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01.興味深い依頼
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高城玲菜は、純白のパジャマ姿で古いベッドに横たわり、細いパイプフレームをギュッと握りしめている。これからやって来るであろう足の裏への刺激に備えているのであった。部屋には玲菜以外に誰もおらず、シンと静まり返っている。
気持ちとしては、期待半分、不安半分――何分か経った後、ワンルームの隅にベッドが軋む音が鳴り、高城伶菜のくぐもった笑い声が漏れ始めた。
**
高城玲菜は探偵事務所を営んでいる。高校を卒業したあと、叔父が開業したものを、訳あって引き継いだのだ。
長めのポニーテイルがトレードマークで、高校では短距離走の選手であった。それなりに言い寄られる機会はあったが、玲菜自身あまり色恋に興味が無く、告白された際などは"優先順位が低いから"という理由で断っていて、やや怪訝な顔をされることもしばしばだった。今はもっぱら「不思議な出来事」の収集に執心している。
「なにこれ!!」
玲菜の鈴のような歓呼が、ひとりきりの事務所に響いた。
玲菜の事務所には、飛び込みのお客さんはほぼおらず、HPでの相談がほとんどであった。玲菜はお金というよりは(叔父というパトロンがいるため困っていない)、自分にとって興味のある依頼が来るかどうかが一番の関心事であった。
しかしこのところ、やれ不倫の証拠写真だ、商売敵のスキャンダル探しだと、一向に興味を惹かれる依頼が無かった。そんな中なので、本日の依頼文に一層飛びついてしまった。
**
依頼は、とある不動産オーナーからであった。ワンルームマンション一棟を保有しているが、そのうち一部屋だけ、二週間ともたず入居者が退去してしまうのだという。
原因を不動産屋に聞いても一向に要領を得ず、潜入調査のうえ原因を特定してくれないかというものであった。入居費用や賃料は依頼主負担、という文字が太字フォントになっていて、そこはかとない本気度がうかがえる。
「ワクワクしてきたわね……!」
玲菜は昔から心霊現象や超常現象に興味があり、テレビでも"心霊スポットに潜入!"的な煽りの番組をよく見ていた。そして常々、実体験として、自分をゾクゾクさせてくれるものを探していた。それは探偵事務所を引き継いでいる理由の一つでもあった。
まず玲菜は、依頼主へコンタクトを取った。ほぼワンコールで電話はつながり、軽い咳払いが聞こえてきた。
「もしもし」
電話に出たのは中年くらいの男性で、少し高めの声であった。
「高城探偵事務所です」
玲菜が名乗ったところ、ああ、と思い当たった風な相槌を打った後、相手は捲し立てるように話し始めた。
「いや、電話ありがとうね。実は何ヶ所か依頼をかけていたのだけど。君のところが一番早かったね。ハハハ。特段急いでいる訳ではないのだけど。ウン、早いのに越したことはないね。貴女のところにお願いするよ。私はね、色々忙しくって、説明している時間はないんだ。まあ、何も分かっていないから、説明できることもないんだけどね、ハハハ。もう退去してしまったけど、前の入居者から連絡してもらうようにするからね。そういう条件で、違約金を無料にしているからね。声を聞く限り、貴女と同じくらいの年齢の女性だと思うよ。報酬はまた報告ベースで支払うからね、それではね、お願いしますね」
--とうとう、玲菜は事務所名を名乗っただけであったが、依頼が成立してしまった。やや面食らってぽかんと口を開けたままだったが、面白そうな案件が無事確定したので、色めきたった面持ちで受話器を置いたのであった。
**
それから2日後、高城探偵事務所に一本の入電があった。例の物件の旧入居者であり、鏑木という女性であった。たいそう緊張した様子で、最初の方は何を言っているか分からなかったが、もう住めなくて、堪えられなくて、という断片的なワードで、此度の興味深い案件の被害者であると推察ができた。一連の受け答えの中で、玲菜が同じくらいの年代の女性であると分かってきて、安堵した風に言葉が落ち着きを取り戻し、やっと話ができる状態になった。
「とりあえずお会いしませんか?電話ではなかなか話しにくいと思いますし……」
「は、はい、そうですね。では、そちらに伺います。ちなみに、その、事務所には他の方はいるのですか」
何かあまり聞かれたくない様な話なのだろうか、と玲菜は思った。……少し期待してしまう。
「いえ、私だけですよ。安心していらしてください。さっそく、事務所の場所ですが--」
玲菜の事務所は上野のあたりに構えている。少し下町情緒のある街並みに、白く細長いプロヴァンス風の戸建があり、そこの二階部分を借りている。一階は、オーナーのお爺さんがたまにコーヒーを飲みに立ち寄るくらいで、ほぼ誰もいない。叔父はそんなところが気に入ったらしかった。
翌日、さっそく鏑木という女性が事務所へ訪ねてきた。スーツ姿の黒髪セミロングで、社会人ということは歳上のはずだが、自信なさげな身振りと、儚げなルックスで、玲菜よりも歳下に見えるくらいであった。
