聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第三十一章 騎士になる者として

(四)剣は踊る③

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 エラゼルの剣が指し示す先、幾多の星が輝くが、そこには視覚的に光と闇の在り方を曲げる者が潜んでいる。
「若造共を片付けたからといって、いい気になるな、小娘」
 位置が特定できないよう、闇に紛れ各所から同時に声が響いててくる。その声は間違いなく、昨年の暗殺者のもの。
「その小娘に負けた男が偉そうに言うではないか」
 挑発には挑発で返す。エラゼルは鼻で笑う。その直後だった。
「……! エラゼル、二人行った!」
 気配を察し、ラーソルバールは友の名を呼ぶ。
「承知した!」
 エラゼルは一歩も動かずに、右真横に剣を突き出す。予備動作も殆ど無く放たれたその一撃は、会場に入り込んだ暗殺者の横腹を深々と抉っていた。
 それとほぼ同時に、ジャハネートが伸ばした拳が、もう一人の暗殺者のみぞおちを正確に捕らえていた。
「つまんないねぇ。もうちょっと骨のある相手をよこしな!」
 エラゼルに襲い掛かろうとしたものの、その進路を塞ぐ形で現れた存在に対応できなかったのだろう。
「……赤……い……女豹……か」
 自分を殴った相手を視認すると、目論見が甘かったという事を認識せざるを得なかった。
 二人の暗殺者は、目的を果たすことも叶わず、瞬時に倒される形となった。

 エラゼルとジャハネートが、会場に侵入した者の相手に攻撃を加えた直後の事。
 ラーソルバールは、左右から繰り出される刃の対処を迫られていた。
 半歩下がって右の剣を弾き、左の剣を避ける。襲い掛かる熟練の暗殺者の腕に、一瞬たりとも気を抜くことが出来ないのだと悟る。
 それでも、もう一人の男は手を出さない。闇に紛れ、一箇所に留まることなくラーソルバールの撹乱を狙い、その隙を伺う。
 そして気付く。前年とは動きが全く違う、という事に。動きに無駄が無く、足取りも確か。その差は、動きを制限し足を引っ張っていたドレスと靴の違いだけでなく、ラーソルバール自身の一年間の成長の証。

 隣に居るガイザは、動きが早く視認しにくい相手に手が出せないでいる。下手に手を出せば、邪魔になるだけでなくラーソルバールを傷つけかねない。息の合った動きをしなければ、足手まといでしかない。
(腕の差を埋めるつもりでいたのに、引き離されていくだけだ)
 自身が敵の手に落ちて足枷にならないよう、心がける事しかできないのだろうか。ガイザは悔しさに唇を噛んだ。

「アタシが行っていいかい?」
 ジャハネートがちらりとエラゼルの顔を見る。
「お客様のお手を煩わせるわけには参りません」
 ぴしゃりと言い放たれ、ジャハネートは不満げに口を尖らせた。
「客が楽しみたいと言っているのだから、融通してくれないかねえ」
「駄目です。私が彼女と共に戦える数少ない機会なのですから」
 そう言ってエラゼルは少し寂しそうな微笑を浮かべ、ベルコニーへと歩き出した。
「……ん?」
 どういう意味だろうかと一瞬首を傾げて周囲を見渡すと、戻ってきていたシェラ達も意味が分からないというように肩をすくめて見せた。

 エラゼルがバルコニーに入ってきた事によって、ひとりに隙が出たのをラーソルバールは見逃さなかった。脛甲のある右足に魔力を流し込むと、舞うように優雅に、そして驚くべき速度で暗殺者の横腹を蹴りぬいた。
「ガハッ……」
 予期せぬ行動に防御も受身も取れず、暗殺者はそのまま欄干に強烈に叩きつけられた。その仲間の動きを視線で追ったのか、僅かに動きが止まったもう一人に向かって、白い軌跡を描いてエラゼルの剣が闇に閃く。
 抗う事もできずに背中を斬られて崩れ落ちると、エラゼルの足元で男はうめき声をあげた。
「隙だらけだ。復讐に来たつもりだろうが、もう貴様一人だけになったぞ。諦めて姿を現せ」
 侮蔑するようにも聞こえる言葉に対し、闇から男の笑い声が響いた。
「何を言うか。そこの二人はこれからだ」
「な……に……?」
 隠し切れぬ殺気を放ちながら、エラゼルを嘲笑うように不敵な笑いが闇に響く。
「この俺が指示することで、契約した悪魔《デーモン》に身を委ねる事になっている」
「何を、馬鹿な事を!」
「さあ、悪魔よ今、力を解き放て」
 男の言葉を肯定するように、伏していた男達の体がびくびくと動き出し、骨格や皮膚が変容し始める。骨が突出し、皮膚は黒く変色し、流れていた血の色が青黒く変わっていく。目の前で起きている受け入れがたい現実は、ラーソルバールの心を激しく揺さぶった。
「ふ……ざける……な……。お前は……人間を……人を何だと思っているっ!」
 ラーソルバールの激高した声が闇に響き、怒りを含んだ魔力が奔流する。
「グギギギギ……」
 奇声を上げ、悪魔達は体を起こす。
「ほれ、もう人では無い。この俺と同じくな」
 乾いた笑いとともに、放たれた瘴気が夜空の光を遮り、闇の世界へと変える。

「悪魔だろうと、騎士になるんなら負けてられない!」
 ラーソルバールの剣が、決意と共に青白くゆらめいた。
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