笑いの絶えない事故物件

柊一郎|くすぐり小説

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03.入居者の体験談-2日目-

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 鏑木は、今年から会社員となり、西新宿のオフィスに通勤している。現在は西武新宿線沿いのアパートに一人で暮らしており、生活も軌道に乗り始めた。最近の趣味は専ら読書であり、自宅からほど近い公園で小説を読み耽ることが、気に入りのルーティンであった。

 昔から自己主張の欲がなく、身体も声も小さいため、存在感の薄い学生であった。しかしその儚げな雰囲気と端麗な顔立ちにより、まるで人形のようであると密かに人気があったのだが、鏑木はその事を知らなかった。最近よく行く公園でも、実は"読書の君"などと呼ばれ始めていたが、もちろんその事も、鏑木には知る由もなかった。

 玲菜も例に漏れず、鏑木に対し、まるで作り物のような、綺麗なガラス玉のような不思議な印象を持っており、そしてそんな女性が、身体をくすぐられて笑うという至極"人間らしい"反作用を伴う被害に遭ったということで、少しだけ意外な、愛らしいような感情を抱いたのであった。

**

「次の日は、なんとなく不安な気持ちでベッドに入りました。また幽霊がでたらどうしよう……と。そしてその不安は的中したのですが」

 鏑木の目が泳ぎ、スカートを押さえた。

「足の裏ではなく、今度は太もものあたりに、軽く触れられるような感覚がありました」

 幽霊さんはきっと変態なのです、と困り顔の鏑木がつぶやき、それがなんだか可笑しくて玲菜は失笑しかけたが、口の中を噛んで堪えた。

「両ももの上の方から、10本の指が、スーッと膝の方に向けて撫でていくんです。それは、当然くすぐったいですよ。私、なんだか頭にきてしまって」

 そんな感情とは裏腹に、本格的なこちょこちょとした動作に移行するに伴い、鏑木はまた笑いの渦に飲み込まれて、脚をバタバタしながら抱腹絶倒していたということであった。更に幽霊は、鏑木の反応によりウィークポイントを見つけると、ご丁寧にもその部分に指を集合させてきて――鏑木にとってのそれは太ももの内側であったらしいが――より一層笑い声を大きくさせたという。

 あまつさえ指は太ももだけではなく、前日に責められた足裏にも舞い戻り、下半身全体をくすぐってきたのであるから堪らない。苦手だなと初めて自覚した足指の付け根あたりに指が這い、情けない笑い声を上げる。慥かに腕は二本であるように感じられたが、縦横無尽な指捌きが、くすぐりに慣れる暇を与えず、いやというほど笑わされたとのことであった。

 鏑木の笑い声はどんなものだろう――と玲菜は想像してみたが、物静かな雰囲気も相まって、あまりイメージが出来なかった。それは幽霊のみぞ知るものなのだろう、と思って、好奇心旺盛な玲菜は、少し口惜しくなった。

「その晩はなんだか切なくなってしまって。一連のくすぐり行為が終わった後、私、ちょっと泣きました」

 色々と詳細を思い出してきたようで、恥ずかしさもあってか、鏑木はぷんすかしたような表情で訴えた。ちなみに、マンションのオーナーから、探偵には出来るだけ詳細に伝えるように言われたらしく、割と臨場感ある説明でいて非常に面白い……もとい興味深いのだが、なんだか玲菜までむず痒くなってくる。

 くすぐられた時間としては、約20分間とのことであった。長くもないが、決して短くもない絶妙な時間--と玲菜は思ったが、20分間休みなくくすぐられるのは、実は結構キツいのではと思い直した。

**

 玲菜は、鏑木のティーカップが空になっている事に気づき、奥にあるティーコーナーに移動した。なんだかふと背後に気配を感じ、振り返る。当然誰もいない。


 幽霊なんて、本当にこの世にいるのだろうか。


「ところで鏑木さんは、幽霊に、その、くすぐられたと、誰かに言ったんですか?それこそ管理人さんとか、オーナーさんとか……」

 鏑木は、そんな!と吃驚したような声を出して、手をひらひらと横に振った。

「幽霊にくすぐられましたなんて、言えるわけないです……この人何言ってんだ、と思われて終わりですよ」

 玲菜は、確かにそうだと思い、自身の軽口を恥じながら、誤魔化すようにティーカップに紅茶を注ぎ足した。鏑木はひょことお辞儀をして、そっとカップに手を添えた。
 
「しかも、幽霊に首を絞められました、とかならまだしも……」

 鏑木は続ける。玲奈は、何となく言いたいことが分かって、そうですよねと、遮るように相槌を打った。

 鏑木は見れば見るほど綺麗な顔立ちをしていたが、少し興奮しながら話したからか、上気したように頬が赤らんでおり、初夏に似つかわしく、額に一滴の汗が見られた。

 鏑木の話は、3日目、すなわち最終日へと移行する。
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