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第84話 ケルベロス
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かつてこの国には二頭の竜がいた。『黒き竜』と『白き竜』。黒き竜はこの世に魔素を撒き散らし、村を、町を焼き、この国に破壊をもたらした。その黒き竜を止めるため、白き竜と共にこの国の初代の国王が黒き竜と戦い、この国に平穏をもたらした。
これはこの国に古くから伝わる昔話だ。国民の誰もが知る話だが、国民の誰もがこの話を史実だとは思っていない。魔獣は人を襲ったり、田畑を荒らしたり、街の外に出ればすぐにその姿を見ることができる。しかし、著名な冒険者も、この国を守護する騎士も、誰も竜の姿を見たというものはいなかった。
故に竜という存在は、やがて物語の中の存在となり、今日まで語り継がれる伝説上の存在となった。
黒い森を前にして、リディはそんな国に伝わる物語を思い出していた。
リディたちは黒い森の中を進んでいった。森の中はすべてが焦がされたように黒く染まっており、嫌悪感を催す瘴気に満ちていた。リディとニケはペンダントに魔力を込め、瘴気の不快感を和らげながら先に進んでいく。グリフとバシルはもともと魔力に対する抵抗が強いおかげか、あまり瘴気を気にしてはいないようだ。
黒い森の中で太陽の光も木々に遮られることで、真っ昼間の今も森の中は夜が近くなったように暗い。普通の森なら鳥や虫の声が聞こえるものだが、この森には生き物の存在を感じられず、リディたちが歩く音だけがシンとした森の中に響いていた。
カチリ
黒い森の中、先頭を歩くリディはぴくりと何かに反応すると剣の柄を掴んだ。何か来る、そう思った時にニケが叫んだ。
「ケルベッ!!」
その声と同時に正面に突如として現れた黒い巨体が、爪をむき出しにして、リディたちに飛びかかってきた。リディは素早く剣を抜き、半身で躱しながら剣の腹で向かってくる爪を受け流す。飛びかかってきた巨体は勢いのままリディの横を通り過ぎ、しなやかに着地すると爪を立てて減速する。そして、牙をむき出しにした顔がリディたちの方へと振り返った。
――そこには赤い瞳があった。
ケルベロスの三つ首のうち、中央の頭の瞳が赤く光り、リディたちをその瞳に映している。
(これは……)
それを確認したリディはちらりとニケの方を見る。ニケの表情からは血の気が引き、いつも無表情なニケが歯を食いしばり、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(間に合わなかったのか……いや)
ニケの様子などお構いなしにケルベはリディたちに向かって攻撃を仕掛けてくる。まともに動くことのできないニケを見て、リディは自らに攻撃を仕掛けさせるようにケルベの攻撃を誘う。
ケルベの攻撃は苛烈なものだが、リディはなんとかそれを受け流す。ケルベロスの攻撃を捌くことができている事実にリディは驚くが、それと同時にケルベの動きがいつもよりも鈍く、不正確に放たれていることを感じた。
いつものケルベの動きなら、リディなどとっくに沈んでいてもおかしくはない。しかし、今のケルベの攻撃は、先程戦ったヘルハウンドと同等。いや、それよりも数段劣るほどに精彩を欠いていた。
(ケルベ、お前……)
ケルベは苦しんでいた。ケルベの三つ首のうち、中央にある赤い瞳はリディを仕留めんと、睨みつけるようにリディを見ていた。しかし、残る二つの首の目はまだ青を保っていた。そして、苦しげに顔を歪め、自身の意志を捻じ曲げるように抵抗しているように見えた。
(まだ、助けられる!!)
