聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第三部:第三十四章 背負う責任

(二)編成②

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 ランドルフはため息をつき、ソファの背もたれに寄りかかった。
「ジャハネートが欲しがった訳だ……」
 ぼそりとつぶやいた言葉がラーソルバールにも聞こえた。だが、ラーソルバールはあえて聞こえなかった振りをする。
「お前さんの言う通り、かなり緊急だ。レンドバールが軍備を整えているという情報が入っているが、それが見せ掛けなのか、既に準備が整っているのかまでは分からん。ただ、帝国と連動することは無さそうだということは掴めている。……俺は軍人だ、言われた通り準備はする。だが、大局というやつがいまいち分からん、何故仕掛ける相手が我が国だと言えるんだ?」
「いささか生意気な事を申し上げるようですが……。現在の二国間の関係もありますが、帝国が背後に居る関係上、意向に背かないよう帝国との関係性が良くない国を対象に選択するはずです。我が国を除けば、レンドバールと隣接する二カ国とも帝国との関係は悪くありません。そして、攻め込む口実もありません」
「我が国には攻め込まれる理由がある、と?」
「はい……。口実として考えられるのは、三つあります。まず、四年前に国境付近で起きた小規模な紛争において、レンドバール側に否があるとして新たに設定された国境線が我が国に有利だった事。二つ目が、二年前に帝国の干渉に対して異を唱え、政治犯罪人とされた大臣を我が国が保護した事。三つ目はあくまでも可能性ですが、カレルロッサで敗北して逃亡した貴族がレンドバールに亡命していて、その復権を理由とした場合です」
 ラーソルバールの言葉に、ランドルフは眉をしかめた。
 軍人だからと言い訳にしたが、それでも政治情勢はある程度把握しているつもりでいた。だが、この娘は何だ。用意されていただろう回答とはいえ、こうもあっさりと答えるとは想定していなかった。
「いずれにせよ、逼迫する国内事情から目を逸らさせ、国内世論を対ヴァストールにまとめる、というのが目的だろう?」
「はい、それは大前提です。ですが、いまひとつ理解できないのが、我が国の国力を知っていればレンドバール側に勝機があると判断するようには思えないのです。なのに帝国の捨石の如く動く理由が……」
「帝国からある程度の援助が期待できる、そしていずれ帝国が我が国を滅ぼし、その恩恵に預かる、そんなところか?」
 ラーソルバールは小さくうなずいた。
 確かにランドルフの言う事も理解できる。だが、それは先の長い話。震災にあえぐ国が、今動く大きな理由とも思えない。あるいは帝国が王家の誰かを、婚約と称して人質にでもしているのか。
 高確率でのレンドバールの侵攻を予見していたとは言え、引っかかっていた部分がすんなりと落ちない。所詮、ただの小娘の知見の及ぶところではないのだろう。

「まあ、話はそんなところだ。お前さんだけ特別扱いする訳にもいかんから、そこのところは理解してくれ」
 ランドルフの表情は明るくない。
「もとより、そのようなものは望んでおりません。二星官でさえも荷が思いのですから……」
「……そう言うな。階級に関しては俺の責任じゃない。だが、お前さんに死なれると困るのは間違いない、色々とな……」
 何かあったら、軍務省にも顔向けできないどころか、ジャハネートに殴られる。いや殴られるだけならまだしも、殺されかねない。ランドルフは言外に匂わせ、苦笑いした。
「だからと言って、後方勤務に回さないで下さい」
 団長に意見をするのもどうかと思ったが、後方に居るだけでは剣を手にして騎士になろうと思った意味が無い。言わずにはいられなかった。
「分かった分かった。これからお前さんの上司になる奴のところに案内させるから、まあうまくやってくれ」
「はい」
 ラーソルバールは、不安を覚えつつも、ただ是と返すしかなかった。

 ランドルフと別れ、連れてこられた先で挨拶をした直後、ラーソルバールはいきなり冷たい視線を浴びせられた。先程の不安が的中したといったところだろうか。
「俺はジャーゴス・ギリューネク三星官、第十七小隊長だ。確かに書類上、お前さんの上司になっている」
「はい。よろしくお願いします、三星官殿」
 ギリューネクは三十歳手前程度の痩せ型の男だが、騎士らしい筋肉は備えている。武器の整備中だったとはいえ、なげやりな態度は気分の良いものではない。
「貴族のお嬢様が道楽で騎士か? 新人で二星官なんざ、裏から手を回したんだろうが、随分良い身分だな。平民出の俺からすりゃあ、うらやましい限りだぜ」
 何も言わぬうちに頭ごなしにけなされ、腹立たしさを覚えたが、いきなり上司に歯向かう訳にもいかず、ラーソルバールは怒りを飲み込んだ。
「ああ、中隊長にも挨拶に行って来い。隣の部屋だ」
 黙って敬礼をすると、即座に部屋をあとにした。
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