魔獣の友

猫山知紀

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第68話 山道

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 秋に入り始めた山では、緑と黄色の混ざる葉に見下されたみおろされた道が続き、うねる道を辿りながら山を上がるにつれて、黄色の葉の割合が多くなっていく。

 天高く馬肥ゆる秋とはよく言ったもので、空は雲ひとつなく晴れ渡り、日に当たると暖かく、影に入ると少しひんやりとする。今日はそんな空気の乾いた日和だった。

 武器屋へと行き、素材屋のイジャンから話を聞いた翌朝、リディ達はヘニーノの町を出てニケの村があった場所を目指していた。ヘニーノからウクリ街道を北へと上がり、少し経ったところで脇道に入る。ニケによればこの道を辿り3,4日ほど歩けばニケの村へとたどり着くとのことだった。

 脇道に入ってからは人の気配は感じられず、ケルベたちと合流して山道を登っている。

 山道は思ったよりも荒れていなかった。ニケが村を離れてから誰も通っていとしたら、道の痕跡すら残っていないということも考えられたが、獣道程度には道を認識できる。

 ニケの村への山道は、かつてニケの村とヘニーノを往復していたニケとグリフの記憶を頼りに進んでいく。ニケは過去のヘニーノから帰るときの思い出と、眼前に広がる光景を照らし合わせる。草木の色合い、山の匂い、風が葉を撫でる音。当時と一致するものはないが、青空を切り取る山の稜線や、道中に転がった大岩、一本だけ高くそびえる大木など、見覚えのある光景が、この道はニケがかつて父と通った道なのだと教えてくれる。

 常日頃ニケの心は凪いだないだ状態を保っているが、この道を辿った先に自分の故郷がある。そう考えると心がザワザワとさざなみ立った。

 グリフに飛行して先を確認してもらい、バジルが草木の多い道を切り開き、ニケとリディがそれに続き、ケルベが少し離れて殿しんがりを担当する。そんな役割分担をして眼前に聳えるそびえる山へ向けて一行は足を動かしていった。


 山道は険しい道ではあるが、険しいだけではない。季節は秋に近づき、実りをつけた木々をチラホラと見かけることができた。甘い木の実はデザートにぴったりであったが、見た目は美味そうなものでも、稀に渋いものに当たったりする。そんな渋い実を食べてしまい、表情を歪めるゆがめるニケの顔を見て、リディは笑った。

 木の実の他に、道中ではきのこも見ることができた。とあるきのこを見かけた時リディは目を輝かせた。それは王都では高値で取引される香り高いきのこだった。

 リディはそれをいくつか採取すると適当な枝を串にして、火で炙って頬張った。その時のリディの表情は緩みきって、たいそう幸せそうであったが、ニケにはそのきのこの旨さがいまいち理解できなかった。


 山道は野宿を挟みながら続いた。小さい村へ続く道であるため、当然道中に宿はない。秋に差し掛かり、標高も上がってきたことにより、朝晩には冷えが強くなってきた。寝るときには大きな木の根本に陣取り夜露を凌ぐしのぐ

 リディはヘニーノで購入した外套がいとうにくるまり、ニケも自前の外套とグリフの翼を借りて凍えないように眠りへと落ちていった。




 夜、草木も寝静まった頃にニケは目を覚ました。

 リディは木の近くで寝転がり、小さく寝息を立てている。

 リディを起こさないように、なるべく音を立てずにグリフの翼から抜け出し、露よけの傘にしていた木を離れて、闇の中へと向かう。

 ニケは月の光が遮られたさえぎられた森の中に入り、感じる気配を頼りに森の中を進んでいった。少しして聞こえてきたのは唸り声うなりごえだった。

 ニケは草むらに体を隠しながら唸り声のあるじに目を向ける。何かに耐えるようにうずくまっていたのはケルベだった。
 暗闇の中、黒い体毛のケルベの輪郭は捉えづらいが、荒くなった息遣いがその存在を教えてくれる。

 ケルベはここのところニケやリディたちとは距離を取るようになった。今日も一行の一番後ろを少し離れて付いてきていて、以前のような人懐っこい感じはなりを潜めていた。

 イダンセを出て以降ニケはケルベの様子を気にかけていたが、鉱魔石を取りに行った洞窟での様子や、ニケ達と距離を取り始めた態度を見て、ニケの嫌な予感は膨らんでいった。

「あの時、噛み付いたから……」

 ケルベの息遣いが静かになったのを確認して、ニケはケルベに近づく。
 そして、ジャッカの家からの帰り道で怪しい商人に貰ったペンダントを手に持つと、青いペンダントが弱く光っていた。

 このペンダントは魔素に反応して青く光る。巨大ヒジカの時も、瘴気しょうきが残っていたルナークでも、そして魔素に侵されていたキドナにも。

 そのペンダントが今ここで光っているということは、答えはもう一つしかなかった。

 イダンセでの一件でケルベはリディを助けるためにキドナに噛み付いていた。あの時ケルベはすぐに噛み付いたキドナを口から離したが、キドナの腕からは血が流れていた。その血はケルベの中に入り、キドナの血に混じっていた魔素がケルベの体を蝕んでいたむしばんでいた

 ニケはキドナを浄化した時のようにペンダントに魔力を込める。しかし――。

「やっぱり、あんまり効いてない」

 ペンダントの青い光は消えずに、まだぼんやりと光っている。ケルベロスの毛皮は豪魔素材として扱われる魔力耐性の強い素材だ。その効果はイダンセでリディが購入したヘルハウンドの毛皮よりも優秀だ。
 だが、それが今ペンダントの浄化の魔力を阻害する要因になっている。ニケが込めた魔力はケルベの毛皮に阻まれ、ケルベ自身を浄化することが叶わなくなっていた。

「ケルベ……」

 ケルベは眠りながら、何かに抗うように低い唸り声をあげる。このまま放っておくと、ケルベはいずれ瞳が赤く染まり魔獣となってしまうかもしれない。

 何か手はないかと考えながらニケはいつの間にか、ケルベのそばで眠りに落ちていた――。


 朝、リディが目を覚ますと目の前に広がる草地には夜間に落ちたつゆがびっしりと付いていて、その雫が朝日に照らされてキラキラと光るのは見ていて綺麗だった。

 ニケはリディより先に起きていて、いつものように膝を抱えて座り、ぼーっと景色を眺めていた。
 リディはペチペチと両手で頬を叩き、起きたばかりで少し呆けている頭に気合を入れた。ニケの村への旅程はまだ始まったばかりだ。支度を整えて、軽い朝食を取ると一行はニケの村跡を目指して歩き出した。

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