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第85話 覚悟
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「私も覚悟を決めたぞ」
それだけ言って、リディはケルベの方への向き直る。視線の先にはバジルを睨みつけるケルベがいる。ケルベもバジルも互いに動かず固着状態になっていた。
リディはゆっくりと歩きながら、さっき浄化に失敗したペンダントの紐を左手にぐるぐると巻き、簡単には落ちないようにすると、ペンダントの宝石部分を手のひらの中に握った。
「バジル、どいていてくれ」
リディはバジルに声をかけ、バジルの代わりにケルベと対峙する。バジルはリディに言われたとおり後ろに下がり、ニケを守るように体を置いた。
ケルベと対峙したリディは剣を抜き、左手にペンダントを収めたまま両手で剣を握り、ケルベに対して構えをとった。
「こうして対峙するのは、初めて会った時以来だな」
とはいえあれは不意打ちだったが、とリディはあの時のことを思い出す。
あの時はケルベたちの姿に絶望し、死を覚悟して斬りかかったが、今はそんな倒そうとした相手を『救おう』と思っている。旅の中でニケやケルベたちと触れ合い、彼らを知ることでリディにとってもケルベたちはかけがえのない存在となっていた。
ニケと比べれば、リディがケルベたちと過ごした時間は長いとは言えない。それでもケルベを救いたいと思う気持ちは、ニケにも負けていないとリディは思う。
「私が、お前を救ってやる」
そう言って、リディは剣に魔力を込めた。剣が魔力を帯びて緑に輝き始める。リディ自身も魔力を纏い、リディの周りに風が巻き起こる。
それを見てケルベも前足を伸ばして屈んで、いつでも動ける体勢をとった。
リディとケルベが睨み合う。そして――
先に動いたのはリディだった。
(まずは本気になってもらう!)
リディは風を纏って瞬時に移動すると、ケルベの横に現れその体目がけて剣を振り下ろす。ケルベも瞬時に避けるが、リディの剣の方が速く、魔力を纏ったリディの剣は容易くケルベの毛皮を切り裂く。
ケルベの体に血が滲むが、つけられた傷は浅い。ケルベは回避から攻撃に移ると、リディ目がけて爪を振り下ろす。
リディはケルベの爪を最低限の動きで躱し、ケルベに張り付くようにして、ケルべの動きに合わせて動いた。ケルベの前足を払うように剣を薙ぐが、これはケルベが後退して躱す。しかし、リディはケルベに距離を取らせないようにすぐに近づき、今度は着地した瞬間の前足を狙った。
リディの剣は当たらない。だが、先の攻防で感じたとおり、やはりケルベの動きは鈍い。だからこそ、リディは悲しくなる。ケルベの本来の力はこんなものではない。今の普段よりも数段劣ったケルベの動きから、ケルベの辛さ、苦しみを感じてしまう。
(すぐに、助けてやる……)
リディはケルベの反撃を誘うように攻撃の手を緩めた。その時――
『殺せ』
また、声が聞こえた。その瞬間ケルベの赤い目が鋭くなり、口を大きく開いた。
「ケルベっ、ダメ!!」
今まさにリディに噛みつこうとするケルベを見て、ニケは叫んだ。
「いや、それでいい」
ケルベが口を開けたのを見て、リディはにやりと笑っていた。そして、ペンダントを巻きつけていた左手を剣から離すと、自分から食われにいくように、ケルベの口へ左手を突っ込んだ。
(毛皮が魔力の邪魔をするなら、内側から浄化してやる!)
