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第69話 約束
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一日が過ぎ、また一日が過ぎ、一行は着々と歩みを進めていく。山道のほとんどは上り坂だが、息抜きのように時折下り坂を下り、そしてまた上り坂で足を踏ん張る。そんなことを繰り返しながら、徐々に、そして確実に標高は上がり、ニケが暮らしていた山奥の村へと近づいていく。
三日目の朝、リディたちは珍しいものを見ることができた。
湿気の多い冷え込んだ朝、リディたちの眼前には雲海が広がっていた。夜間に冷やされた空気が霧となって山間の谷にたまり、白い布団のように山肌を包み込んでいた。
「珍しいものが見れたな」
「珍しいの?」
「あぁ、本で雲海というものは知っていたが、私も見るのは初めてだ。ニケは見たことがあったのか?」
「うん、何度か見た……と思う」
昔、父と共にこの道を通ったときにも、今と同じような雲海を見た記憶がニケにはあった。その時は朝、父に揺り起こされて眠い目を開けると、眼前に雲海が広がっていた。その様子は山間が雲に飲み込まれてしまったようで、不意に怖くなり、父の手を掴んだ覚えがある。
今はもう怖くはない。それは、ニケ自身が成長したからなのか、一人での旅を経て怖いという感情をどこかに置いてきてしまったからなのか、ニケにはわからなかった。
「ニケは昔見た時に雲海の中に入ったか?」
「ううん、入ってない」
「そうか、雲海の雲は食べるとすごい甘いらしいのだが」
「そうなの?」
「あぁ、今みたいに朝日に照らされると蜂蜜みたいな色になるだろ。こうやって陽の光を浴びると雲海は蜂蜜のような甘さになるらしい。ただ、服もベタベタになってしまうので今日は入らないがな」
「そっか、じゃあ雲海が出る場所に住んでる人は大変だね」
「……あぁ」
リディたちが見つめる先で雲海は登り始めた朝日に照らされて、蜂蜜のような琥珀色に染まっている。そして、日の暖かさを受けるにつれて徐々に霧散していった。
「ニケ」
「なに?」
「さっきの話は嘘だからな」
「?」
「雲海が甘いっていう話」
「甘くないの?」
「あぁ」
「なんだ……そっか」
リディからさっきの話が嘘だったと教えられ、ニケは少し下を向いた。
リディとしては、ここのところ元気がないように見えるニケを元気づけるための冗談だったのだが、ニケがそのまま信じてしまったのは想定外だった。結果として妙な空気だけが残ってしまい、慣れないことはするもんじゃないなとリディは思った。
「――でも、甘い雲の中に入れたら楽しそうだね」
下を向いていたニケが、不意にそんなことを言う。
「……あぁ、私もそう思う」
少し驚いて一瞬言葉に詰まったリディだが、優しく微笑んでニケの言葉を肯定した。
雲海を見送り、一行は山道を歩き出す。
前を歩くリディの背中を見ながらニケは思った。雲海が怖くないのはリディがいるからかも知れない、と。
山道を登り始めて数日、そろそろ目的地に近づいているはずだった――。
育った村へと近づくごとにニケの見覚えのある景色も増えていく。村を出てから長い年月が経っているため、記憶と異なっている景色も多い。しかし、昔からある大木や、村の外に出たときに目印にしていた大岩、そして、ニケの村を取り囲む山の形がニケにここが自分の育った場所だと教えてくれる。
鮮明に蘇ってきた過去の景色にニケの心は高鳴り、そして、恐怖を感じる。ニケの知っている風景は村へ到着するまでだ。村のあった場所ではニケが捨てた、滅んだ村跡が待っている。その光景を想像するとニケの足はひどく重くなった。
そんなニケの様子を気にしてか、あるいは殿を歩くケルベが離れていることを気にしてか、リディは歩く速度を徐々に落とし、キョロキョロと何かを探すように辺りを見回し始めた。そして、階段で言うところの踊り場のような、見晴らしの良い傾斜の緩くなった場所を見つけると、そこで足を止めて腰を下ろした。
「ちょうど昼だな。休憩にしよう」
リディの提案を聞いてニケが空に目を向けると太陽はちょうど南中となり、夏のような激しい暑さではなく、柔らかさを感じる日差しで暖かくニケたちを照らしていた。
