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07.くすぐりに関する考察
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玲菜は、くすぐりという行為、くすぐったいという生体反応について、西条と共に考えてみる。
**
西条からインスタントコーヒーを受け取り、少し多めにクリームを入れてほっと一息を吐いたのち、玲菜はポツリと呟いた。
「どうして……くすぐるのでしょう」
これは、鏑木の話を聞きながら感じた、そもそもの疑問であった。ひたすらくすぐられる……という現象があまりに突拍子もなく感じられ、この一連の事件について、何かしらの手かがりにならないかと少し考えてみたのだが、玲菜にはまったく想像だにできなかったのであった。
西条は、パソコンの画面を覗きながら問いに応じる。
「んー、自分も気になりまして、くすぐりについては散々色々調べたんすよね。ーーそもそもですがくすぐりというのは、相手の身体表面に刺激を提示して、その対象を笑わせる行為を言うっす」
文字にするとその通りである。所謂こちょこちょを、このように言語化したことなんて初めてである。西条は続ける。
「そしてなぜ笑ってしまうのか、というのは諸説あるっす。そもそもくすぐりによる刺激というのは、 knismesis と gargalesisに区分される訳っすけど」
ーーまったく聞いたことのない言葉が出てきた。ニス……?西条は何やら楽しそうである。
「あはは、まあ聞いてください」
ーーそこから西条による講義めいたものが始まったようで、玲菜は少し姿勢を正し、興味深く聞き入ることとなった。
「古代ギリシャ語に由来するんすけど。ニスメシスというのは、羽根が肌に触れる、虫が皮膚を這う、なんていう極めて軽い刺激が引き起こすくすぐったさっす」
ふむふむ、想像に難くない。ぞわっとするやつだ。
「まあ、かゆいに区分は近いっすかね。こそばゆい、というか。これのおかげで虫を手で払ったりできるわけですな。一方、ガルガレシスは、特定の部位、例えば脇の下や腹部、足裏への刺激が笑いを引き起こす現象っす。これは明確にくすぐりっすわな」
「うん、なんとなく分かります。要は、笑っちゃうほどくすぐったいのが、ガルガレシスね」
「ん~まあ、簡単に言うとそういうことになるっすね。そして重要なのは、コレ受け手の敏感さによって区分が左右されるんすよ。分かりますか?昨日の玲菜さんの痴態……もとい笑いを伴う擽感は、明確にガルガレシスっす。でも足の裏がそこまで敏感でない人からしたら、むず痒い程度、つまりニスメシスであった可能性もあるんすよね」
明らかに痴態と言い切ってから訂正したな……とやや気になったが、とにかく、人によって感じ方が違うということを言っているようだった。
「それはそうよね。たまたま、私も……鏑木さんも、まあ……少し弱かった……というだけで……」
西条はあははと笑い、あれはよわよわでしょうと、玲菜の肩をたたいた。玲菜は恥ずかしそうに黙る。
「そう、ニスメシスからガルガレシスへの移行がとても早く、そして深かったのが、昨日の玲菜さんっす。最初はぞわっとした違和感だけでしたでしょ。でも玲菜さんは割とすぐに笑い出した。くすぐったいと強く認識してしまい、笑いという反作用を引き起こした訳っす。この移行のしやすさ、深さが、所謂"くすぐりへの弱さ"なわけっすな」
ーーなるほど。ニスメシスのまま留まって、特に笑わずにやり過ごせる人もいる訳だ。そういう人は俗に言う"くすぐりに強い"ってやつなのだろう。
「玲菜さんは事前にくすぐったさを意識しすぎた。そういう追加要素もあったんでしょうな。もしくはそう意識させるような、絶妙なくすぐり方だったのかーーくすぐりは奥が深い」
確かに、くすぐられることに意識が集中していたのは事実だと、玲菜は思い返す。そんなことは、日常では滅多にないことである。
