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31. ざまぁみろ!
しおりを挟む「……今、クロムウェル王国は、晴れていてとてもいい天気だそうだ」
クリフォードの言葉にその場はしんっと静まり返った。
サヴァナは自分の耳を疑った。
(あ、あ、雨が止んで、晴れたですって!?)
ずっと降り続くあの雨は明らかな異常気象だった。
そのせいで、私の持つ“守護の力”の存在だって疑われた。
その原因ともいえる雨が止んだ?
本来、それはとても喜ばしい事のはずなのに───素直に喜べないのは……
「どう……して? 私は今……国にいない、のに……」
サヴァナは小さな声で呟く。
────おかしい、おかしい、おかしい! 嘘よ、嘘よ!
だって“守護の力”は私が国にいて発揮されるものだったんでしょ!?
それなら、どうして守護の力を持っている私が国を出たあとに晴れたりしたの? この場合はもっと“酷くなる”が正解のはずよ!?
有り得ない……だって、それだと、まるで私が……私が……
サヴァナはその先を考えたくなくて必死に頭の中で打ち消す。
クリフォードはそんなサヴァナにチラッと一瞬だけ視線を向けると、すぐ悲しそうに目を伏せて手紙の続きを読んだ。
「それで……父上からの手紙には最後、こう書いてある」
「……」
「……」
「っ!」
三人がサヴァナの顔をじっと見る。
おそらく、皆の考えていることは同じ。
そして、国王陛下からの手紙にも同じことが書かれている───
そう感じとったサヴァナは頭を抱えた。
(そんな目で見ないでよ!)
こんなの嘘だ。有り得ない。
だって水晶はお姉様が一年近くも触れ続けても、うんともすんとも反応しなかったのに、私が触れたら光った。
文字だって浮かび上がって……そこに書かれていたのは“守護の力”だと読み上げられた。
だから、お姉様なんかではなく私こそが最強の力を授かったはずなのよ────!
(嫌っ! 手紙の続き……聞きたくないっ!)
サヴァナは耳を塞ごうとしたけれど、クリフォードが淡々とした声で先に読み上げてしまった。
「───サヴァナ・ローウェル伯爵令嬢は本当に“守護の力”の持ち主なのか? ───と」
「~~~!」
「…………まるで、守護どころか、彼女が我が国を破滅させる為に雨を呼んでいたみたいに思えるのだが…………だってさ。サヴァナ」
「………………ひっ!」
この時のクリフォードのサヴァナを見る目は、いつものように愛しい人を見る目、ではなかった。
❋❋❋
私はトラヴィス様に言われた言葉がすぐには理解出来ず、呆然としていた。
(“守護の力”は私の中にある?)
「……ですが、水晶は私が触れても光らなかった……です。おかしい……ですよね?」
十八歳の誕生日を迎えてからずっとずっと私は毎日のように水晶に触れて来た。
サヴァナに力を奪われ始めたのが、最近であり、“守護の力”が全て奪われたわけではないのなら、それまではどうして反応してくれなかったの……?
「その辺の話については、リリーの“真実の瞳”で見た様子と俺の仮説になるけど」
「……リリーベル様が見た?」
「ああ」
そう言ってトラヴィス様は、リリーベル様の持つ“真実の瞳”が、嘘を見抜く能力以外にも変わった力を持っていると説明してくれた。
「リリーは本当は覗く気なんて無かったみたいだから、そこは許してやってくれ」
そう付け加えた所が妹思いのトラヴィス様らしくて、思わず笑ってしまった。
(嫌悪感よりも、通常と違う“真実の瞳”のことの方が気になるわ……)
そんな少しズレたことを考えていたところ、聞かされたのが“呪い”だった。
リリーベル様の瞳は私の周りにある黒いモヤを視たという。
「黒い……モヤ?」
「らしいよ。俺がリリーの話を聞いてから思ったのは、マルヴィナの魔力は、妹に奪われる以前からもともと何かに“呪われて”いて半分くらいしか発揮出来ていなかったのでは? ということだ」
「もともと、半分……?」
トラヴィス様は頷きながら言った。
「半分しか発揮出来ない魔力では守護の力を授かるのに足りなかったんじゃないだろうか?」
「え? あ……!」
守護の力は最強の力と呼ばれている。
力を授かる者はそれに見合った相応の魔力が必要……
よくよく考えれば当然のこと。
「その、呪い? とやらで私の魔力は半分しか使えなかったから、何度挑戦しても覚醒出来ず水晶は私には光らなかった……?」
「俺はそう思っているよ」
「……」
(それなら、いったいこの“呪い”とは何なの……?)
そう思うだけでブルッと寒気がした。
それに、謎が解けたようで、まだまだ分からないことは多い。
サヴァナが触れた時に水晶が光ったのは、サヴァナが盗人の能力? を授かったからなのかもしれない。
それなら、一緒に浮かんだ文字はなぜ守護の力だった……? という疑問は残っている。
それと気になることは他にも……
「トラヴィス様はなぜ、サヴァナに奪われずに私の中に、まだ“守護の力”があると思われたのですか?」
「え? ああ、それもリリーが言っていたからだよ」
「リリーベル様が?」
改めて思う。
真実の瞳ってすごい。
「リリーが真実の瞳でマルヴィナのことを視てしまった時に、マルヴィナを護るような光があってそれ以上の干渉を阻まれたと言っていた」
「え……」
(私を護るような……光?)
「俺はそれこそがマルヴィナの持つ“守護の力”なんじゃないかと思っている」
「!」
トラヴィス様のその言葉を聞いた瞬間、私の胸がドクンッと大きく跳ねた。
胸の奥がトラヴィス様の言葉を肯定するかのように疼く。
「そうなりますと……今、クロムウェル王国には“守護の力”なんて全く働いていないことになるんですね?」
「……そうなるね」
トラヴィス様は否定せずに頷いた。
──トラヴィス様の言うように、サヴァナではなく私の中に本当に“守護の力”があるなら、サヴァナに魔力を奪われたままの私では力が発揮出来ていない。
だから、あの国は今、何にも守られてなんかいない。
「……」
「マルヴィナ?」
私が黙り込んで考え込んでしまったので、トラヴィス様が心配そうな顔で覗き込む。
その近さに胸がドキッとした。
これで、分厚い眼鏡がなくて素顔だったら絶対に恥ずか死していそう……
「っっ!」
「どうかした?」
「あ、いえ……こんなことを言うと、性格悪いかなと思うのですが……」
「うん?」
気を取り直して私は率直に思ったことを言う。
「───クロムウェル王国は私を要らないと言いました」
無能で出来損ない。
そう言われて、お父様には家を継ぐことだって拒否された。
「ですから、私がクロムウェル王国に戻ることはありません」
「うん。マルヴィナの居場所はもう“ここ”だろう?」
「……」
ここ……と言ってトラヴィス様は再び、ギュッと私を抱きしめてくれた。
トラヴィス様の言葉とその行動に私の顔が自然と綻ぶ。
トラヴィス様の腕の中というのは恐れ多いけれど、当たり前のようにそう言ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。
「ですから、クロムウェルは今後、力によって“守護”されることはないのだな、と思ったら……」
「思ったら?」
「……」
(きっと、こういう時に使う言葉なのでしょうね)
貴族令嬢だったなら絶対に使わない言葉だけれど、今の私は平民だもの! ちょっと言ってみたい!
そうして、前に本で読んで知った言葉を私は、少し照れながら口にした。
「コホッ……ざ、ざまぁみろ! …………です」
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