その光を浴びていると村のことやケルベのことの心配が少しだけ和らぐような気がした。
「ニケ、ニケの村までは、あとどのぐらいだ?」
「……もう、すぐ」
「そうか」
ニケは道の先、まだ続く上り坂を見ながらそう答えた。
ここからニケの村までは本当にもうすぐだ。だからこそニケの足は重くなる。
そんなニケの様子を知ってか知らずか、ニケの答えを聞いたリディはいつものようにのんきな歌を歌いながら食事の準備を始めた。手頃な乾いた木の枝を森で集め、魔法で火を点ける。
今日は風が少なく、焚き火から上がる煙が高いところまで細く登っていった。リディは道中で採っておいたキノコと、同じく道中で狩りをして仕留め、残しておいた肉をスキレットに入れて軽く炒める。
いつもと変わらないのんきな歌を歌いながら調理をするリディを見ていると、沈み込みかけていたニケの心は、水中の泡のようにふわふわと徐々に浮上していった。
リディたちが食事をする間、ケルベたちも腹を満たしに方々へと散っていった。現在は冬へ向けた準備のため、山の動物達の活動も活発になっているはずだ。それらを仕留めるのはケルベたちにとっては造作もないことだ。
リディとニケは、炒めた肉とキノコを保存用のパンの付け合せとして腹を満たす。固いパンに炒めた肉から出た油が染み込み、程よい食べごたえのパンになった。香辛料の類が豊富ではないので、味気ないのは仕方がないが、山で食べる食事としては上等な部類に入るだろう。
二人は食事を終えて、ケルベたちが戻ってくるのを待つ。バジルは二人が待ち始めてからすぐに戻ってきて、グリフもそれに少し遅れて姿を見せる。
だが、ケルベはしばらく待っても戻ってこなかった。
「遅いな……」
待ちくたびれたリディの口からそんな言葉が漏れる。
ニケは嫌な予感がして、祈るように両手を固く握り、頭に湧き上がる不安をかき消す。
ケルベは魔獣にはならない。
ケルベは魔獣にはならない。
ケルベは魔獣にはならない。
まだ、大丈夫なはずだ。
自分に言い聞かせるように、目を固く閉じて、握った両手にぐっと力を込めた。
「……!……ケ」
「……ニケ!」
「おい! ニケっ!」
ニケがはっと気づくと、リディに肩を揺さぶられ、呼びかけられていた。
「……大丈夫か?」
我に返ったニケを、リディが心配そうな表情で見つめている。
「う、うん。……ごめん」
「いや、謝らなくてもいいが、体調が悪いならしばらくここで休憩するか?」
「ううん、大丈夫」
ケルベの心配をするあまり、ニケは周りが何も見えなくなってしまっていた。
「……そうか? じゃあ、ケルベの居場所を調べてくれないか?」
リディにそう言われて、ニケは自分がケルベの位置を知ることができることを思い出した。ケルベたちの位置を魔力を飛ばして調べることはいつもやっていた。そんなことすら忘れるぐらいにニケは不安に駆られ、混乱した状態に陥っていた。
落ち着いて考えると、ニケとケルベが離れて過ごすことはよくあったし、狩りに出ていったケルベの戻りが遅くなるのも日常茶飯事なことだ。しかし、ニケはそんな『いつも通り』にも不安を覚える。
自らを落ち着かせるため、ニケは大きく深呼吸してからいつものように魔力を飛ばす。ケルベの反応はすぐ近くだった。感じた方向を見ると、ちょうど草むらからケルベがのっしのっしとこちらへやってくるところだった。
「ちょうど戻ってくるところだったみたいだな」
リディはケルベの姿を確認すると、置いていた荷物を背負い、出発の準備を整える。
ニケはこちらへ近づいてくるケルベの様子を不安げに見つめていた。ケルベはいつもとあまり変わらない様子だが、いつもよりは離れた位置に腰を下ろして、リディたちが出発するのを待つ体勢になった。
「ニケ、行くぞ」
「う、うん」
ニケは後ろ髪を引かれながらリディについて歩き出す。しかし、歩きながらもチラチラとケルベの方をつい確認してしまう。
そんなニケの様子をリディは横目で見ていた。
「ニケ、足元気をつけるんだぞ」
「……うん」
ニケの様子を気にかけてリディがニケに声をかける。ニケは後ろを気にしたまま、歩くことに集中できていない。決して平坦ではない山道では危険な行為だ。
「……ケルベはどういう状態なんだ?」
「どうって?」