ケルベはまだ、完全には魔獣になっていない。魔素の支配は進んでいるが、それに抵抗し、リディたちを殺させまいとする意志がケルベにはまだ残っている。
「グリフ! 手伝えっ!!」
リディの言葉に反応し、ニケの側にいるままだったグリフが臨戦態勢に入る。ヘルハウンドと戦ったときと同じだ。リディとグリフは連携して、ケルベの動きを乱す。
しかし、ヘルハウンドにはあっさりと傷をつけたグリフの爪が、ケルベには通用しない。表面をグリフが引っ掻いても、そこに傷はつかず、滑るようにケルベの毛皮はグリフの爪を受け流す。
ヘルハウンドよりもケルベロスの方が格が上。そういうことだろう、毛皮の硬化の度合いが違うのだ。
だが、今はそれでいい。グリフがケルベの注意を引く。それが目的だ。グリフはケルベに飛びかかったかと思えば、翼を羽ばたきすぐに離脱する。ケルベの注意は完全にグリフに引き付けられ、リディの存在がグリフの意識から外れる。
それを見計らってリディは、ペンダントを首から外すと、手に握りしめて渾身の魔力を込めた。
ケルベの視線はまだグリフを追っている。
リディは魔力を込めたペンダントを手に持ったまま、ケルベに向かって駆けた。ケルベはリディの動きには気づいていない。
「戻れええぇぇぇぇ!!」
リディはそのままケルベの体にペンダントを押し付けると、叫びながら魔力をさらに込めた。
リディがケルベに押し付けたペンダントから浄化の青い光が溢れる。キドナを浄化したときよりも遥かに眩く、辺りが清らかな青い光に染まった。
ケルベの動きが止まる。しかし――
「がはっ!!」
すぐにケルベは動き出し、リディを振り払うように体勢を変えると、前足で薙ぐようにしてリディを吹き飛ばした。吹き飛ばされたリディは飛んだ先にあった木に叩きつけられると、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「リディッ!!」
地面に倒れ込んだリディに、ニケが慌てて駆け寄る。リディは無事をアピールするように左手を上げるが、上手く呼吸ができないのか、息を止め、その顔は痛みで歪んでいた。
「だ……だい……じょ…………だ」
なんとか言葉を絞り出し、リディはゆっくりと呼吸を取り戻していく。騎士の訓練で上官から鳩尾に一撃食らった経験が役に立った。こういうときは焦って呼吸しようと思ってはダメだ。まずは息を止め、体がショックから戻るのを待つ。そして、先に全ての息を吐き出してから、ゆーっくりとリディは息を吸い込んだ。
呼吸を取り戻したリディはケルベの様子を窺う。追ってこないのを不思議に思っていたら、グリフがケルベにちょっかいをかけ、引き続きリディからケルベの気をそらしていた。
ケルベがリディを追ってきた時のためか、リディとニケの側にはバジルも待機している。
「ケルベの浄化は!? ……ダメか」
グリフの動きを追うケルベの瞳は、ペンダントの浄化の光を受けてもまだ、鈍く赤く光っていた。結果はニケが試したときと同じだった、ペンダントの魔力はケルベロスの毛皮に阻まれ、ケルベの体内で蠢く魔素を祓うことができない。
ニケはグリフと戦っているケルベを顔を青くしながら見ていた。ケルベはまだ完全に魔獣になったわけではない。必死に魔素に抵抗し、まだ魔素に侵されていない左右の頭は、激しく抵抗するように牙をむき出しにしている。
ふと、グリフと戦っていたケルベの動きが止まった。そして、苦しみを訴えるようなケルベの咆哮が辺りに響き渡った。それはまるで『助けて』と子供が叫んでいるようで、ひどく悲しみに満ちた咆哮だった。
「ケルベ……」
咆哮を聞いたニケは、リディの側を離れて、ふらふらとケルベの方へと歩く。
「お、おい」
呼び止めるリディの声は聞こえていなかった。
「戻ってよ……ねぇ」
ニケはケルベの正面から近づき、ニケ自身も涙を堪えながら、ケルベにそう訴える。
そんなニケの様子をケルベは赤い瞳でじっと見ていた。『グルルルル』と喉を鳴らしながら、何かに耐えるように唸っている。苦しげにケルベの顔は歪んでいた。ニケと向き合っている今、先程までの凶暴さは鳴りを潜め、牙をむき出しにしながらも、衝動を必死に抑えるようにケルベはニケをじっと見つめていた。
そのケルベの赤い瞳から一筋の赤い涙が零れる。
それを目にしたニケの瞳からも、ついに涙がこぼれ落ちた。
「……ケルベ」
泣きながらニケはケルベの名を呼ぶ。ケルベは苦しむような表情でニケを見ていた。そのままケルベは元の青い瞳に戻るのではないかと、一瞬そんなことを期待してしまう。
しかし――
『殺せ』
その声が聞こえた瞬間、突如としてケルベは吠え声を上げると、目の前にいるニケに飛びかかった。
「危ないっ!」
割って入ったのはリディだった。リディはニケの外套を掴み自身の方へ引き寄せると、右腕を顔の前に曲げて、ケルベの攻撃を防御する。しかし、盾も何もない、ただの腕による防御はケルベロスの前にあっては紙同然だった。
(喰われるっ!)
