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第一部:第十四章 崩れゆくもの

(四)闇の門③

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 ゆっくりと姿を見せるのは、異形の者だった。
「私が両方引き付ける!」
 グランザーさんはまずオーガに切りつけると、出現したばかりの怪物に視線をやる。
 敵から間隔をとって、私達の前に壁のように立つ。
 嘴と翼、手足には鋭い鉤爪。
 物語にしか出てこないような、不気味な姿だった。
 悪魔だろうか。だが、そういった魔力を感じる事はない。
 むしろ生を感じない無機質な物。
 初めて見る相手に動揺する。
「あれは恐らくガーゴイルだ……」
「これが?」
 どこかの遺跡に有るような物だと思っていただけに、エラゼルの一言は驚きだった。
 その言葉を残し、エラゼルは先に出てきたオーガに攻撃を加えるため、わたしの横から離れた。
 ガーゴイルが翼を動かし、離陸する。地上から離れてしまえば、今の私達には魔法以外の攻撃手段は無い。
 攻撃するときだけ降りてくる相手ほど、厄介なものはない。
 その気になれば、私達の乗ってきた馬車も瞬時に襲える。
 今更だが、乗ってきた馬車の御者が心配になって振り返る。
 戦闘に加わろうとはしないものの、馬を抑えつつ剣を抜いていて自衛のための用意はできているようだ。御者とは言え、騎士団所属なのだろう。
 いざとなれば、逃げるよう指示されているのかもしれない。
 体の動かない私としては、足手まといにならないよう、下がりたいがそれさえもままならない。
 エラゼルとグランザーさんが苦戦する中、私にできる事があるのだろうか。

 ふと気になった。
 ガーゴイルのようなものを、ただ嫌がらせのためだけに使うものだろうか。
 かなり新しい物のように見えるため、遺跡の中に有った物を持ってきたのではなく、自ら作ったのかもしれない。
 実験済みでなければ、その出来栄えの確認がしたいはず。
 であれば本人がまだ居るか、手下の監視者がこの辺りに居るはずだ。彼自身が誰かの駒として使われていた可能性もある。とすると、さらに強力な相手が居る可能性が高い。
 だが、うまくいけばガーゴイルを無力化できるかもしれない。
(探せ、探せ…)
 迷い、気が焦る。
 グランザーさんの剣を手にして体を支え、周囲の気配を探る。
 住民達の不安そうな視線を感じるが、他に気配はない。
 ここの住民に扮して混ざっているのか。
 このままでは、二人が危ない。
 そう思った時だった。
 背後から魔法が飛んできて、私の横をすり抜けた。
 魔法はそのままオーガとガーゴイルに直撃する。
 ガーゴイルは弾かれて、地面に落下する。
「大丈夫ですか!」
 声のした方を振り返ると、魔法院の制服を来た人達の姿が見えた。
 それを見た瞬間に、力が抜け、私は地面にへたり込んだ。
「助かった……のかな」

 この後、二人は魔法院の人たちと協力して難なくガーゴイルを破壊し、オーガを倒した。
 門からこれ以上の怪物が出ないよう、魔法院の人達は急いで門を閉ざす。
 その手際の良さは見事だった。
 感心して見ていたら、魔法院の人達が私を見て微笑んだ。
「ああ、夜に試行錯誤した結果ですよ。ミルエルシさん」
 まるで私を知っているかのような口ぶりで言うのだが、生憎と私にはその記憶が無い。
 エラゼルも魔法院の人達を知っているかのような応対をしている。
 グランザーさんと一緒に出来事の聴取をされている。
「ああ、私はキゴーア三月法官です。夜の事件の指揮を取ったのは私です」
 三月法官とは、騎士の三月官と同等の階級とされている。
 また偉い人だ、と少し身構える。
「あの…、ひとつよろしいですか?」
 近くに寄って小声で話しかける。
「何でしょう」
「周囲にこの戦いを観察しているような人物はいませんでしたか?」
「…? それはどういう意味ですか」

 ガーゴイルについての疑問点と併せて話すと、キゴーアさんは私の考えに理解を示してくれた。
「貴女の仰る事は分かりました。ただ、そういった気配は察知できませんでしたね。まだ潜んでいる可能性があるということも踏まえて対処しましょう。実験済みとすると厄介ですがね…」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 今の私に出来ることはない。
 無自覚に怪我人が動き回れば、邪魔になる。あとは魔法院の人に任せるしかない。
 私はその場に座り込んだ。
 やがて聴取を終えた二人が戻ってくると、私はエラゼルに支えられ、馬車に乗り込んだ。
 馬車は、魔法院の人達が見送る中、救護院へ向けて再度走り出す。
 私の心は不安と怒りと悲しみが混ざりあって、大きく乱れていた。
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