上 下
152 / 439
第一部:第十三章 思惑

(二)父親の存在②

しおりを挟む
 ラーソルバール親子と、シェラを連れて、エラゼルは家族の下へやってきた。
「父上、少々よろしいですか?」
 丁度、他の参加者との会話を終えたところだったデラネトゥス公爵は、娘の声に振り向いた。
「おお、ラーソルバールさん」
 公爵はラーソルバールに気付くと、笑顔を向けた。
 娘の命の恩人であり、もう一人の娘の友であるラーソルバールは、公爵にとっては重要な人物だった。
「お久しぶりでございます、公爵様」
 ラーソルバールは深々と頭を下げる。
「先日は過大な物を頂きまして……」
「なに、イリアナの命を守って下さったのだ。急ぎ用意させたものであったから、あれでは少なかったのではないかと、後悔していたところだ」
 公爵の本音なのだろう。ただ、ラーソルバールとしてはそうもいかない。
「いえ、滅相もございません。私もお返ししたい程ですので」
「そう言われるな、差し上げたものを返されたとあっては、我が家の面子に関わる」
 冗談ぽく言うと、愉快そうに笑った。
「父上、ラーソルバールの父君、ミルエルシ男爵がご挨拶をと仰られたので、お連れしました」
「おお、そうか」
 表情を曇らせることなく、公爵はエラゼルの顔を見た。
 そして娘の脇に立つ、杖を片手にした人物に気付く。
「デラネトゥス公爵、お初にお目にかかります、クレスト・ミルエルシにございます。この度は、娘が多大なる物を頂きました事に対する御礼と、娘をエラゼル嬢の友としてお認めくださいますよう、お願いに参った次第です。それ以上の他意はございません」
 父は深く頭を下げた。
 友として「よろしく」ではなく「認めて欲しい」と言ったのは、娘に対する便宜は一切不要だと断りを入れたに等しい。
「……おお、貴方が『双剣の鷲』と賞賛されたあの、ミルエルシ殿ですか。わざわざのご挨拶痛み入る」
「いや、お恥ずかしい。かつてのそれは我が身に余る呼び名にございます。それに今ではこの通り、雛にも劣る次第です」
 父は自らの杖を見やると苦笑した。
「この度は、父親としてご挨拶に伺っただけにございます。これ以上、公爵のお時間を浪費させる訳には参りませんので、これにて失礼させて頂きます」
「そんなものを気にされなくても宜しかろうに、娘の恩人の父君だ」
「いえ、公爵に取り入ろうとした愚か者よ、と後ろ指を差されては、娘に顔向けできぬどころか、末代までの恥にございます」
 笑顔で、公爵の厚意に対する答えを告げる。
「成程、理解した。この父にしてこの娘有り。……エラゼル、良き友を得たな」
 公爵は喜び、娘にも笑顔を向けた。それに娘も黙って頷くことで応える。
「それでは、失礼致します」
「また、お会い致しましょう」
 父親同士、互いに頭を下げた。
 その姿を見て、娘二人もほっと胸を撫で下ろした。
 この後、シェラの父にも挨拶に行き、取り残されて待ちくたびれていたガイザの元に戻った。
「たまには父親らしい事をしないとな」
 そう言って父は、ラーソルバールの頭を優しく撫でた。
しおりを挟む

処理中です...