「そしてそのガルガレシスによる笑いは……本当に諸説あるっすけど、社会的な生存本能と言われてるっす。脳があえて苦痛に快楽を混ぜて、笑いを引き起こす。苦悶の表情ではなく笑顔を示すことで、じゃれ合いを継続させる装置なんですな。《it's OK》というメッセージなんです」
つまり玲菜さんあなた、もっとくすぐられたかったんですよ、と、西条が笑いながら言う。そんな事はないと思う、と、軽く反駁してみる。
「ふふ、いえ、もちろん辛かったでしょうけどね。あくまで人間の"反応"の話っす。《it's OK》じゃない人は、基本笑わないんすよ」
仲がいい友達とのくすぐり合いや、親にくすぐられたことを思い出して、なるほどどうして確からしいと、玲菜は納得する。
「そして」
西条がいきなり、玲菜の方にふわりと寄ってきて、玲菜のストッキング越しの足裏をかるく撫ぜはじめた。
「……っ、うふふっちょっと」
「そしてね、冒頭の"なぜくすぐるのか"なんすけど」
西条の左手は足裏を軽くくすぐったまま、右手が玲菜の細いウエストを這う。
「っ、あははははっ、西条さんっ、くふふ……くすぐったい」
「このように、そんな関係値なんて飛び越えて、強制的に反応させるーー例えばそれは性行為による性感、痛みによる苦痛ーーそれらと並び立つ擽感、ガルガレシスを与える、もしくは与えられることに興奮する輩が、この世には存在するのです」
押し倒されて、服の上から上半身をあちこち弄られ、ひとしきりケラケラと笑わせられたと思ったら、西条のくすぐりはピタリと止まり、気づくと元の位置に戻りコーヒーを啜っていた。ま、そゆことです、とのことである。
つまりーーそういう嗜好を持った幽霊ーーということ?
分かったようで分からず、ムズムズとした感覚だけが、玲菜に残されたのであった。
**
玲菜が部屋を後にしたのち、西条はなにか物足りない気持ちになり、昨日の映像の再生ボタンに指が伸びた。
玲菜の、困ったような、紅潮した笑い顔が思い出される。
ああ、これはまずいなと、これはあくまで脳内装置だと、気を取り直して、真面目に調査を再開するのであった。
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西条からインスタントコーヒーを受け取り、少し多めにクリームを入れてほっと一息を吐いたのち、玲菜はポツリと呟いた。
「どうして……くすぐるのでしょう」
これは、鏑木の話を聞きながら感じた、そもそもの疑問であった。ひたすらくすぐられる……という現象があまりに突拍子もなく感じられ、この一連の事件について、何かしらの手かがりにならないかと少し考えてみたのだが、玲菜にはまったく想像だにできなかったのであった。
西条は、パソコンの画面を覗きながら問いに応じる。
「んー、自分も気になりまして、くすぐりについては散々色々調べたんすよね。ーーそもそもですがくすぐりというのは、相手の身体表面に刺激を提示して、その対象を笑わせる行為を言うっす」
文字にするとその通りである。所謂こちょこちょを、このように言語化したことなんて初めてである。西条は続ける。
「そしてなぜ笑ってしまうのか、というのは諸説あるっす。そもそもくすぐりによる刺激というのは、 knismesis と gargalesisに区分される訳っすけど」
ーーまったく聞いたことのない言葉が出てきた。ニス……?西条は何やら楽しそうである。
「あはは、まあ聞いてください」
ーーそこから西条による講義めいたものが始まったようで、玲菜は少し姿勢を正し、興味深く聞き入ることとなった。
「古代ギリシャ語に由来するんすけど。ニスメシスというのは、羽根が肌に触れる、虫が皮膚を這う、なんていう極めて軽い刺激が引き起こすくすぐったさっす」
ふむふむ、想像に難くない。ぞわっとするやつだ。
「まあ、かゆいに区分は近いっすかね。こそばゆい、というか。これのおかげで虫を手で払ったりできるわけですな。一方、ガルガレシスは、特定の部位、例えば脇の下や腹部、足裏への刺激が笑いを引き起こす現象っす。これは明確にくすぐりっすわな」