ケルベの牙がリディの腕に食い込む寸前、目の前にいたケルベの体が吹っ飛んで行った。吹き飛ばされたケルベは先にあった巨木に叩きつけられ、『ぎゃん』という声を上げる。そして、地面に落ちると、よろよろと立ち上がり自身を吹き飛ばした者をその赤い目で睨みつけた。
リディの目の前にはバジルの尾があった。リディの腕が食われる寸前、バジルが尾でケルベを吹き飛ばしたのだ。
バジルはリディたちを守るようにケルベとの間に立ちふさがる。
「ニケ、大丈夫か」
リディは引き倒したニケの様子を確認する、
「あ……リディ、ケルベが……」
そこには、もはや涙を隠そうともしないニケの姿があった。
ケルベが自身を攻撃してきたこと、それがニケにとっては何よりもショックだった。だが、それだけではない。それにより、バジルがケルベを攻撃し、今まさに戦わんと睨み合っている。それが酷く悲しかった。
「やるしかないよな」
「えっ?」
リディは先程喰われかけた自身の右腕を見つめる。
バジルの一撃が一瞬でも遅ければ、リディの腕は喰い千切られていただろう。そんな右腕の存在を実感するように、リディは手を開き、そして閉じるという動作を何度か繰り返した。
「……リディ?」
そんなリディの様子を、ニケは不思議そうに見ていた。いつもとは違うリディの様子を見ているうちに、ニケの涙はいつの間にか止まっていた。
これはこの国に古くから伝わる昔話だ。国民の誰もが知る話だが、国民の誰もがこの話を史実だとは思っていない。魔獣は人を襲ったり、田畑を荒らしたり、街の外に出ればすぐにその姿を見ることができる。しかし、著名な冒険者も、この国を守護する騎士も、誰も竜の姿を見たというものはいなかった。
故に竜という存在は、やがて物語の中の存在となり、今日まで語り継がれる伝説上の存在となった。
黒い森を前にして、リディはそんな国に伝わる物語を思い出していた。
リディたちは黒い森の中を進んでいった。森の中はすべてが焦がされたように黒く染まっており、嫌悪感を催す瘴気に満ちていた。リディとニケはペンダントに魔力を込め、瘴気の不快感を和らげながら先に進んでいく。グリフとバシルはもともと魔力に対する抵抗が強いおかげか、あまり瘴気を気にしてはいないようだ。
黒い森の中で太陽の光も木々に遮られることで、真っ昼間の今も森の中は夜が近くなったように暗い。普通の森なら鳥や虫の声が聞こえるものだが、この森には生き物の存在を感じられず、リディたちが歩く音だけがシンとした森の中に響いていた。
カチリ
黒い森の中、先頭を歩くリディはぴくりと何かに反応すると剣の柄を掴んだ。何か来る、そう思った時にニケが叫んだ。
「ケルベッ!!」
その声と同時に正面に突如として現れた黒い巨体が、爪をむき出しにして、リディたちに飛びかかってきた。リディは素早く剣を抜き、半身で躱しながら剣の腹で向かってくる爪を受け流す。飛びかかってきた巨体は勢いのままリディの横を通り過ぎ、しなやかに着地すると爪を立てて減速する。そして、牙をむき出しにした顔がリディたちの方へと振り返った。
――そこには赤い瞳があった。
ケルベロスの三つ首のうち、中央の頭の瞳が赤く光り、リディたちをその瞳に映している。
(これは……)
それを確認したリディはちらりとニケの方を見る。ニケの表情からは血の気が引き、いつも無表情なニケが歯を食いしばり、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(間に合わなかったのか……いや)
ニケの様子などお構いなしにケルベはリディたちに向かって攻撃を仕掛けてくる。まともに動くことのできないニケを見て、リディは自らに攻撃を仕掛けさせるようにケルベの攻撃を誘う。