ケルベの牙がリディの腕に食い込む。が、それと同時にリディはケルベの口に突っ込んだ左腕にありったけの魔力を込めた。
(ペンダントも剣と同じだ。これは私の腕であり、手のひらであり、私の心)
ジャッカに教えてもらった剣に魔力を流し込むコツ。それを左手に巻きつけたペンダントに行う。それを受けてペンダントは今までにないほどの清らかな青い輝きを見せた。
そして、それと同時にリディの腕の肉にケルベの牙が突き刺さり、骨が砕ける音がした。かつて経験したことのない感覚、自分の腕が自分のものでなくなっていく。リディは目を見開き、歯を食いしばり、感覚が失われていく左手に魔力を注ぎ込むことに集中する。
(喰い千切られる前に……)
「戻れえええぇぇぇ!!」
リディが叫んだのと同時に、ケルベの口は完全に閉じられた。しかし、閉じられたケルベの口から、リディが左手に持っていたペンダントの猛烈な光がケルベの口から溢れる。その強い光はそのままケルベを飲み込むように広がっていき、ケルベは力を失ったようにその場に崩れ落ちた。
「リディ!」
ケルベと同じくして倒れ込んだリディの元へとニケは駆け寄る。リディの左腕、二の腕から先は失われ、腕の断面からはどくどくと脈打つたびに血が吹き出す。
「あ……あぁ……」
ニケはリディのそばに寄ったものの、そのリディの姿になにもできなかった。
「ぐっ……ああぁあぁ」
倒れ込んだリディが、苦痛に呻く。しかし、意識が遠のくほどの痛みの中、リディはなんとか右腕を動かし、ポケットの中に手を突っ込んだ。
「はぁ……はぁ……っぐ」
そして、なんとか取り出したのは、小さな小袋だった。口が紐で結ばれたそれを、リディは右手だけで開けようとするが、手元が覚束ず小袋は地面へと落ちた。
その小袋はジャッカの家からの帰り道、怪しい商人から受け取ったものだった。商人のあの時の言葉、リディはその言葉に賭けていた。
『薬です。家の倉庫を整理してたら出てきたんです。どんなキズもたちどころに治すって書いてあったんすけど、ホコリかぶってて自分では食べる気にならないんであげます』
「ニ、ケ……それを……」
リディの言葉が終わる前にニケは動き出していた。ニケは小袋を拾うと、中の丸薬を取り出し、リディの口元へと運ぶ。
「リディ、食べて」
リディは口に丸薬を入れると、抜けていく力を振り絞って丸薬を噛み締め、一気に飲み込んだ。
(信じてるぞ……マーナ……)
ニケはリディの右手を手に取り、しっかりと握りしめる。リディの右手はまだ温かく、ニケが力を入れると、リディが弱々しく握り返す力が感じられた。しかし、その力も徐々に失われていく、左腕からの血は止まらず、血液と一緒にリディの命が流れ出しているようで、ニケは止まってくれと祈るが、医療の知識などないニケができることは、リディの手を握って祈ることだけだった。
一人ぼっちには慣れたつもりだった。村が滅んだあの時ニケは一人になり、もう何年の一人で旅をしてきた。ケルベたちを連れて、町に近づくことのできないニケは、この先親しい人などできないと思っていた。
しかしある時、リディと出会った。リディは最初こそケルベたちに攻撃してきたものの、ケルベたちを、そして、ニケを知ろうとし、ニケのことを導いてくれた。
ニケにとってリディという存在は、いなくてもいい人だった。それが旅の中で一緒にいてくれる人になり。今は一緒にいて欲しい人になった。
「リディ、死なないで……」
「……」
リディからの返事はなかった。
リディの呼吸が徐々に弱くなっていく。ニケは目を閉じ、祈るようにして両手で包んだリディの右手をギュッと握った。
――その時だった。
ニケが握っていたリディの手が、冷たくなりかけていたリディの手が、ほんのりと温かくなった。
ニケが目を開けると、リディの体がぼんやりと光っていた。その光は徐々に強くなるとリディを包み込むように広がっていく。強い光なのに、眩しくはなく、温かさと優しさを感じる不思議な光だった。
