聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

文字の大きさ
376 / 439
第二部:第三十二章 積み重ねたもの

(一)悪魔①

しおりを挟む
(一)

 デラネトゥス公爵家の誕生会は、開始直後の和やかな雰囲気から一変した。
 自体には事前に告知があったため、参加者もさしたる動揺もなく、それを受け入れた。騒ぎ立てる事が公爵家に連なる者として、不適切だという認識があるのだろう。
 会場に居た警護兵は剣を取り、不測の事態に備えている。それ故に、不安は少なかった。
 その精神の均衡を破るような事態が目の前で起きている。
 悪魔が現れた。その事が、絶対的な安心感を揺さぶっている。だが、最後の砦が、悪魔と自分達の間にある限り、恐慌状態に陥らない。
 そう、サーティス・ジャハネートという女傑が存在するという安心感。

 ジャハネートは悪魔へと変容する男達の姿を見ても、慌てる事無く黙したまま自らの剣を手に取った。
「ちょいと、無茶しようかねぇ」
 唇を舌で舐めると、不敵に笑みを浮かべた。
 一呼吸おいてから、床を蹴ってバルコニーに突っ込む。
 左腕に魔力を流すと、エラゼルの前に居た一体の腹に、拳を下から突き上げるように叩き込み、宙へと弾き飛ばす。そして軽く跳躍すると、剣を振るって姿を見せていなかった男に一撃を加える。
「ラーソルバール! あとの一匹は任せた!」
 ジャハネートはそう言い残して、相手の剣と交錯させたまま、ドレスをはためかせながら、庭園へと飛び降りた。
「了解しましたっ!」
 ジャハネートの言葉に応じると、ラーソルバールは右脚を振り上げ、ドレスを躍らせながら、悪魔へと化身した男の顎を脛甲で蹴り上げる。その勢いで悪魔は欄干を超えて、頭から庭園へと落下した。
「先に行くよ、エラゼル!」
 苦笑いするエラゼルに目配せをすると、ラーソルバールもジャハネートに倣って欄干を飛び越えて庭園へと降りていった。
「ここは二階だぞ」
 呆れたようにモルアールがつぶやく。着地の衝撃は脚に魔力を流し込んで減らしていると分かっていても、よくやるものだと思う。
「先に行くぜ」
 ガイザは剣を手にエラゼルを一瞥すると、庭園へと飛び降りた。
「やれやれ、行儀の悪い……」
 先を越され、ばつが悪そうに頭をかきながら、エラゼルも続く。白いドレスが空気を孕んでふわりと踊る。

「庭園が傷むのは止むなしとして、着替えは必要になるのだろうな……」
 エラゼルは眼前に立つ悪魔達を睨みつけ、剣を構えた。
下級悪魔レッサーデーモン程度が二体とコイツは上級とまでいかない、それなりの奴だ。皆、所詮が半悪魔さ、大した事は無い」
 ジャハネートは交えていた相手の剣を弾くと、その勢いのまま恐るべき速さで横薙ぎをする。
「どけ! 女豹! 俺の相手はお前では無い!」
 男の声と別の物が混じったような声を放つ。その姿は既に人間のそれでは無く、ラーソルバール達の記憶あったものの欠片もそこには残っていなかった。
「あの娘達は、この国の未来を背負って行かなきゃいけないんだよ。アンタ如きが悪戯に手を出して良い相手じゃない」
「騎士団長自らが相手をしてくれるというのは光栄だが、まずは雪辱を晴らしてからだ」
 暗殺者の首領だった男は、雪辱の為に悪魔にまで身を売った。だが、果たしてそこまでしなくてはならない程、暗殺者にとっての失敗とは大きなものだったのだろうか。
 悪魔となった男は跳躍し、ジャハネートを越えた。背中にあった羽根が衣服を突き破って現れ、その羽ばたきで宙に浮かぶ。

 庭園で起きている様子に驚愕しながらも、シェラは剣を手にするとバルコニーへと飛び出した。それに半歩遅れて青いドレスのフォルテシアが続いた。
「会場に損害が出ないように、ここは私達が守らないと!」
「うん。よろしく、ディナレス、モル」
「略すな!」
 フォルテシアの一言で緊張が適度にほぐれたが、宙に浮かぶ悪魔が視界に入ると、気持ちから余裕が消えた。
「あんなのを相手にするの?」
 人間よりも一回り大きな姿に変容した禍々しい存在に、ディナレスは恐怖を感じずには居られなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...