聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

文字の大きさ
433 / 439
第三部:第三十六章 ラーソルバールという存在

(三)兜を脱いで②

しおりを挟む
 レンドバール軍本隊にいるボーダートは、既に戦闘状態に入っている二部隊の動きの鈍さに苛立ちを覚えていた。
「殿部隊などさっさと叩き潰してしまえば良いものを、砦に潜り込む隙を無くしてしまうではないか!」
 先駆けた二部隊が本隊の足の遅さを考慮せずに、功を急いだばかりに加勢しようにもまだ届かない。先に騎馬兵だけでも行かせるべきか。逡巡した時だった。
 先発部隊の伝令兵が慌てて本陣へ駆け戻ってきた。馬を下り、制止しようとする警護を振り切ろうとしながら、声を上げる。
「ボーダート大将軍に至急のご報告があります!」
 ボーダートは思索を邪魔されて眉をしかめるが、報告を聞かない訳にはいかない。
「その者を通せ」
 警護兵を抑止すると、伝令兵を招き寄せた。
 兵はボーダートの前までやって来ると、片膝をついて顔を上げる。
「たった今、モンセント将軍は戦死されたとの事!」
「……なに……誠か? 誰にやられた? 牙竜ランドルフか?」
 耳を疑うような言葉に、一瞬言葉が出てこなかった。敵の騎士団長が相手であれば、もしやという事もある。
「下士官と一騎打ちの末、壮絶な最後を遂げられたと目撃者は申しておりました。その直後に赤い女豹を見たとの情報もあります」
「下士官などと、冗談も程ほどに……。……そうだ、ディガーノンはどうした!」
「はっ、ディガーノン将軍は牙竜との激しい戦いのうちに落馬され、負傷したと……」
 ここに至って、戦局が思うままにならない理由がはっきりした。だがそれ以前に、この戦は既に敵の術中にあるのではないか? ボーダートは自問する。
 険しい顔をしたままのボーダートに、伝令兵はどう対応して良いやら分からず、身を縮めた。
「よく知らせてくれた、下がってよい」
 伝令兵の様子に気付くと、ボーダートは型どおりの言葉で、彼を下がらせた。

 このままでは、弄ばれただけではないか。
 自ら騎馬兵と共に最前線へ赴こうと、ボーダートは意を決した。行動に移そうと、手を振り上げ突撃の指示を出そうとした時だった。

「後方より火の手あり!」
 騒ぐ兵の声が聞こえた。
「なに?」
 慌てて後ろへ振り向いたボーダートは赤く燃え上がる炎と、立ち上がる黒い煙に目を奪われた。
「あれは、補給部隊……ではないか?」
 ひとり言のようにつぶやいた言葉に、副官の顔が青ざめる。
「補給部隊が展開している辺りで間違い有りません……」
 嵌められた! 屈辱がボーダートを襲う。歯をギリリと鳴らし、黒煙を睨む。
 我々はまんまと敵に誘引され、補給部隊との距離を作ってしまったという事か。前で将を失い、後ろでは補給物資を燃やされ失った。大失態としか言いようが無い。
 このまま何の戦果もなく、国へ帰っては良い笑いものだ。いや、笑いものになるだけならまだしも、国王陛下に合わせる顔が無いではないか。
 ただ負けるのを待つ訳にはいかない。逆転の一手はないか。
「食料はどれだけ持つ?」
 苦りきった表情を浮かべながら、副官の顔を見る。
「携行食糧は一日か二日。分けて食べれば三日か四日は……」
「近隣の村から調達できるか?」
「……いえ、開戦前に村が無人である事を確認した際、物資も全て持ち去られていたとの事でした。作物など食べられるものは僅かに残っておりましょうが、とても軍を支えきる程には……」
 嗚呼。ボーダートは天を仰ぎ、そして砦を睨んだ。
 誘引できないのであれば砦に篭らせた上で足止めし、その間に別働隊で本土の街などを占拠する予定だったが、その策も水泡に帰した。
 期待した離反者も無く、既に砦の門は閉じられ、高い防壁を相手にレンドバール軍は今や為す術はない。
「陛下にお会いするまで、この首をとっておこう」
 ボーダートがぼそりとつぶやいた言葉には、もはや気力のかけらも無かった。


 ジャハネートを見送ったラーソルバールは、完全に緊張の糸が切れたように地面に座り込んでしまった。
 抱きついていたビスカーラは、するりと腕から抜け落ちた身体を驚いて見詰める。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫……ちょっとあちこちが痛くて」
 モンセントの死による動揺を隠すように、作り笑顔でそれに答える。だが、実際に戦闘中に擦り傷や打撲をいくつも作っており、嘘は言っていない。
 ギリューネクには気付かれているのかも知れないが、きっと何も言わないだろう。
 彼はひとつ吐息をもらすと、門の方を見詰めながら僅かに微笑んだ。
 沈みゆく陽を背負って殿部隊がこちらへやって来る。歓声を上げて迎える者達に手を振りながら、誰もがその顔に勝利を確信した笑みを浮かべていた。
「お疲れ様でした……」
 ラーソルバールは誰に言うとなく、小さくつぶやいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

1000年ぶりに目覚めた「永久の魔女」が最強すぎるので、現代魔術じゃ話にもならない件について

水定ゆう
ファンタジー
【火曜、木曜、土曜、に投稿中!】 千年前に起こった大戦を鎮めたのは、最強と恐れられ畏怖された「魔女」を冠する魔法使いだった。 月日は流れ千年後。「永久の魔女」の二つ名を持つ最強の魔法使いトキワ・ルカはふとしたことで眠ってしまいようやく目が覚める。 気がつくとそこは魔力の濃度が下がり魔法がおとぎ話と呼ばれるまでに落ちた世界だった。 代わりに魔術が存在している中、ルカは魔術師になるためアルカード魔術学校に転入する。 けれど最強の魔女は、有り余る力を隠しながらも周囲に存在をアピールしてしまい…… 最強の魔法使い「魔女」の名を冠するトキワ・ルカは、現代の魔術師たちを軽く凌駕し、さまざまな問題に現代の魔術師たちと巻き込まれていくのだった。 ※こちらの作品は小説家になろうやカクヨムでも投稿しています。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

悪役令嬢ではありません。肩書きはただの村人ですが、いつの日か名だたる冒険者になっていた。

小田
ファンタジー
  ポッチ村に住む少女ルリは特別な力があったのだが、六歳を迎えたとき母親が娘の力を封印する。村長はルリの母の遺言どおり、娘を大切に育てた。十四歳を迎えたルリはいつものように山に薬草を採りに行くと、倒れていた騎士を発見したので、家に運んで介抱すると。騎士ではなく実は三代公爵家の長男であった。そこから彼女の人生は大きく動き出す。  特別な力を持つ村人の少女ルリが学園に行ったり、冒険をして仲間と共に成長していく物語です。  なろう、エブリスタ、カクヨム掲載しています。

処理中です...