「うん、なんとなく分かります。要は、笑っちゃうほどくすぐったいのが、ガルガレシスね」
「ん~まあ、簡単に言うとそういうことになるっすね。そして重要なのは、コレ受け手の敏感さによって区分が左右されるんすよ。分かりますか?昨日の玲菜さんの痴態……もとい笑いを伴う擽感は、明確にガルガレシスっす。でも足の裏がそこまで敏感でない人からしたら、むず痒い程度、つまりニスメシスであった可能性もあるんすよね」
明らかに痴態と言い切ってから訂正したな……とやや気になったが、とにかく、人によって感じ方が違うということを言っているようだった。
「それはそうよね。たまたま、私も……鏑木さんも、まあ……少し弱かった……というだけで……」
西条はあははと笑い、あれはよわよわでしょうと、玲菜の肩をたたいた。玲菜は恥ずかしそうに黙る。
「そう、ニスメシスからガルガレシスへの移行がとても早く、そして深かったのが、昨日の玲菜さんっす。最初はぞわっとした違和感だけでしたでしょ。でも玲菜さんは割とすぐに笑い出した。くすぐったいと強く認識してしまい、笑いという反作用を引き起こした訳っす。この移行のしやすさ、深さが、所謂"くすぐりへの弱さ"なわけっすな」
ーーなるほど。ニスメシスのまま留まって、特に笑わずにやり過ごせる人もいる訳だ。そういう人は俗に言う"くすぐりに強い"ってやつなのだろう。
「玲菜さんは事前にくすぐったさを意識しすぎた。そういう追加要素もあったんでしょうな。もしくはそう意識させるような、絶妙なくすぐり方だったのかーーくすぐりは奥が深い」
確かに、くすぐられることに意識が集中していたのは事実だと、玲菜は思い返す。そんなことは、日常では滅多にないことである。
「そしてそのガルガレシスによる笑いは……本当に諸説あるっすけど、社会的な生存本能と言われてるっす。脳があえて苦痛に快楽を混ぜて、笑いを引き起こす。苦悶の表情ではなく笑顔を示すことで、じゃれ合いを継続させる装置なんですな。《it's OK》というメッセージなんです」
つまり玲菜さんあなた、もっとくすぐられたかったんですよ、と、西条が笑いながら言う。そんな事はないと思う、と、軽く反駁してみる。
「ふふ、いえ、もちろん辛かったでしょうけどね。あくまで人間の"反応"の話っす。《it's OK》じゃない人は、基本笑わないんすよ」
仲がいい友達とのくすぐり合いや、親にくすぐられたことを思い出して、なるほどどうして確からしいと、玲菜は納得する。
「そして」
西条がいきなり、玲菜の方にふわりと寄ってきて、玲菜のストッキング越しの足裏をかるく撫ぜはじめた。
「……っ、うふふっちょっと」
「そしてね、冒頭の"なぜくすぐるのか"なんすけど」
西条の左手は足裏を軽くくすぐったまま、右手が玲菜の細いウエストを這う。
「っ、あははははっ、西条さんっ、くふふ……くすぐったい」
「このように、そんな関係値なんて飛び越えて、強制的に反応させるーー例えばそれは性行為による性感、痛みによる苦痛ーーそれらと並び立つ擽感、ガルガレシスを与える、もしくは与えられることに興奮する輩が、この世には存在するのです」
押し倒されて、服の上から上半身をあちこち弄られ、ひとしきりケラケラと笑わせられたと思ったら、西条のくすぐりはピタリと止まり、気づくと元の位置に戻りコーヒーを啜っていた。ま、そゆことです、とのことである。
つまりーーそういう嗜好を持った幽霊ーーということ?
分かったようで分からず、ムズムズとした感覚だけが、玲菜に残されたのであった。
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玲菜が部屋を後にしたのち、西条はなにか物足りない気持ちになり、昨日の映像の再生ボタンに指が伸びた。
玲菜の、困ったような、紅潮した笑い顔が思い出される。
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