笑いの絶えない事故物件

柊一郎|くすぐり小説

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06.玲菜の潜入調査-1日目-

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 次の日、玲奈は宿泊セットを携えて、203号室に乗り込んだ。昨日酒盛りをしたからか、霊がいるからなのか、空気が澱んでいる気がした……が……ただの気のせいなのかもしれなかった。

 玲奈は鏑木の話を振り返る。1日目は足の裏、2日目は脚、3日目はお腹周りーーそれぞれがくすぐったくなる。成人後の女性が、声を出して笑ってしまうほどに。それは霊の仕業なのか、それとも他に何か原因があるのかは分からない。

 ただ言えるのは、その謎の現象により、退去者が後を立たないこと。その解決のために玲奈はここに立っている。

 とうとう今晩、わたしの身体は、くすぐられるのだーーそう思うと、居ても立っても居られなくなる。

 風呂に入り身を清める。何となく、自分の足の裏を撫でてみる。玲奈の柔らかい足裏がぴく、と反応したが、笑ってしまうほどではない。今度は腰のくびれたところに、ボディーソープ越しで指を這わせてみる。今度は少しくすぐったくて、ふっ、と声が出そうになったが、耐えられないことはない。

 きっと、大丈夫である。

 ハッと、一人で何をしているんだと思い直し、周りを見渡した。西条は流石に風呂にまではカメラは取り付けていないようだった。

 **

 玲奈はパジャマに着替え、少しテレビを見たり、スマホをいじったのちに、据え置きのパイプベッドに身体を横たえた。もし身体がくすぐったくなっても、すぐに逃げ出したら意味がない。堪えきって、2日目、3日目とクリアしていかないと、分析も検証もままならない。

 瑞希は、堪えかねて逃げないように、両腕を上げて細いパイプフレームをギュッと握り、くすぐったさに備えるのであった。

 ーー部屋の電気を消してから数分後、ワンルームの隅にベッドが軋む音が鳴り、高城玲菜は小さく、しかしたしかに笑い始めることとなった。

 **

「くふ……ううふふ……あは」

 きた。本当にきた。そろりと伶菜の足裏に指が触れるような感覚が生じ、その指が縦上下にスッ…スッ…と動き始めている。全身に力が入るが、力んだところで堪えられるような刺激ではない。

「う……くく……うふふ、はは」

 くすぐったい!

 この単純な6文字が玲菜の頭の中を支配する。こんなにももどかしく、堪えようのない感覚だったか……いつしか指の動きは複雑になり、指の付け根にこちょこちょと留まったかと思いきや、慣れる前に土踏まずのあたりに着地し撫で上げる。

「あっ、くう……あは、あははは……いや、あはははははっ」

 とうとう玲奈は吹き出して、声を上げて笑ってしまう。裸足であったことに、少し後悔する。先ほど自分で触った時とは大違いであった。

 決して強い刺激ではない。むしろサラサラと撫でるようなタッチなのだが、足の裏から足の甲まで、慣れる暇もなく縦横無尽に動き回り、玲菜を困惑させる。指それぞれが別の生き物のように、バラバラに触れてくる。

 これはやばいかもーー。そう思うが早いか、玲菜はどうしようもなく笑わされているのであった。どうやら土踏まずの内側、柔らかい部分が弱いらしいと、仕様もない自己分析をする。

「あっははは、なにこれ……あっはっは……」

 足をばたばたと動かしながらも、必死にベッドにしがみつく。玲奈は逃げ出したい気持ちになったと同時に、好奇心も抱いている。このくすぐったさは何?!

 もちろん、部屋には誰もいない。暗いは暗いが、人の影くらいなら月明かりで見えるはずである。では幽霊?そんな非現実的なーーそう考えているうちに、くすぐったさが足指の間に流れ込んできて、笑いで思考が分断される。

「あははは、きゃはは、あーっはっは……」

「くく……我慢……ふふふ、うふふふはははははっ無理だあっははは」

 ふと時計を見ると、まだ3分しか経っていない。あと17分ーー!