「ケルベの様子、なんか変なんだろ?」
「……」
ニケは自分から誰かに助けを求めるタイプではない。長い間一人で生きてきた経験から、何事も一人でやってしまおうとする性格だ。だから、リディもケルベの様子の変化には気がついていたが、ニケが動くだろうと考えて手は出さなかった。
だが、それは得策ではなかった。昨晩寝たふりをして確認したニケの行動を見てリディは確信した。ニケの手にも負えない何かが起こっていると。
「……魔獣になっちゃうかも」
「えっ?」
足を止めたニケは小さい声でそう言い、リディがそれを聞いて振り向く。
そして、二人は足を止めた。
「あの時、魔素に侵された人間に噛み付いたから……」
ニケがぽつりぽつりと話す言葉で、リディはあの時の光景を思い出す。
リディにキドナの剣が振り下ろされるその時だった、ケルベがキドナに飛びかかったのは。キドナに飛びついたケルベは、そのままキドナに噛みつき、その時に魔素に侵されたキドナの血を飲んでしまったということだろう。
「これも、効かなかったのか?」
リディは胸元にあるペンダントをつまみ、ニケに見せる。これはキドナたちの魔素を浄化する力のある宝石だ。だが、昨日のニケの様子から答えは聞かなくてもわかる。
「……うん」
「そうか……」
リディもニケも押し黙ってしまう。
打てる手がなかった。現状魔素を浄化する唯一の手段である青い宝石は効かなかった。そうなると、別の手段が必要になるが、リディもニケも魔素を浄化する方法をそれ以外には知らない。何かしたくても、何もできない。そんな状況だった。
「ケルベは、すぐに魔獣化してしまうのか?」
「わからない。でも、ケルベが苦しんでるのが、だんだんひどくなってる気がする」
昨日ケルベにペンダントの力を使った時には、一時的にケルベが安らぐ感じはあるものの、魔素を完全に浄化することはできていない。このままでは、いずれケルベは魔獣化してしまう。そうなる前にケルベを助ける方法を見つけなければ、きっと襲われるのはリディとニケだ。
「わかった。今は手がない。だが、ケルベは必ず助ける」
「ホントに?」
「あぁ、約束だ。私が嘘をついたことがあるか?」
「さっき」
「……」
「……」
「さ、行こうか」
リディは強引に話を切り上げて、再び歩き出す。
態度とは裏腹に、リディのその目つきは先程までとは変わっていた。必ずケルベを助けるという意志が瞳に灯っていた。
三日目の朝、リディたちは珍しいものを見ることができた。
湿気の多い冷え込んだ朝、リディたちの眼前には雲海が広がっていた。夜間に冷やされた空気が霧となって山間の谷にたまり、白い布団のように山肌を包み込んでいた。
「珍しいものが見れたな」
「珍しいの?」
「あぁ、本で雲海というものは知っていたが、私も見るのは初めてだ。ニケは見たことがあったのか?」
「うん、何度か見た……と思う」
昔、父と共にこの道を通ったときにも、今と同じような雲海を見た記憶がニケにはあった。その時は朝、父に揺り起こされて眠い目を開けると、眼前に雲海が広がっていた。その様子は山間が雲に飲み込まれてしまったようで、不意に怖くなり、父の手を掴んだ覚えがある。
今はもう怖くはない。それは、ニケ自身が成長したからなのか、一人での旅を経て怖いという感情をどこかに置いてきてしまったからなのか、ニケにはわからなかった。
「ニケは昔見た時に雲海の中に入ったか?」
「ううん、入ってない」
「そうか、雲海の雲は食べるとすごい甘いらしいのだが」
「そうなの?」
「あぁ、今みたいに朝日に照らされると蜂蜜みたいな色になるだろ。こうやって陽の光を浴びると雲海は蜂蜜のような甘さになるらしい。ただ、服もベタベタになってしまうので今日は入らないがな」
「そっか、じゃあ雲海が出る場所に住んでる人は大変だね」
「……あぁ」
リディたちが見つめる先で雲海は登り始めた朝日に照らされて、蜂蜜のような琥珀色に染まっている。そして、日の暖かさを受けるにつれて徐々に霧散していった。
「ニケ」
「なに?」
「さっきの話は嘘だからな」
「?」
「雲海が甘いっていう話」
「甘くないの?」
「あぁ」
「なんだ……そっか」
リディからさっきの話が嘘だったと教えられ、ニケは少し下を向いた。
