聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第三部:第三十六章 ラーソルバールという存在

(三)兜を脱いで①

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(三)

 ラーソルバールは息苦しさに兜を脱ぐと、大きく息を吸ってから一気に吐いた。
 兜から解放された金色の髪が陽光を受けて輝き、後ろで束ねた髪が僅かに揺れる。前髪は汗でじっとりとしていたが、門へと吹き抜ける風が心地よかった。
 兜を鞍に置き、未だに僅かに震える手を気付かれぬよう、手綱を強く握り平静を装う。その事をジャハネートは気付いているのかも知れないが、触れようとはしない。騎士として本人が乗り越えるべきものだと、思っているのだろう。

 自分はいつかジャハネートのような堂々とした騎士になれるのだろうか。あの剛毅な性格は真似できないが、立ち居振る舞いは学ばなければならないとは思う。ふと視線をやった彼女の赤い鎧を見て、腰部の違和感に気付いた。
「ジャハネート様、腰の小剣《ショートソード》。中身はどうされたんですか?」
「ああ。さっき、ぶん投げた」
「……?」
 残った鞘をポンポンと叩くと、ジャハネートにやりと笑う。
 対して、ラーソルバールは「投げた」という理解できない言葉に、どう返して良いやら戸惑った。モンセントも有る意味似たような使い方をしているのだが、そこには思い至らない。
 ジャハネートが投げた剣が、実は自身に訪れる危機を未然に防いだのだという事を、ラーソルバールは知る由も無い。
「後で落ちてたら回収するさ」
 高そうな装飾を施された鞘に収められていた物だけに、剣自体も安いものではないだろう。あっけらかんと答えるジャハネートの器に、改めて感心させられた。

「ほれ、アンタのとこの親分が戻ってきたよ」
 激しい馬蹄音と、怒号が背後から聞こえてきた。
 撤退してきた殿部隊が次々と門を抜けてくるのが見える。
 防壁上でも敵を寄せ付けないよう、慌しく弩を射掛けたり魔法を放って対応している。作戦の最終局面だと見て取れた。

 背後の喧騒の中、下馬所まで来て馬を下りた時だった。
「隊長! ラーソルさん!」
 二人の姿を見つけ、ビスカーラがよろよろと頼りない足取りで駆け寄ってきた。
 重傷者から治癒されるため、命に別状がなかったビスカーラの治癒はまだ終わっていないのだろう。落馬の際の負傷箇所をかばうように動く様は、実に痛々しかった。
「ビスカーラさん、無理しないでください!」
 手を伸ばそうとして、手甲《ガントレット》が血塗れだという事に気付き、慌てて引っ込めた。
「ごめんなさい、私のせいでお二人を危険に晒してしまって……」
 ビスカーラは涙を流しながら、二人にすがるように抱きつく。返り血を気にする様子もなく、そのまま泣きじゃくるビスカーラに、ラーソルバールとギリューネクは顔を見合わせ苦笑いするしかなかった。
「大丈夫。二人共大きな怪我はしてませんから……」
 ビスカーラの肩を抱こうと伸ばしかけた腕。真っ赤に染まった手甲が小刻みに揺れる。まだ気持ちの整理がついていない。うつむくラーソルバールに、ギリューネクが声を掛けた。
「お前は……」
 視線を上げて、ギリューネクの顔を見る。
「お前は……俺の嫌いな貴族だ。……だが、その腕……だけは……認めてやる」
 ラーソルバールに向かってそう言うと、ギリューネクはビスカーラの頭を撫でながら気まずそうに顔を背けた。
 隣に立っていたジャハネートは、腰に手をあててフンと鼻で笑うと、振り返って殿部隊の帰還で沸く門を見詰める。
「さて、あとはシジャードが帰ってくれば、祭りは終わりかね?」
 砦にまだ戻ってきていない功労者の名前を出しながら、ジャハネートは馬にくくりつけてあった荷袋を取り外す。
「そうですね……。どのくらいの損害が出たのか気になりますが……」
 自身が提案した作戦だけに、成功したとはいえあまり手放しで喜べる気にはなれなかった。
「どのくらいかね……相手は大事な将を討ち取られたし、荷を焼かれたりと大損害だろうけどね」
「あ……」
 荷袋をちらりと見せて目配せをすると、ジャハネートはニヤリと笑う。
「じゃあ、アタシは行くよ。安心しな、手柄は横取りしたりしないから。こいつはちょいとアンタの親分に渡してくるだけさ」
 ビスカーラに抱き付かれたまま動けないラーソルバールらを尻目に、赤茶色の髪に赤い鎧の騎士団長は手を振って門のほうへと歩いていった。
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