光はやがてリディの全身を覆い、リディの姿が見えないほどに一層強く輝く。リディのすぐ側にいるニケも、リディの手を握っていなければ、リディの姿を見失うほどの光だった。
リディを包み込んだ光はゆっくりと失われていき、徐々にリディの姿が見えるようになってきた。リディは元の場所に横たわったままだったが、先程までの血の気が引いた感じはなく、表情はただ眠っているように穏やかだった。
見ればケルベに喰い千切られ、完全に失われたはずの左腕が元からそこにあったように戻っていた。服の袖は千切られたままであるため、リディの左腕が完全にくっついて元に戻っていることが確認できる。
「……よかった」
ニケは袖で涙を拭い、小さく呟いた。安心感からか体からどっと力が抜けていく感じがした。掴んでいたリディの右手を下ろして、ニケ自身も一息つく。『ほぅ』と溜息をついた時、べろりと頬を何者かに舐められた。
ニケは、はっとして舐められた方を振り向く。忘れようもない、この舐められる感覚はニケが今まで何度も味わってきた感覚だ。
そこにはケルベがいた。
「ケルベっ!!」
ニケはケルベに抱きついた。さっきまでの禍々しい感じはもうない『いつもの』ケルベだった。ニケはケルベの顔を両手で掴み、ケルベの瞳を覗き込む。ケルベの瞳は透き通るような青い瞳に戻っていた。念の為三つ首それぞれの目を確認していくが、すべて青い状態だった。
ケルベが元に戻ったことを確認すると、ニケはケルベの頭をそれぞれわしゃわしゃと撫でてやる。ケルベは目を細めてそれを受け入れ、お返しとばかりにニケの頬を舐め回した。
ケルベと久しぶりのコミュニケーションを取ったところでニケは側で横になったままのリディを見た。リディももう落ち着いたようで、静かに眠っている。あの薬が本当に効くかどうかもわからない状態で、リディは自身の左腕と引き換えにケルベを元に戻してくれた。
それは、本当にリディの賭けだった。ケルベロスの毛皮が魔力を遮断するなら。その内側から魔力を放ってやればいい。
それが、リディの出した結論だった。リディはケルベの内側から魔力を放つため、ケルベにわざと左腕を喰わせ、喰いちぎられる前にケルベの体内へペンダントの魔力を放出した。
そして、リディの思惑通りにケルベの体内へペンダントの魔力は広がり、ケルベを蝕んでいた魔素はきれいに浄化されたのだ。
「むにゃ……ニケ、こら私の剣を食うな……」
よくわからないリディの寝言を聞いて、いつものリディだとニケは笑った。
それだけ言って、リディはケルベの方への向き直る。視線の先にはバジルを睨みつけるケルベがいる。ケルベもバジルも互いに動かず固着状態になっていた。
リディはゆっくりと歩きながら、さっき浄化に失敗したペンダントの紐を左手にぐるぐると巻き、簡単には落ちないようにすると、ペンダントの宝石部分を手のひらの中に握った。
「バジル、どいていてくれ」
リディはバジルに声をかけ、バジルの代わりにケルベと対峙する。バジルはリディに言われたとおり後ろに下がり、ニケを守るように体を置いた。
ケルベと対峙したリディは剣を抜き、左手にペンダントを収めたまま両手で剣を握り、ケルベに対して構えをとった。
「こうして対峙するのは、初めて会った時以来だな」
とはいえあれは不意打ちだったが、とリディはあの時のことを思い出す。
あの時はケルベたちの姿に絶望し、死を覚悟して斬りかかったが、今はそんな倒そうとした相手を『救おう』と思っている。旅の中でニケやケルベたちと触れ合い、彼らを知ることでリディにとってもケルベたちはかけがえのない存在となっていた。
ニケと比べれば、リディがケルベたちと過ごした時間は長いとは言えない。それでもケルベを救いたいと思う気持ちは、ニケにも負けていないとリディは思う。
「私が、お前を救ってやる」
そう言って、リディは剣に魔力を込めた。剣が魔力を帯びて緑に輝き始める。リディ自身も魔力を纏い、リディの周りに風が巻き起こる。
それを見てケルベも前足を伸ばして屈んで、いつでも動ける体勢をとった。
リディとケルベが睨み合う。そして――
先に動いたのはリディだった。
(まずは本気になってもらう!)