「あははははは!あーははっはは……!いやーっ!」

玲奈は絶望するとともに、時に堪えつつ、時に思い切り笑わせられつつ、何とか20分を堪え切った。鏑木が堪えきれずに退去を決めたのも、納得のツラさであった。

「あは……はぁ……はぁ……」

そして自分がこんなに弱いとは……思ってもみなかった。

 **

 静寂の中に、玲奈の乱れた吐息のみが響く。予想以上にくすぐったかったーーちょっとの間呆然としていたが、休んでいる暇はないと思い直し、部屋のドアを見に行く。しっかりチェーンまで閉まっている。誰もいない。空気がひやりとしている。今は夏ではなかったか。

 玲奈は狐につままれたような気分のまま床に就き、無理やり笑わされた身体を休ませるのであった。

**

 次の日、玲奈は西条に連絡を取り、隠しカメラの映像を確認しに行くことにした。玲奈は、くすぐられることに対する臆病さを少しだけ抱きはじめたがーーなにせとてもくすぐったかったのでーー、一方この謎への興味は増していた。

 西条の家は池袋の外れにあるアパートで、部屋の中には膨大な書籍や、訳の分からない器具、どこに繋がっているのかも分からない夥しいケーブルで足の踏み場も見つからないほどであった。

「いやー探偵さん」

 西条はにやにやしながら、パソコンの前に座っていた。缶ビールを差し出されたが、玲奈はそれとなく断った。

「ずいぶんと頑張りましたなあ。それにしても……ふふふ、可愛らしい笑い声で」

 玲奈はこの上なく恥ずかしくなって、そんなこと……とか、普通の反応でしょ……とかゴニョゴニョと言いながら、諦めたようにパソコンの前に座った。

「見てください。ほら、これ」

 パソコンには4つの画面が分割して表示されており、それぞれ足底部、身体側面、天井からの全身俯瞰、そして玲奈の顔を映している。

 足底部がビクッと動くと、玲奈の身体全体が弓形に、本意ではない笑顔に変わっていくのが見て取れる。

 ーー顔を撮る必要あったかな……と、自分の笑い声をバックミュージックに聞きながら、恥ずかしさの中に少しの不満を抱いたのであった。

「私なら堪えられませんな……っと、それは置いておいて、分かったことが二つ」

 西条はピースを前に突き出す格好で話し始める。

「ひとつは、やはり明確に"くすぐっている"ことっす」

「どういうことですか?」

 玲奈は興味を取り戻し、西条に尋ねる。

「私は腹のくすぐったさしか体験してないんすけど、くすぐるみたいなものがあったのかは分からなかったんすよ。例えば何かを探して腹部を弄っているだけだった、とかね。鏑木先輩の話も、エピソードとして聞いただけでしたし。でも足の裏を撫ぜられまくって悶えている探偵さんの映像を確認できた。総合的に考えて、もうくすぐり行為で確定っすな」

「なるほど……それはそうかもですね」

 そうでなければ、足の裏など触る理由がない。

「もう一つは、物理的にくすぐられているということっす」

「……これまたどういう?」

「探偵さん、布団をすっぽり被ってたんですけど。くすぐり行為が始まる直前、ほら、ここーー布団が勝手に捲れた」

 確認すると、玲奈は動いていないのに、布団だけがふわっと捲れ上がり、玲奈の足の裏が露わになったのが確認できた。

 「つまりこれ、玲菜さんの感覚だけの問題ではなくて、物理的なチカラが働いてーーつまり実際に、足の裏に何かが触れた結果として、くすぐったかったということっす」

 これは大きな収穫っすな、といいつつ、まあ大方予想通りですがーーと、ボソッと付け加えたが、玲奈は特段の違和感を覚えなかった。

**
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