ケルベの攻撃は苛烈なものだが、リディはなんとかそれを受け流す。ケルベロスの攻撃を捌くことができている事実にリディは驚くが、それと同時にケルベの動きがいつもよりも鈍く、不正確に放たれていることを感じた。
いつものケルベの動きなら、リディなどとっくに沈んでいてもおかしくはない。しかし、今のケルベの攻撃は、先程戦ったヘルハウンドと同等。いや、それよりも数段劣るほどに精彩を欠いていた。
(ケルベ、お前……)
ケルベは苦しんでいた。ケルベの三つ首のうち、中央にある赤い瞳はリディを仕留めんと、睨みつけるようにリディを見ていた。しかし、残る二つの首の目はまだ青を保っていた。そして、苦しげに顔を歪め、自身の意志を捻じ曲げるように抵抗しているように見えた。
(まだ、助けられる!!)
ケルベはまだ、完全には魔獣になっていない。魔素の支配は進んでいるが、それに抵抗し、リディたちを殺させまいとする意志がケルベにはまだ残っている。
「グリフ! 手伝えっ!!」
リディの言葉に反応し、ニケの側にいるままだったグリフが臨戦態勢に入る。ヘルハウンドと戦ったときと同じだ。リディとグリフは連携して、ケルベの動きを乱す。
しかし、ヘルハウンドにはあっさりと傷をつけたグリフの爪が、ケルベには通用しない。表面をグリフが引っ掻いても、そこに傷はつかず、滑るようにケルベの毛皮はグリフの爪を受け流す。
ヘルハウンドよりもケルベロスの方が格が上。そういうことだろう、毛皮の硬化の度合いが違うのだ。
だが、今はそれでいい。グリフがケルベの注意を引く。それが目的だ。グリフはケルベに飛びかかったかと思えば、翼を羽ばたきすぐに離脱する。ケルベの注意は完全にグリフに引き付けられ、リディの存在がグリフの意識から外れる。
それを見計らってリディは、ペンダントを首から外すと、手に握りしめて渾身の魔力を込めた。
ケルベの視線はまだグリフを追っている。
リディは魔力を込めたペンダントを手に持ったまま、ケルベに向かって駆けた。ケルベはリディの動きには気づいていない。
「戻れええぇぇぇぇ!!」
リディはそのままケルベの体にペンダントを押し付けると、叫びながら魔力をさらに込めた。
リディがケルベに押し付けたペンダントから浄化の青い光が溢れる。キドナを浄化したときよりも遥かに眩く、辺りが清らかな青い光に染まった。
ケルベの動きが止まる。しかし――
「がはっ!!」
すぐにケルベは動き出し、リディを振り払うように体勢を変えると、前足で薙ぐようにしてリディを吹き飛ばした。吹き飛ばされたリディは飛んだ先にあった木に叩きつけられると、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「リディッ!!」
地面に倒れ込んだリディに、ニケが慌てて駆け寄る。リディは無事をアピールするように左手を上げるが、上手く呼吸ができないのか、息を止め、その顔は痛みで歪んでいた。
「だ……だい……じょ…………だ」
なんとか言葉を絞り出し、リディはゆっくりと呼吸を取り戻していく。騎士の訓練で上官から鳩尾に一撃食らった経験が役に立った。こういうときは焦って呼吸しようと思ってはダメだ。まずは息を止め、体がショックから戻るのを待つ。そして、先に全ての息を吐き出してから、ゆーっくりとリディは息を吸い込んだ。
呼吸を取り戻したリディはケルベの様子を窺う。追ってこないのを不思議に思っていたら、グリフがケルベにちょっかいをかけ、引き続きリディからケルベの気をそらしていた。
ケルベがリディを追ってきた時のためか、リディとニケの側にはバジルも待機している。