リディとしては、ここのところ元気がないように見えるニケを元気づけるための冗談だったのだが、ニケがそのまま信じてしまったのは想定外だった。結果として妙な空気だけが残ってしまい、慣れないことはするもんじゃないなとリディは思った。
「――でも、甘い雲の中に入れたら楽しそうだね」
下を向いていたニケが、不意にそんなことを言う。
「……あぁ、私もそう思う」
少し驚いて一瞬言葉に詰まったリディだが、優しく微笑んでニケの言葉を肯定した。
雲海を見送り、一行は山道を歩き出す。
前を歩くリディの背中を見ながらニケは思った。雲海が怖くないのはリディがいるからかも知れない、と。
山道を登り始めて数日、そろそろ目的地に近づいているはずだった――。
育った村へと近づくごとにニケの見覚えのある景色も増えていく。村を出てから長い年月が経っているため、記憶と異なっている景色も多い。しかし、昔からある大木や、村の外に出たときに目印にしていた大岩、そして、ニケの村を取り囲む山の形がニケにここが自分の育った場所だと教えてくれる。
鮮明に蘇ってきた過去の景色にニケの心は高鳴り、そして、恐怖を感じる。ニケの知っている風景は村へ到着するまでだ。村のあった場所ではニケが捨てた、滅んだ村跡が待っている。その光景を想像するとニケの足はひどく重くなった。
そんなニケの様子を気にしてか、あるいは殿を歩くケルベが離れていることを気にしてか、リディは歩く速度を徐々に落とし、キョロキョロと何かを探すように辺りを見回し始めた。そして、階段で言うところの踊り場のような、見晴らしの良い傾斜の緩くなった場所を見つけると、そこで足を止めて腰を下ろした。
「ちょうど昼だな。休憩にしよう」
リディの提案を聞いてニケが空に目を向けると太陽はちょうど南中となり、夏のような激しい暑さではなく、柔らかさを感じる日差しで暖かくニケたちを照らしていた。
その光を浴びていると村のことやケルベのことの心配が少しだけ和らぐような気がした。
「ニケ、ニケの村までは、あとどのぐらいだ?」
「……もう、すぐ」
「そうか」
ニケは道の先、まだ続く上り坂を見ながらそう答えた。
ここからニケの村までは本当にもうすぐだ。だからこそニケの足は重くなる。
そんなニケの様子を知ってか知らずか、ニケの答えを聞いたリディはいつものようにのんきな歌を歌いながら食事の準備を始めた。手頃な乾いた木の枝を森で集め、魔法で火を点ける。
今日は風が少なく、焚き火から上がる煙が高いところまで細く登っていった。リディは道中で採っておいたキノコと、同じく道中で狩りをして仕留め、残しておいた肉をスキレットに入れて軽く炒める。
いつもと変わらないのんきな歌を歌いながら調理をするリディを見ていると、沈み込みかけていたニケの心は、水中の泡のようにふわふわと徐々に浮上していった。
リディたちが食事をする間、ケルベたちも腹を満たしに方々へと散っていった。現在は冬へ向けた準備のため、山の動物達の活動も活発になっているはずだ。それらを仕留めるのはケルベたちにとっては造作もないことだ。
リディとニケは、炒めた肉とキノコを保存用のパンの付け合せとして腹を満たす。固いパンに炒めた肉から出た油が染み込み、程よい食べごたえのパンになった。香辛料の類が豊富ではないので、味気ないのは仕方がないが、山で食べる食事としては上等な部類に入るだろう。
二人は食事を終えて、ケルベたちが戻ってくるのを待つ。バジルは二人が待ち始めてからすぐに戻ってきて、グリフもそれに少し遅れて姿を見せる。
だが、ケルベはしばらく待っても戻ってこなかった。
「遅いな……」
待ちくたびれたリディの口からそんな言葉が漏れる。
ニケは嫌な予感がして、祈るように両手を固く握り、頭に湧き上がる不安をかき消す。
ケルベは魔獣にはならない。
ケルベは魔獣にはならない。
ケルベは魔獣にはならない。
まだ、大丈夫なはずだ。
自分に言い聞かせるように、目を固く閉じて、握った両手にぐっと力を込めた。
「……!……ケ」
「……ニケ!」
「おい! ニケっ!」
ニケがはっと気づくと、リディに肩を揺さぶられ、呼びかけられていた。
「……大丈夫か?」
我に返ったニケを、リディが心配そうな表情で見つめている。
「う、うん。……ごめん」
