魔獣の友

猫山知紀

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第72話 ラルゴ

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 リディとニケがバモンに連れてこられたのは、広場のそばに立っている周りの家と比べて一回り大きい家だった。リディたちが村の入口にいた時に、子供たちが集まっていた家だ。

 バモンは村長に確認してくると言ってリディたちと別れたので、おそらくこの家が村長の家なのだろう。

「ラルゴさん、連れてきました」

 バモンは扉をノックして家主に声を掛けた。中から『おーう、入れ!』という豪快な声の返事があり、バモンは扉を開けてリディとニケを家へ促す。バモンは外から扉を閉めるとそのまま去っていった。

 家の中に入るとすぐに広い居間があり、床には動物か魔獣の毛皮で作ったであろう大きい敷物が敷かれていた。居間の中央には木でできたジャッカの家で見たような長椅子があり、ここの家主と思われるスキンヘッドの男性が鎮座している。

 男はこの村の長であり、名をラルゴと名乗った。

「君が迷い込んだっていう旅人さんかい。ほぅほぅ、なるほどなるほど」

 ラルゴはリディを舐めるように見る。見透かされるような不思議な目だとラルゴの緑色の目を見てリディは感じた。
 リディを一通り観察し終わると、ラルゴはニケに視線を移す。その視線を受けてニケは珍しく一歩足を引く反応を見せた。

「あんた、お客様をジロジロ見てんじゃないよ!」

 ぱちーん!!

 部屋の奥からやってきた女性によって、ラルゴのスキンヘッドがいい音を立てた。
 ラルゴの頭がじんわりと手のひら型に赤くなる。

「はいはい、お嬢ちゃんたちもそんなところに立ってないでこっちに座りなさい。ほら、あんたはどく!」

 そういって、女性は長椅子にどっしりと座っていたラルゴの腕を掴み、無理やり立たせて長椅子を空けた。そして、リディとニケに今までラルゴが座っていた長椅子に座るように促す。

「し、失礼する」
「失礼するなら帰りなさい」
「へっ?」
「冗談冗談。ほらさっさと座る」

 そう言って、女性は部屋の奥へと戻り、お茶の準備を始めた。
 リディはあっけにとられて、しばらく女性の背中を見ていたが、はっと我に帰りすごすごと長椅子に腰掛けた。ニケは先に座っていた。

「あの方は、あなたの奥方か?」
「あぁ、かっこいいだろ」

 リディとやり取りしながら、ラルゴはリディ達の座っている長椅子の正面に薄手のクッションを置いて、床へ腰を下ろす。

 お茶を待つ間に、ラルゴが先程の女性について教えてくれる。彼女はラルゴの妻で名前はクララと言い、ラルゴは彼女の尻に敷かれっぱなしだと言って笑った。言葉の内容は不満を示していたが、その笑い方はとても幸せそうだった。

 お茶の準備をしているクララを見ると、先程のラルゴとのやり取りでは豪快という言葉が似合いそうだったが、お茶を入れている時の振る舞いは繊細で、クララという人物を一言で表すと『女傑』という言葉がしっくりくるとリディは思った。

 クララが入れてくれたお茶をクララを含めた4人で飲みながら、リディはこの村へ来た経緯を説明する。ただし、ニケがこの村の出身であり、この村の様子を確認するために戻ったことは伏せ、あくまで旅の途中で迷って辿り着いたことにした。

 村を見て回った結果、村全体が山賊の集団という雰囲気ではなかった。しかし、この村自体が得体の知れない存在であることは確かだ。そんな状態で明け透けにリディ達の素性を話すのは得策ではないという判断だ。

 信憑性を持たせるため、リディが旅をしている理由とニケと旅の途中で出会ったことは真実を話した。隠したのはリディが貴族であること、ケルベ達の存在、そしてニケがここにあった滅ぼされた村の出身であることだ。

「ふーむ、国中を巡る旅をねぇ……」

 リディの話を咀嚼しながらラルゴは自身のスキンヘッドを撫でる。

(髪のない男……か)

 ラルゴの頭を見ながらリディはヘニーノの武器屋で聞いた豪魔素材を売りに来る男のことを思い出した。端正な顔立ち、30代前半、緑の目。目の前にいるラルゴの特徴と全て一致していた。

(豪魔素材を売りに来たというのは間違いなくこの人だと思うのだが……)

 リディはクララの入れたお茶を飲みながら、横目でラルゴを観察する。
 端正な顔立ちはもちろんだが、服で隠れてはいるが体はかなり鍛えられているように見え、先程から油断や隙きを感じない。こうして観察していることも、すぐに気取られそうだ。

 床に座って茶を飲む姿は行儀が良いとは言えないが、茶への口の付け方など端々に気品の良さも感じられる。素材屋は貴族のような雰囲気を感じたと言っていたが、リディもそれには同意だった。

 ヘニーノの素材屋に素材を売りに来た男というのはラルゴで間違いないだろう。だが、理解できないのは、この村の存在だ。元々ニケが暮らしていた村があった場所に、なぜ別の村があるのか。そして、そこに住むラルゴ達は何者なのか、リディの疑問はそこへと移っていった。

「それで、宿に困っているという話だったね」
「あぁ、泊めてもらえるとありがたいのだが」
「ふむ、ウチは構わんよ。一応客間もあるし、遠慮せずに泊まっていくといい。子供たちも喜ぶ」
「あの3人はあなた方のお子さんだったのか」
「いや、一人は違うがね。黒髪と女の子がうちの子だ」
「金髪の子は?」
「あの子は両親と死別していてね。けじめとして家は別にしているが、半分ウチの子のようなものだ」

 リディが先程まで広場で一緒に過ごした、3人の子供たち。彼らのうちのシウスとミリアはこの家に住んでいて、レグリスは広場の近くにあった小屋のような家に住んでいるとラルゴは説明してくれた。

「ただいまー!」

 その声とともにドアが勢いよく開かれると、ちょうど話題に上がっていた子供たちが帰ってきた。

「おう、おかえり。今日も元気に遊んできたか」

 子供たちを出迎えたラルゴは3人の子供たちの頭をぐりぐりと撫で回す。レグリスとは別に住んでいると言っていたが、3人への接し方を見ると優劣などなく可愛がっているように見える。

「今日は旅の姉ちゃんと勝負したんだ!」

 リディと勝負したことをレグリスがラルゴに告げる。

「そうか、勝ったのか?」
「ううん、負けたわ」

 勝敗を告げたのはレグリスではなく、ミリアだった。

「ほう」

 その話を聞いてラルゴは少し目を丸くした。リディをこの家に連れてきたバモンと同じような反応だ。だが、その表情はすぐに元に戻る。
 子供たちの話を聞きながらラルゴはリディの方をちらりと見ると、考えるような仕草をする。そして、台所の方へ移動していたクララへと声を掛けた。

「クララ、お客さんもいることだし、今日はご馳走にしよう!」
「えっ? いや、そんなお構いなく」

 歓待を受けるつもりではなかったのでリディは断ろうとするが――。

「もう、準備してるよ」

 という返ってきたクララの声と目の前でしたり顔をしているラルゴの顔を見て、諦めてもてなしを受けることにした。

 ミリアとレグリスを中心に子供たちも『ごちそうだー!』とはしゃいだ。
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