聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第二十一章 帝国を歩く

(二)陰謀①

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(二)

 ラーソルバールらがカサランドラを発とうとしていた頃、帝都ではある初老の男が報告書を手に眉をしかめていた。
 男の名はデストア・ゼオラグリオ。バハール帝国の将軍で、謀将として知られる存在だ。
 ふと、ゼオラグリオは視線を上げる。
「ファタンダールか?」
 室内に現れた気配に気付き、呟いた。
「はい。閣下の御為に参上致しました」
 ローブの男は恭しく頭を下げる。男の頬にはやや目立つ一筋の傷跡がある。
「我輩の為では無く、己の欲望のためであろう?」
「これはこれは。私は常に帝国と、閣下の為に働いておりますのに、随分な仰りようですな……」
 薄ら笑いを浮かべつつ紡ぐ言葉には軽薄さがあり、真実を言っているようには感じられない。
「良く言うわ……。まあ、良い。今のところ帝国にとって不利益になるような事もしておらんのは間違いない。今も、お主の主導したヴァストールの内乱、書類にて確認しておったところだ」
「恐れ入ります」
「他の国で効果をあげた時ほど、ヴァストールに関しては思ったような成果は挙げられていないようだな」
 冷たく侮蔑するような目でファタンダールを見る
「存外、反乱貴族共も不甲斐なく」
「今回に限らず、昨年より手を出しているようだが、どれも効果はいまひとつのようではないか。今回とて国の建て直しに本腰を入れられては困るから、と扇動した結果がこれではな」
 ゼオラグリオは書類を机に投げ捨てると、椅子から立ち上がって背を向ける。
「いえいえ、傷跡はしっかり残しておりますし、次の手も用意しております。しかし、どうも相性の悪い相手……、言うなれば天敵というものが居るようです」
「天敵だと? 言い訳とは珍しいな」
 威圧するような言葉に、ファタンダールは頭を下げる。
「どうも、私のやる事に絡んでくる者が居りまして……」
「ふん、それが強力な魔導士や、騎士団と言うなら分かるが?」
「そのような者ではありません。まあ、早期に片付けますので、お気になさらず」
 ゼオラグリオはフンと鼻を鳴らすと、葉巻に火を点ける。

「しかし、事前に国力を削ぐと言って勝手に動いたは良いが、西方戦線を抱える帝国としては、今ヴァストールと事を構えるのは不味い。まだ戦支度も済んでおらぬしな」
「承知しております。感付かれたとしても動けぬようにしておきますゆえ、ご安心下さい。それと、西方戦線が早期に片付くよう、黒剣将軍の下に使えそうな者を何名か送りましたので、お役に立つかと思います」
 煙たそうに眉間にしわを寄せると、ファタンダールはひとつ咳払いをする。
「ふん、余計な真似を……」
 ファタンダールを一瞥し、窓の外を見る。顔を合わせて話す気が無いと、態度で示しているかのようだった。
「今のところ、ヴァストールに動きは無いのか?」
「騎士団は各所に出没する元兵士による略奪行為の対応や、国内の治安維持に躍起になっておりますれば、当分は動けないかと思われます。また国王を含む上層部も、反乱による処罰者の後始末に、かかりきりとなっております。他には特に目立った動きはありません」
「ふむ。では次の一手、と行きたい所だが、動向を見極めつつ下準備のみに留めよ。決して勝手に動くな」
「はい。仰せのままに」
 ファタンダールは現れた時と同じように、頭を下げると、姿を消した。

 気配が消えたのを確認したかのように、隣室の扉が開くと別の男が現れる。
「閣下、あのような者、いつまで飼っておかれるのですか? いつか帝国に害を為しますぞ」
「奴にとっては、帝国は自らの野望を果たす為の権力と資金を与えてくれる便利な道具なのかもしれん。だが、奴自身が帝国にとって、替えが利く存在だという事を分かっておらん。いずれ不要になれば切り捨てるだけだ」
 ゼオラグリオは苛立ちを込め、吐き捨てるように言った。
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