「こ、こんにちは、探偵さん……。鏑木といいます。マンションのオーナーさんには申し訳ないことをしたので、せめてもの罪滅ぼしで、協力差し上げることにしまひ……しました。いえ、違約金のこともあるのですけれど……それよりも、何というか……力になりたかったんです」
玲菜は何も聞いていないのだが、動機めいたことを教えてくれた。きっとこの面白そうな、もとい、興味深い事象についても、大いに語ってくれるのではと、玲奈は期待するのであった。
気持ちとしては、期待半分、不安半分――何分か経った後、ワンルームの隅にベッドが軋む音が鳴り、高城伶菜のくぐもった笑い声が漏れ始めた。
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高城玲菜は探偵事務所を営んでいる。高校を卒業したあと、叔父が開業したものを、訳あって引き継いだのだ。
長めのポニーテイルがトレードマークで、高校では短距離走の選手であった。それなりに言い寄られる機会はあったが、玲菜自身あまり色恋に興味が無く、告白された際などは"優先順位が低いから"という理由で断っていて、やや怪訝な顔をされることもしばしばだった。今はもっぱら「不思議な出来事」の収集に執心している。
「なにこれ!!」
玲菜の鈴のような歓呼が、ひとりきりの事務所に響いた。
玲菜の事務所には、飛び込みのお客さんはほぼおらず、HPでの相談がほとんどであった。玲菜はお金というよりは(叔父というパトロンがいるため困っていない)、自分にとって興味のある依頼が来るかどうかが一番の関心事であった。
しかしこのところ、やれ不倫の証拠写真だ、商売敵のスキャンダル探しだと、一向に興味を惹かれる依頼が無かった。そんな中なので、本日の依頼文に一層飛びついてしまった。
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依頼は、とある不動産オーナーからであった。ワンルームマンション一棟を保有しているが、そのうち一部屋だけ、二週間ともたず入居者が退去してしまうのだという。
原因を不動産屋に聞いても一向に要領を得ず、潜入調査のうえ原因を特定してくれないかというものであった。入居費用や賃料は依頼主負担、という文字が太字フォントになっていて、そこはかとない本気度がうかがえる。
「ワクワクしてきたわね……!」
玲菜は昔から心霊現象や超常現象に興味があり、テレビでも"心霊スポットに潜入!"的な煽りの番組をよく見ていた。そして常々、実体験として、自分をゾクゾクさせてくれるものを探していた。それは探偵事務所を引き継いでいる理由の一つでもあった。
まず玲菜は、依頼主へコンタクトを取った。ほぼワンコールで電話はつながり、軽い咳払いが聞こえてきた。
「もしもし」
電話に出たのは中年くらいの男性で、少し高めの声であった。
「高城探偵事務所です」
玲菜が名乗ったところ、ああ、と思い当たった風な相槌を打った後、相手は捲し立てるように話し始めた。
「いや、電話ありがとうね。実は何ヶ所か依頼をかけていたのだけど。君のところが一番早かったね。ハハハ。特段急いでいる訳ではないのだけど。ウン、早いのに越したことはないね。貴女のところにお願いするよ。私はね、色々忙しくって、説明している時間はないんだ。まあ、何も分かっていないから、説明できることもないんだけどね、ハハハ。もう退去してしまったけど、前の入居者から連絡してもらうようにするからね。そういう条件で、違約金を無料にしているからね。声を聞く限り、貴女と同じくらいの年齢の女性だと思うよ。報酬はまた報告ベースで支払うからね、それではね、お願いしますね」
--とうとう、玲菜は事務所名を名乗っただけであったが、依頼が成立してしまった。やや面食らってぽかんと口を開けたままだったが、面白そうな案件が無事確定したので、色めきたった面持ちで受話器を置いたのであった。
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それから2日後、高城探偵事務所に一本の入電があった。例の物件の旧入居者であり、鏑木という女性であった。たいそう緊張した様子で、最初の方は何を言っているか分からなかったが、もう住めなくて、堪えられなくて、という断片的なワードで、此度の興味深い案件の被害者であると推察ができた。一連の受け答えの中で、玲菜が同じくらいの年代の女性であると分かってきて、安堵した風に言葉が落ち着きを取り戻し、やっと話ができる状態になった。
「とりあえずお会いしませんか?電話ではなかなか話しにくいと思いますし……」
「は、はい、そうですね。では、そちらに伺います。ちなみに、その、事務所には他の方はいるのですか」
何かあまり聞かれたくない様な話なのだろうか、と玲菜は思った。……少し期待してしまう。
「いえ、私だけですよ。安心していらしてください。さっそく、事務所の場所ですが--」
玲菜の事務所は上野のあたりに構えている。少し下町情緒のある街並みに、白く細長いプロヴァンス風の戸建があり、そこの二階部分を借りている。一階は、オーナーのお爺さんがたまにコーヒーを飲みに立ち寄るくらいで、ほぼ誰もいない。叔父はそんなところが気に入ったらしかった。
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