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32. 義妹の暴走
しおりを挟む「ぐっ……」
ジェローム様が心の底から悔しそうな表情で唇を噛んでいる。
そんなジェローム様に向かってステイシーが目を潤ませながら声をかけた。
「お、おにいさま……!」
「ステイシー……」
見つめ合う二人。
その二人の様子を見て私はさらに内心でほくそ笑む。
(ふふふ、いい雰囲気を出してくれているわ)
怪しい関係の雰囲気が満々!
なにより、ステイシーのここでの涙目攻撃は余計にジェローム様の心を惑わせているのだから───……
ジェローム様の本音としてはステイシーを選びたい。ステイシー一択。
でも、建前上婚約者である私のことを蔑ろには出来ない。
それでこうして即答出来ずに葛藤している。
ジェローム様の置かれている立場を理解出来ているならステイシーとしては、ここは嘘でもいいから“レティーシャ”を選ぶようにと促すべきところ、だ。
それなのに、残念ながらステイシーは
“どうしてわたしだって即答してくれないの?”
そんな目でジェローム様のことを見つめている。
(ホホホ! ステイシーっていい仕事してくれるのよね)
ドレスの件でもそうだった。
彼女が切り裂いてくれたから私はこうして堂々とエドゥアルト様の色を着ることが出来た。
私を陥れたくてやっている行動がことごとく私を喜ばせている───
「───ジェローム様? どうかしまして?」
「……っ」
「ほらご覧になって? 皆様もあなたの答えを待っていますわよ?」
「……っっ」
にっこりとジェローム様に笑いかけて、さあ言え! と言わんばかりに促す。
ジェローム様は声をかける度にビクッと身体を震わせている。
そして皆から向けられている視線に気付くと悔しそうに下を向いた。
「~~~っ」
(ん?)
なかなか決断しないジェローム様に業を煮やしたステイシーがチラッと私に目を向けてから、そっとジェローム様の手を取って握りしめる。
「……おにいさま!」
「ステイシー……?」
「大丈夫よ! ありのままに発言して!」
ジェローム様は苦しそうに唸ったあと小さな声で呟いた。
「────シャ」
「え? おにいさま? 今なん、て?」
俺は妹……ステイシーが大切だ!
そんな言葉を期待していたであろうステイシーの笑顔が固まる。
ガバッとジェローム様が勢いよく顔を上げて叫ぶ。
「……レティーシャだ! こ、婚約者であるレティーシャの方が大切! と、当然だろう!」
ジェローム様はどうだ! と言わんばかりに私を見る。
私はふふっと口元を緩ませた。
(ホーホッホッホッ! ジェローム様って最高におバカ!)
私の手のひらの上でコロッコロよ、コロッコロ!
もうダメ。
笑いが止まらない。
どうにか必死に笑い出すのを堪えているとステイシーが悲鳴をあげる。
「う、嘘よぉぉぉっ! おにいさま! どうしてなの!?」
「なんでって……ステイシー、分かるだろ? な?」
ジェローム様は懸命に目をパチパチさせて、“ここは嫌でも婚約者を立てないといけない場面なんだよ”と、ステイシーにアイコンタクトを送る。
しかし残念ながら、ステイシーにはまったくそれが通じていなかった。
「どうして……そんな、酷い……」
選ばれず絶望顔のステイシーがポロボロと涙をこぼす。
そんなステイシーの涙を見てジェローム様がギョッとした。
私もフフッと笑う。
(───さあ、ステイシー? あなたのお好きなように叫びなさい!)
「ハッ! おい、ステイシー! 待っ」
「おにいさまは! ────わたしのことをレティーシャ様より愛してるって言ってくれたのに!!」
「や、やめろ、ステイシーーーー!」
ステイシーの叫びに真っ青になったジェローム様が慌てて口を塞ごうとする。
しかし、ステイシーも激しく抵抗した。
「いや! 離して! おにいさまの嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
「だからステイシー! 俺の話を」
暴れるステイシーの手を抑えるジェローム様。
どうにか必死にステイシーの暴走を止めようとしている。
「おにいさまは言ったもの! レティーシャさんとの結婚はお金目当てだから、お飾りの妻にするんだって! 本当に愛しているのはわたしだって言ってくれた…………むぐっ」
ここでジェローム様がようやくステイシーの口を塞いだ。
─────けれど、もう遅い。
ステイシーの今の発言はしっかり会場内に響いた。
婚約者はお飾りの妻とする!
本当に愛しているのは自分だ、と────
おかげて、とても冷たい視線が二人に向けられているのだけれど、ステイシーはそれどころじゃなさそう。
(さて、私の出番ね!)
