笑いの絶えない事故物件

柊一郎|くすぐり小説

文字の大きさ
7 / 8

07.くすぐりに関する考察

しおりを挟む
 玲菜は、という行為、という生体反応について、西条と共に考えてみる。

**

 西条からインスタントコーヒーを受け取り、少し多めにクリームを入れてほっと一息を吐いたのち、玲菜はポツリと呟いた。

「どうして……くすぐるのでしょう」

 これは、鏑木の話を聞きながら感じた、そもそもの疑問であった。ひたすらくすぐられる……という現象があまりに突拍子もなく感じられ、この一連の事件について、何かしらの手かがりにならないかと少し考えてみたのだが、玲菜にはまったく想像だにできなかったのであった。

 西条は、パソコンの画面を覗きながら問いに応じる。

「んー、自分も気になりまして、くすぐりについては散々色々調べたんすよね。ーーそもそもですがくすぐりというのは、相手の身体表面に刺激を提示して、その対象を笑わせる行為を言うっす」

 文字にするとその通りである。所謂こちょこちょを、このように言語化したことなんて初めてである。西条は続ける。

「そしてなぜ笑ってしまうのか、というのは諸説あるっす。そもそもくすぐりによる刺激というのは、 knismesisニスメシス と  gargalesisガルガレシスに区分される訳っすけど」

 ーーまったく聞いたことのない言葉が出てきた。ニス……?西条は何やら楽しそうである。

「あはは、まあ聞いてください」

 ーーそこから西条による講義めいたものが始まったようで、玲菜は少し姿勢を正し、興味深く聞き入ることとなった。

 「古代ギリシャ語に由来するんすけど。ニスメシスというのは、羽根が肌に触れる、虫が皮膚を這う、なんていう極めて軽い刺激が引き起こすくすぐったさっす」

 ふむふむ、想像に難くない。ぞわっとするやつだ。

「まあ、に区分は近いっすかね。こそばゆい、というか。これのおかげで虫を手で払ったりできるわけですな。一方、ガルガレシスは、特定の部位、例えば脇の下や腹部、足裏への刺激がを引き起こす現象っす。これは明確にくすぐりっすわな」

「うん、なんとなく分かります。要は、笑っちゃうほどくすぐったいのが、ガルガレシスね」

「ん~まあ、簡単に言うとそういうことになるっすね。そして重要なのは、コレ受け手の敏感さによって区分が左右されるんすよ。分かりますか?昨日の玲菜さんの痴態……もとい笑いを伴う擽感は、明確にガルガレシスっす。でも足の裏がそこまで敏感でない人からしたら、むず痒い程度、つまりニスメシスであった可能性もあるんすよね」

 明らかに痴態と言い切ってから訂正したな……とやや気になったが、とにかく、人によって感じ方が違うということを言っているようだった。

「それはそうよね。たまたま、私も……鏑木さんも、まあ……少し弱かった……というだけで……」

 西条はあははと笑い、あれはでしょうと、玲菜の肩をたたいた。玲菜は恥ずかしそうに黙る。

「そう、ニスメシスからガルガレシスへの移行がとても早く、そして深かったのが、昨日の玲菜さんっす。最初はぞわっとした違和感だけでしたでしょ。でも玲菜さんは割とすぐに笑い出した。と強く認識してしまい、笑いという反作用を引き起こした訳っす。この移行のしやすさ、深さが、所謂"くすぐりへの弱さ"なわけっすな」

 ーーなるほど。ニスメシスのまま留まって、特に笑わずにやり過ごせる人もいる訳だ。そういう人は俗に言う"くすぐりに強い"ってやつなのだろう。

「玲菜さんは事前にくすぐったさを意識しすぎた。そういう追加要素もあったんでしょうな。もしくはそう意識させるような、絶妙なくすぐり方だったのかーーくすぐりは奥が深い」

 確かに、くすぐられることに意識が集中していたのは事実だと、玲菜は思い返す。そんなことは、日常では滅多にないことである。

「そしてそのガルガレシスによる笑いは……本当に諸説あるっすけど、社会的な生存本能と言われてるっす。脳があえて苦痛に快楽を混ぜて、笑いを引き起こす。苦悶の表情ではなく笑顔を示すことで、じゃれ合いを継続させる装置なんですな。《it's OK》というメッセージなんです」

 つまり玲菜さんあなた、もっとくすぐられたかったんですよ、と、西条が笑いながら言う。そんな事はないと思う、と、軽く反駁してみる。

「ふふ、いえ、もちろん辛かったでしょうけどね。あくまで人間の"反応"の話っす。《it's OK》じゃない人は、基本笑わないんすよ」

 仲がいい友達とのくすぐり合いや、親にくすぐられたことを思い出して、なるほどどうして確からしいと、玲菜は納得する。

「そして」

 西条がいきなり、玲菜の方にふわりと寄ってきて、玲菜のストッキング越しの足裏をかるく撫ぜはじめた。

「……っ、うふふっちょっと」

「そしてね、冒頭の"なぜくすぐるのか"なんすけど」

 西条の左手は足裏を軽くくすぐったまま、右手が玲菜の細いウエストを這う。

「っ、あははははっ、西条さんっ、くふふ……くすぐったい」

「このように、そんな関係値なんて飛び越えて、強制的にーー例えばそれは性行為による性感、痛みによる苦痛ーーそれらと並び立つ擽感、ガルガレシスを与える、もしくは与えられることに興奮する輩が、この世には存在するのです」

 押し倒されて、服の上から上半身をあちこち弄られ、ひとしきりケラケラと笑わせられたと思ったら、西条のくすぐりはピタリと止まり、気づくと元の位置に戻りコーヒーを啜っていた。ま、そゆことです、とのことである。

 つまりーーそういう嗜好を持った幽霊ーーということ?

 分かったようで分からず、ムズムズとした感覚だけが、玲菜に残されたのであった。

**

 玲菜が部屋を後にしたのち、西条はなにか物足りない気持ちになり、昨日の映像の再生ボタンに指が伸びた。

 玲菜の、困ったような、紅潮した笑い顔が思い出される。

 ああ、これはまずいなと、これはあくまで脳内装置だと、気を取り直して、真面目に調査を再開するのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...