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第三部:第三十五章 出陣
(二)カラール砦①
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(二)
カラール砦、それはヴァストール王国の西部にあり、レンドバール国境近くで睨みを利かせる国防の要所である。
その威容は小さな城と言っても良い程で、中央に城郭を配し、周囲は高い壁で囲まれている。
かつては小さな砦だったが、友好国であったレンドバールが帝国の属国と化し、関係悪化が決定的になった事により増改築が行われ、現在の姿に至る。
砦の居住区には、常駐する騎士達を相手に商売を行う民間人も多く住んでおり、さながら城下町といった感さえもある、
防衛の任を負った騎士団は、王都を発ってから三日後にカラール砦に到着する予定となっていた。
先発部隊である第二、第八の騎士団は、夕暮れに差し掛かる頃、夜営準備を始めていた。
食事の支度をし、寝床を用意する。寝床と言っても小型の天幕《テント》と寝袋という簡素なものだが、僅かに肌寒さを感じる程度のこの時期であれば、特に問題にもならない。
野営の準備自体はラーソルバールも騎士学校で実践してきたので、手順には問題が無いとはいえ、小隊で活動を共にするのは初めてであり、若干の戸惑いがある。
「ラーソルさん、もうちょっと右端を……」
「……ああ、すみません」
ビスカーラと共に、天幕の設営を行っている時だった。
「ミルエルシ二星官ですね?」
ひとりの女性士官がラーソルバールに声をかけてきた。
「はい、そうですが……?」
「選抜された人員での緊急招集がかかりました。ギリューネク三星官殿と共にご同行願います」
良く分からずとりあえず「了解しました」と答えたが。緊急招集、しかもわざわざ選抜までするとは何事だろうかと、首を傾げながらギリューネクを見る。ギリューネクも訳が分からないというように、肩をすくめる。
「すまねえが、設営は残りの面子でやっといてくれ」
「あ、はい、分かりました」
手にした天幕ののやり場に戸惑いながら、ビスカーラは慌てて答えた。
ラーソルバールは手にしていた天幕の軸をドゥーに渡すと、改めて女性士官に敬礼をする。
「何でコイツと一緒なんだ?」
ギリューネクは不満顔で問いかける。
「さあ? 私はお二方をお連れするように、と言われただけですので……」
女性士官は二人を先導しながら、振り向く事無く答えを返す。無愛想とも言えるような対応に、ギリューネクは問い掛けを止めざるを得なかった。
間もなく二人は本部用の特大の天幕に案内され、中に入るよう促された。
「お、来たかい。アンタらが最初だ」
入り口の幕をくぐると、ラーソルバールにとっては聞き慣れた声が二人を迎えた。そこに居たのはジャハネートとランドルフ、二人の騎士団長だった。
「ジャハネート様……」
第八騎士団の団長であるジャハネートがここに居るということは、合同の会議なのだろうか。普段のように接する訳にもいかず、ラーソルバールは慌てて二人の団長に敬礼をする。
「ちょいとね、作戦の相談だ。他の連中も来るから座って待ってな」
ジャハネートは意味ありげにラーソルバールに目配せした。しかし、小隊長でもない新人の自分まで呼ばれる意味が分からない。隣に座るギリューネクも黙ったまま何も言わない。先程まで憮然とした表情をしていたギリューネクも、さすがに二人の騎士団長の前では表情を隠していた。
そうこうしているうちに、次々と騎士達が天幕に入ってくる。いずれも士官なのだろうが、胸の階級章を見る限りは、二星官はほとんど居ない。
一際若いラーソルバールを見る他の騎士達の目が好奇に満ちているようで、非常に居心地が悪い。時折その様子を伺いながら、笑いを堪えているジャハネートの様子に、からかわれているのだろうかという気になる。
「シャスティ!」
天幕の人がある程度に達した時点で、ジャハネートは途中で入ってきた副官と思しき女性士官を呼び寄せた。彼女は天幕内の人数を数えると、軽くうなずいて合図を送る。
「ほいじゃ、始めようかね! 座ったままでいいよ!」
赤い女豹がニヤリと笑った。
「ここに集まって貰ったのは、裏付けが取れている者の中から、任意に選抜した二星官以上の士官だ」
「裏付け、とはレンドバールに逃亡したと思しき貴族と、繋がりの無い事が確認されたという意味になります」
ジャハネートの言葉を補うようにシャスティが続ける。
なるほど、そういう意図か。ラーソルバールは得心がいった。こちらの作戦が筒抜けになるのを防ぐ、離反者に情報を与えないようにする、という意味があるのだろう。
「まあ、そういう事だ」
ここにきて、ようやくランドルフが口を開いた。と同時に、第二騎士団所属の騎士達から笑いが漏れる。面倒事や頭を使うことはジャハネートに任せている、というのを見抜かれているのだろう。ランドルフがばつが悪そうに「フン!」と鼻を鳴らすと、それを期に周囲が静まる。