「いや、謝らなくてもいいが、体調が悪いならしばらくここで休憩するか?」
「ううん、大丈夫」
ケルベの心配をするあまり、ニケは周りが何も見えなくなってしまっていた。
「……そうか? じゃあ、ケルベの居場所を調べてくれないか?」
リディにそう言われて、ニケは自分がケルベの位置を知ることができることを思い出した。ケルベたちの位置を魔力を飛ばして調べることはいつもやっていた。そんなことすら忘れるぐらいにニケは不安に駆られ、混乱した状態に陥っていた。
落ち着いて考えると、ニケとケルベが離れて過ごすことはよくあったし、狩りに出ていったケルベの戻りが遅くなるのも日常茶飯事なことだ。しかし、ニケはそんな『いつも通り』にも不安を覚える。
自らを落ち着かせるため、ニケは大きく深呼吸してからいつものように魔力を飛ばす。ケルベの反応はすぐ近くだった。感じた方向を見ると、ちょうど草むらからケルベがのっしのっしとこちらへやってくるところだった。
「ちょうど戻ってくるところだったみたいだな」
リディはケルベの姿を確認すると、置いていた荷物を背負い、出発の準備を整える。
ニケはこちらへ近づいてくるケルベの様子を不安げに見つめていた。ケルベはいつもとあまり変わらない様子だが、いつもよりは離れた位置に腰を下ろして、リディたちが出発するのを待つ体勢になった。
「ニケ、行くぞ」
「う、うん」
ニケは後ろ髪を引かれながらリディについて歩き出す。しかし、歩きながらもチラチラとケルベの方をつい確認してしまう。
そんなニケの様子をリディは横目で見ていた。
「ニケ、足元気をつけるんだぞ」
「……うん」
ニケの様子を気にかけてリディがニケに声をかける。ニケは後ろを気にしたまま、歩くことに集中できていない。決して平坦ではない山道では危険な行為だ。
「……ケルベはどういう状態なんだ?」
「どうって?」
「ケルベの様子、なんか変なんだろ?」
「……」
ニケは自分から誰かに助けを求めるタイプではない。長い間一人で生きてきた経験から、何事も一人でやってしまおうとする性格だ。だから、リディもケルベの様子の変化には気がついていたが、ニケが動くだろうと考えて手は出さなかった。
だが、それは得策ではなかった。昨晩寝たふりをして確認したニケの行動を見てリディは確信した。ニケの手にも負えない何かが起こっていると。
「……魔獣になっちゃうかも」
「えっ?」
足を止めたニケは小さい声でそう言い、リディがそれを聞いて振り向く。
そして、二人は足を止めた。
「あの時、魔素に侵された人間に噛み付いたから……」
ニケがぽつりぽつりと話す言葉で、リディはあの時の光景を思い出す。
リディにキドナの剣が振り下ろされるその時だった、ケルベがキドナに飛びかかったのは。キドナに飛びついたケルベは、そのままキドナに噛みつき、その時に魔素に侵されたキドナの血を飲んでしまったということだろう。
「これも、効かなかったのか?」
リディは胸元にあるペンダントをつまみ、ニケに見せる。これはキドナたちの魔素を浄化する力のある宝石だ。だが、昨日のニケの様子から答えは聞かなくてもわかる。
「……うん」
「そうか……」
リディもニケも押し黙ってしまう。
打てる手がなかった。現状魔素を浄化する唯一の手段である青い宝石は効かなかった。そうなると、別の手段が必要になるが、リディもニケも魔素を浄化する方法をそれ以外には知らない。何かしたくても、何もできない。そんな状況だった。
「ケルベは、すぐに魔獣化してしまうのか?」
「わからない。でも、ケルベが苦しんでるのが、だんだんひどくなってる気がする」
昨日ケルベにペンダントの力を使った時には、一時的にケルベが安らぐ感じはあるものの、魔素を完全に浄化することはできていない。このままでは、いずれケルベは魔獣化してしまう。そうなる前にケルベを助ける方法を見つけなければ、きっと襲われるのはリディとニケだ。
「わかった。今は手がない。だが、ケルベは必ず助ける」
「ホントに?」
「あぁ、約束だ。私が嘘をついたことがあるか?」
「さっき」
「……」
「……」
「さ、行こうか」
リディは強引に話を切り上げて、再び歩き出す。
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