 ジェローム様がホッと安心したように胸を撫で下ろして油断したその瞬間、

「……っ、ぐあっ!?」

 私は笑顔を消してジェローム様の胸ぐらを掴むと彼の足を思いっきり踏んだ。
 ヒールがいい感じに食い込む。

「~~~ッッ!?」
「─────不正解ですわよ」

 私は痛みで顔を歪めるジェローム様の足を更にグリグリ踏みつけながら冷たく言い放つ。

「……うっ……ぐ、」
「あの日、あなたはわたくしにこう言いました」
「……っ、つっ、」
「今日はステイシーが朝から咳き込んでいて心配だから側にいたいのだ、と」
「!」

 ジェローム様の目がカッと大きく見開いた所で私はもう一度、上からムギュっと足を踏み付ける。

「っーーーー!!」
「どうやら、全く覚えていないようですわねぇ……?」
「ぐっ~~~っ」
「あなたは、わたくしよりも可愛い可愛い義妹の方が大切だとはっきり仰っていたではありませんか」
「ぐぁ、違っ……そ、それは───」

 私はふふっと微笑んでから足を離して胸ぐらを掴んでいた手もパッと離す。
 ゲホゲホとむせながら、ジェローム様は必死に弁解しようとする。

「───ああ、今更、言い訳なんて結構ですわ」
「ゲホッ…………な、に?」
「わたくしとしては、ステイシー様が病弱であろうとなかろうと、そんな些細なことはどちらでも構いませんのよ」
「───?」

 私はここで更にふふっと笑みを深める。

「────ねぇ、ジェローム様。せっかくの機会ですもの。今ここで皆様の前できちんと宣言してくださいません?」
「せ、宣言……?」

 青い顔のジェローム様がゴクリと唾を飲み込んだ。

「ええ。婚約者であるわたくしと、そちらの可愛い可愛いあなたの義妹のステイシー様……」
「……」
「────どちらがあなたにとって大切なのか、を」
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