「ケルベの浄化は!? ……ダメか」
グリフの動きを追うケルベの瞳は、ペンダントの浄化の光を受けてもまだ、鈍く赤く光っていた。結果はニケが試したときと同じだった、ペンダントの魔力はケルベロスの毛皮に阻まれ、ケルベの体内で蠢く魔素を祓うことができない。
ニケはグリフと戦っているケルベを顔を青くしながら見ていた。ケルベはまだ完全に魔獣になったわけではない。必死に魔素に抵抗し、まだ魔素に侵されていない左右の頭は、激しく抵抗するように牙をむき出しにしている。
ふと、グリフと戦っていたケルベの動きが止まった。そして、苦しみを訴えるようなケルベの咆哮が辺りに響き渡った。それはまるで『助けて』と子供が叫んでいるようで、ひどく悲しみに満ちた咆哮だった。
「ケルベ……」
咆哮を聞いたニケは、リディの側を離れて、ふらふらとケルベの方へと歩く。
「お、おい」
呼び止めるリディの声は聞こえていなかった。
「戻ってよ……ねぇ」
ニケはケルベの正面から近づき、ニケ自身も涙を堪えながら、ケルベにそう訴える。
そんなニケの様子をケルベは赤い瞳でじっと見ていた。『グルルルル』と喉を鳴らしながら、何かに耐えるように唸っている。苦しげにケルベの顔は歪んでいた。ニケと向き合っている今、先程までの凶暴さは鳴りを潜め、牙をむき出しにしながらも、衝動を必死に抑えるようにケルベはニケをじっと見つめていた。
そのケルベの赤い瞳から一筋の赤い涙が零れる。
それを目にしたニケの瞳からも、ついに涙がこぼれ落ちた。
「……ケルベ」
泣きながらニケはケルベの名を呼ぶ。ケルベは苦しむような表情でニケを見ていた。そのままケルベは元の青い瞳に戻るのではないかと、一瞬そんなことを期待してしまう。
しかし――
『殺せ』
その声が聞こえた瞬間、突如としてケルベは吠え声を上げると、目の前にいるニケに飛びかかった。
「危ないっ!」
割って入ったのはリディだった。リディはニケの外套を掴み自身の方へ引き寄せると、右腕を顔の前に曲げて、ケルベの攻撃を防御する。しかし、盾も何もない、ただの腕による防御はケルベロスの前にあっては紙同然だった。
(喰われるっ!)
ケルベの牙がリディの腕に食い込む寸前、目の前にいたケルベの体が吹っ飛んで行った。吹き飛ばされたケルベは先にあった巨木に叩きつけられ、『ぎゃん』という声を上げる。そして、地面に落ちると、よろよろと立ち上がり自身を吹き飛ばした者をその赤い目で睨みつけた。
リディの目の前にはバジルの尾があった。リディの腕が食われる寸前、バジルが尾でケルベを吹き飛ばしたのだ。
バジルはリディたちを守るようにケルベとの間に立ちふさがる。
「ニケ、大丈夫か」
リディは引き倒したニケの様子を確認する、
「あ……リディ、ケルベが……」
そこには、もはや涙を隠そうともしないニケの姿があった。
ケルベが自身を攻撃してきたこと、それがニケにとっては何よりもショックだった。だが、それだけではない。それにより、バジルがケルベを攻撃し、今まさに戦わんと睨み合っている。それが酷く悲しかった。
「やるしかないよな」
「えっ?」
リディは先程喰われかけた自身の右腕を見つめる。
バジルの一撃が一瞬でも遅ければ、リディの腕は喰い千切られていただろう。そんな右腕の存在を実感するように、リディは手を開き、そして閉じるという動作を何度か繰り返した。
「……リディ?」
そんなリディの様子を、ニケは不思議そうに見ていた。いつもとは違うリディの様子を見ているうちに、ニケの涙はいつの間にか止まっていた。
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