笑いの絶えない事故物件

柊一郎|くすぐり小説

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05.調査開始

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 語り終えた時、鏑木は何だか一仕事終えたような、清々しいような表情であった。事実、この突拍子もない話を誰かに聞かせる……という……あまり気の進まない仕事を終えたのだから、当然のことかもしれなかった。

「という訳で、探偵さん。これから潜入捜査をするという事ですが……やめておいた方がいいです。何をされるかは分かっている訳ですから……あえて踏み込む必要は……」

 そこまで言いかけて、鏑木はハッと言葉を止めた。

 玲菜の、何とも形容し難いーー敢えて喩えるなら万華鏡を覗こうとする子供のようなーーキラキラとした眼差しを見て、それがあまりにも思いがけない様相であったため、息をのんだのであった。

**

 玲菜は、自分の嗜好に刺さるオカルト的怪奇現象の話を聞き、そのワンルームへの興味が抑えきれなくなっていた。

 もちろん玲菜とて、自分の身体をくすぐられる……というのは本意ではない。異性不純交流もこれまで経験がなく、身体に触れられること自体あまり慣れていない。自分がくすぐられたらどうなるかすら、実はピンときていないのだがーー。

「色々教えていただいて……ご心配までいただいて、ありがとうございます。お仕事ですから、なんとかやってみます。鏑木さんも、お仕事頑張ってくださいね」

 心配な顔はそのままに、それでは気をつけて、と深々とお辞儀をして、鏑木は去っていった。

 素敵なカンジの人だったなと、可憐な後ろ姿を見送りながら、ふと何となく、あの細いウエストをくすぐってみたらどうなるだろうと、悪戯な衝動に駆られる瑞希であった。きっと鏑木は、鈴のような、可愛らしい笑い声を上げるのだろう。

**

 その日玲菜は聞いた話をまとめ上げ、次の日から行動をスタートした。とりあえずマンションの下見をすること、そして西条というオカルト倶楽部会長の話を聞くことを第一優先とした。西条の連絡先は、鏑木から事前に聞いてあり、どこかのタイミングでお会いしたいと、ショートメールで(割と丁寧に)打診してあった。

「りょうかいっす」

とフランクな返信があり、その日のうちに例の部屋ーー203号室に直接集合する運びとなり、スムーズな事の運びに少し驚いた玲菜であった。


**

 先に203号室に到着した玲奈は、オーナーから郵送されてきていた鍵を使い、なんとなく音を立てないように部屋の中へ侵入った。

 何の変哲もないワンルームーー入居者用なのか、ベッド、腰くらいの高さの箪笥、丸いセンターテーブルが置いてある。剰えカーテンやエアコンまで備え付いている。

 これなら潜入捜査のための準備は不要だな……と思ったと同時に、部屋全体に何か違和感のようなものを感じた。玲菜には、その違和感の正体が分からず、それよりも部屋への興味が勝ち、矢庭に忘れ去ってしまった。

 20分くらい経ってから、ピンポーンと、カメラ付きインターホンが鳴った。画面を覗くと、白衣を着た女性が、缶ビールやらおつまみらしきものを両手いっぱいに携えた形で立っており、おーいと言いながらカメラを覗き込んでいた。

**

 部屋に招き入れると、鼻が触れんばかりに近寄ってきて、玲奈の手をとり握手をし、部屋のチェーンをかけてから話し始めた。

「初めまして、西条っす。探偵さんなんですって。なんかドラマとかアニメではよく登場してきますけど、実際に会うってのは初めてっすね。でもあの……警察とタッグ組んでるカンジのは……プッ、あれは虚構っすよね……くく、いや、失礼」

 西条は喋りながら、自分でウケてしまったらしく、白衣で口元を隠しながら少し震えていたのち、ふぅ、と落ち着きを取り戻した。

 別に気を悪くしたりはしないが、たいへんに変わった人だなと、玲奈は思った。

 まぁまぁ……と言いながらビールを勧めてくる西条は、しかしなかなかどうして、スラッと背が高く(玲奈より10cmは高かった)、薄いそばかすがアクセントの端正な顔立ちであり、地面を擦るような不自然な白衣と、ニヒルな表情さえなければ、きっとモテるに違いないとーー余計なお世話だがーー勿体無いとさえ感じた。

「とりあえず一杯やりやしょうや。鏑木氏から聞きましたが、どうやら歳も近いようで。しかも鏑木氏のあのホラー体験を、まるでコメディー映画でも観るように聴いていたようじゃないですか……同志の臭いがしますな」

 缶ビールをこちらに差し出し乾杯を促す西条に応えつつ、鏑木にそんな風に見えていたのか……と少し心外に感じつつ、反省する玲奈であった。

**

「西条さんはこの件を、独自にお調べになってると聞きましたが……何か進展はあったんですか?」

 一応成人している玲奈は、レモン酎ハイを飲みながら質問した。……ビールよりは美味しい。

「いやいや。全然。鏑木氏の件もついこの間っすからね。まあ、仮説はありますよ。この部屋で話すわけにはいかないっすけど」

ーーなにやら含みのある言い振りに、玲奈は色めき立つ。この部屋で?幽霊にでも聞かれるというのだろうか。仮説とはなんであろうか。

「ははは、いいっすね。お噂通り」

ビール1本目をぐいと飲み干し、西条は続ける。

「そこでね、探偵さんには予定通り潜入調査をしてもらって、私も噛ませてもらいたいんすよ」

「はあ……噛む、というのは」

 訊きかけたその時、西条は耳元に口を近づけ、なぜか小声で呟いた。

「今日は多分、くすぐりの現象は起きません。今日だけ泊まらせてもらって、明日以降、その……隠しカメラで撮らせてください」

 その夜、二人はこれまでの体験や知識などを、それはもう楽しく語り合った。特に、柳田國男と河童の恋愛という、いかにも眉唾な新説については、二人とも大盛り上がりで息をつく暇が無かったのであった。

 西条の言うとおり、その日は何も起こらず、無事床に就いた。隠しカメラの件は、最初はやはり気が引けたが、調査のためならと了承し、その晩西条がいつの間にか取り付けたようであった。

**
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