「さあ、作戦会議を始めようかねぇ」
ジャハネートの瞳が妖しく光った。
カラール砦、それはヴァストール王国の西部にあり、レンドバール国境近くで睨みを利かせる国防の要所である。
その威容は小さな城と言っても良い程で、中央に城郭を配し、周囲は高い壁で囲まれている。
かつては小さな砦だったが、友好国であったレンドバールが帝国の属国と化し、関係悪化が決定的になった事により増改築が行われ、現在の姿に至る。
砦の居住区には、常駐する騎士達を相手に商売を行う民間人も多く住んでおり、さながら城下町といった感さえもある、
防衛の任を負った騎士団は、王都を発ってから三日後にカラール砦に到着する予定となっていた。
先発部隊である第二、第八の騎士団は、夕暮れに差し掛かる頃、夜営準備を始めていた。
食事の支度をし、寝床を用意する。寝床と言っても小型の天幕《テント》と寝袋という簡素なものだが、僅かに肌寒さを感じる程度のこの時期であれば、特に問題にもならない。
野営の準備自体はラーソルバールも騎士学校で実践してきたので、手順には問題が無いとはいえ、小隊で活動を共にするのは初めてであり、若干の戸惑いがある。
「ラーソルさん、もうちょっと右端を……」
「……ああ、すみません」
ビスカーラと共に、天幕の設営を行っている時だった。
「ミルエルシ二星官ですね?」
ひとりの女性士官がラーソルバールに声をかけてきた。
「はい、そうですが……?」
「選抜された人員での緊急招集がかかりました。ギリューネク三星官殿と共にご同行願います」
良く分からずとりあえず「了解しました」と答えたが。緊急招集、しかもわざわざ選抜までするとは何事だろうかと、首を傾げながらギリューネクを見る。ギリューネクも訳が分からないというように、肩をすくめる。
「すまねえが、設営は残りの面子でやっといてくれ」
「あ、はい、分かりました」
手にした天幕ののやり場に戸惑いながら、ビスカーラは慌てて答えた。
ラーソルバールは手にしていた天幕の軸をドゥーに渡すと、改めて女性士官に敬礼をする。
「何でコイツと一緒なんだ?」
ギリューネクは不満顔で問いかける。
「さあ? 私はお二方をお連れするように、と言われただけですので……」
女性士官は二人を先導しながら、振り向く事無く答えを返す。無愛想とも言えるような対応に、ギリューネクは問い掛けを止めざるを得なかった。
間もなく二人は本部用の特大の天幕に案内され、中に入るよう促された。
「お、来たかい。アンタらが最初だ」
入り口の幕をくぐると、ラーソルバールにとっては聞き慣れた声が二人を迎えた。そこに居たのはジャハネートとランドルフ、二人の騎士団長だった。
「ジャハネート様……」
第八騎士団の団長であるジャハネートがここに居るということは、合同の会議なのだろうか。普段のように接する訳にもいかず、ラーソルバールは慌てて二人の団長に敬礼をする。
「ちょいとね、作戦の相談だ。他の連中も来るから座って待ってな」
ジャハネートは意味ありげにラーソルバールに目配せした。しかし、小隊長でもない新人の自分まで呼ばれる意味が分からない。隣に座るギリューネクも黙ったまま何も言わない。先程まで憮然とした表情をしていたギリューネクも、さすがに二人の騎士団長の前では表情を隠していた。
そうこうしているうちに、次々と騎士達が天幕に入ってくる。いずれも士官なのだろうが、胸の階級章を見る限りは、二星官はほとんど居ない。
一際若いラーソルバールを見る他の騎士達の目が好奇に満ちているようで、非常に居心地が悪い。時折その様子を伺いながら、笑いを堪えているジャハネートの様子に、からかわれているのだろうかという気になる。
「シャスティ!」
天幕の人がある程度に達した時点で、ジャハネートは途中で入ってきた副官と思しき女性士官を呼び寄せた。彼女は天幕内の人数を数えると、軽くうなずいて合図を送る。
「ほいじゃ、始めようかね! 座ったままでいいよ!」
赤い女豹がニヤリと笑った。
「ここに集まって貰ったのは、裏付けが取れている者の中から、任意に選抜した二星官以上の士官だ」
「裏付け、とはレンドバールに逃亡したと思しき貴族と、繋がりの無い事が確認されたという意味になります」
ジャハネートの言葉を補うようにシャスティが続ける。
なるほど、そういう意図か。ラーソルバールは得心がいった。こちらの作戦が筒抜けになるのを防ぐ、離反者に情報を与えないようにする、という意味があるのだろう。
「まあ、そういう事だ」
ここにきて、ようやくランドルフが口を開いた。と同時に、第二騎士団所属の騎士達から笑いが漏れる。面倒事や頭を使うことはジャハネートに任せている、というのを見抜かれているのだろう。ランドルフがばつが悪そうに「フン!」と鼻を鳴らすと、それを期に周囲が静まる。
「さあ、作戦会議を始めようかねぇ」
ジャハネートの瞳が妖しく光った。
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