私は揉み合っている二人の前にスッと一歩進み出る。
ジェローム様がハッと青ざめた。
「レ、レティーシャ! こ、これは、だな! その……」
「……ジェローム様、どうやら、それがあなたの本音のようですけど?」
「───!」
「おかしいです。先ほどの宣言と矛盾しますわね?」
「…………!」
「わたくしにも分かるように説明して欲しいですわ?」
口をパクパクさせるだけで答えられないジェローム様。
代わりにジェローム様の拘束が緩んだ隙に手を外したステイシーがキッと私を睨んだ。
「そうよ! レティーシャ様の方が大切だなんて言葉は真っ赤な嘘! 全部、嘘なんですよ」
「う、そ……」
「残念でした~! おにいさまはレティーシャ様との結婚は愛は全く無くてお金目当てなんですよ」
「おかね……」
「記念日? バッカみたい!」
私は感動でブルッと身体を震わせる。
(さすが、ステイシー! なんという口の軽さ!)
実は私の味方なんじゃ……そう疑いたくなるほど私の求めていたことをペラペラと暴露してくれる。
私のそんな反応に勝手にショックを受けていると勘違いし気を良くしたステイシー。
更に暴露を続けてくれる。
「レティーシャ様、わたしずっとずっとずっと“愚かな人”だと思ってあなたを見ていたわ」
「え?」
「おにいさまが、なぁんでもわたしを優先してるのに文句の一つも言わないし。さすがお見合い失敗して逃げられていた人だわって、ずーっと思ってた」
「……」
ステイシーはここで勝ち誇ったような顔でニヤリと笑う。
「だって、あなたのその“容姿”じゃ次の結婚相手なんて絶対に見つからないものねぇ。必死になるのも仕方がな……」
「はっはっは! ────すごいな! 君の心はこの会場にいる誰よりもとびっきり醜いじゃないか!」
「あうあ!」
(え?)
突然聞こえた、覚えのある笑い声に振り返ると、私のすぐ後ろにジョシュアくんを抱き抱えたエドゥアルト様が立っていた。
「……え」
ハッハッハと笑いながらエドゥアルト様はさり気なく私の横に並ぶと小声で言った。
「……すまない。もう少し凛として立ち向かう美しい君の姿を邪魔せずに大人しく見ていたかったのだが」
「!」
ドキッと胸が跳ねる。
その言い方は反則だと思う。
「あまりにもそこの女狐の様子が不快になったのでつい出て来てしまった」
(エドゥアルト様……)
「あうあ! あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアくんはエドゥアルト様の腕の中で満面の笑みを浮かべた。
───お姉さん、かっこよかったです!
お祖母様みたいで僕はビリビリ痺れましたです!
(ジョシュアくん……)
「ああ、そうだな、ジョシュア。君も彼女に踏まれてみたくなっただろう?」
ジョシュアくんの言葉を聞いたエドゥアルト様の顔がパッと華やぐ。
「あうあ!」
「なに? 今はまだ遠慮します? なぜだ! 見ただろう? あの遠慮のない踏みつけを!」
「あうあ!」
「……見ました! が、ボクはまだまだ小さいので命に関わります? ああ、確かに……」
エドゥアルト様が深刻そうに頷く。
なぜ、私がジョシュアくんまで踏む話になっているんだろう?
「あうあ!」
「ん? そんなことより先にお姉さんの踏み踏みをとられて悔しくないのか、だと?」
「あうあ!」
「はっはっは! 悔しいに決まってるだろう。だが───」
二人の語り合いが始まったことで醜いと言われたきり放置されたステイシーがここで怒り出す。
「な、なんなんですか! 部外者は黙っていてください!」
「部外者?」
「あうあ」
「……ひっ」
エドゥアルト様とジョシュアくんの迫力にステイシーは小さな悲鳴を上げて少し後ろに下がった。
そんな彼女の元に慌ててジェローム様が飛び出す。
「ステイシー! やめろ! そこの赤ん坊はともかくコックス公爵令息には逆らうな!」
「え、でも、おにいさま!」
「忘れたのか? 今日の俺たちは“特別”なんだぞ!」
「あ……」
本日、“特別枠”での招待されていたことを思い出したのかステイシーが悔しそうに黙り込む。
「分かっただろう? とりあえず、あの赤ん坊は───」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアくんが、カス男~と可愛く笑いながら呼びかけて手を振り振りする。
あまりの可愛さにウグッとジェローム様が声を詰まらせた。
「……よくはない! が今はいい! だがコックス公爵令息はダメだ」
「おにいさま……」
「あうあ!」
ジョシュアくんがエドゥアルト様の服の袖を引っ張って呼んでますよ、と伝える。
ここで、エドゥアルト様とジェローム様の目が合う。
ジェローム様はパッと嬉しそうに顔を輝かせた。
「ご無沙汰しています、コックス公爵令息! ……いえ、エドゥアルトさ……」
「はっはっは! 君に馴れ馴れしく名前で呼ばれるのは心外だ! やめてくれ!」
「え!」
エドゥアルト様からの笑顔の拒絶にピシッとジェローム様とその場の空気が固まる。
「あうあ~!」
そんな緊迫する空気の中、ジョシュアくんだけがキャッキャと手を叩いて笑っている。
「え? え……なぜ……俺は特別……」
「ああ、確かにそうだ。今宵のパーティーは君たち、ニコルソン家は“特別”な招待だ」
「ですよね! な、なら……」
「そう─────地獄への特別招待だ!」
期待に胸を膨らませたジェローム様にエドゥアルト様は満面の笑みでそう言った。
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