リディは風を纏って瞬時に移動すると、ケルベの横に現れその体目がけて剣を振り下ろす。ケルベも瞬時に避けるが、リディの剣の方が速く、魔力を纏ったリディの剣は容易くケルベの毛皮を切り裂く。
ケルベの体に血が滲むが、つけられた傷は浅い。ケルベは回避から攻撃に移ると、リディ目がけて爪を振り下ろす。
リディはケルベの爪を最低限の動きで躱し、ケルベに張り付くようにして、ケルべの動きに合わせて動いた。ケルベの前足を払うように剣を薙ぐが、これはケルベが後退して躱す。しかし、リディはケルベに距離を取らせないようにすぐに近づき、今度は着地した瞬間の前足を狙った。
リディの剣は当たらない。だが、先の攻防で感じたとおり、やはりケルベの動きは鈍い。だからこそ、リディは悲しくなる。ケルベの本来の力はこんなものではない。今の普段よりも数段劣ったケルベの動きから、ケルベの辛さ、苦しみを感じてしまう。
(すぐに、助けてやる……)
リディはケルベの反撃を誘うように攻撃の手を緩めた。その時――
『殺せ』
また、声が聞こえた。その瞬間ケルベの赤い目が鋭くなり、口を大きく開いた。
「ケルベっ、ダメ!!」
今まさにリディに噛みつこうとするケルベを見て、ニケは叫んだ。
「いや、それでいい」
ケルベが口を開けたのを見て、リディはにやりと笑っていた。そして、ペンダントを巻きつけていた左手を剣から離すと、自分から食われにいくように、ケルベの口へ左手を突っ込んだ。
(毛皮が魔力の邪魔をするなら、内側から浄化してやる!)
ケルベの牙がリディの腕に食い込む。が、それと同時にリディはケルベの口に突っ込んだ左腕にありったけの魔力を込めた。
(ペンダントも剣と同じだ。これは私の腕であり、手のひらであり、私の心)
ジャッカに教えてもらった剣に魔力を流し込むコツ。それを左手に巻きつけたペンダントに行う。それを受けてペンダントは今までにないほどの清らかな青い輝きを見せた。
そして、それと同時にリディの腕の肉にケルベの牙が突き刺さり、骨が砕ける音がした。かつて経験したことのない感覚、自分の腕が自分のものでなくなっていく。リディは目を見開き、歯を食いしばり、感覚が失われていく左手に魔力を注ぎ込むことに集中する。
(喰い千切られる前に……)
「戻れえええぇぇぇ!!」
リディが叫んだのと同時に、ケルベの口は完全に閉じられた。しかし、閉じられたケルベの口から、リディが左手に持っていたペンダントの猛烈な光がケルベの口から溢れる。その強い光はそのままケルベを飲み込むように広がっていき、ケルベは力を失ったようにその場に崩れ落ちた。
「リディ!」
ケルベと同じくして倒れ込んだリディの元へとニケは駆け寄る。リディの左腕、二の腕から先は失われ、腕の断面からはどくどくと脈打つたびに血が吹き出す。
「あ……あぁ……」
ニケはリディのそばに寄ったものの、そのリディの姿になにもできなかった。
「ぐっ……ああぁあぁ」
倒れ込んだリディが、苦痛に呻く。しかし、意識が遠のくほどの痛みの中、リディはなんとか右腕を動かし、ポケットの中に手を突っ込んだ。
「はぁ……はぁ……っぐ」
そして、なんとか取り出したのは、小さな小袋だった。口が紐で結ばれたそれを、リディは右手だけで開けようとするが、手元が覚束ず小袋は地面へと落ちた。
その小袋はジャッカの家からの帰り道、怪しい商人から受け取ったものだった。商人のあの時の言葉、リディはその言葉に賭けていた。
『薬です。家の倉庫を整理してたら出てきたんです。どんなキズもたちどころに治すって書いてあったんすけど、ホコリかぶってて自分では食べる気にならないんであげます』
「ニ、ケ……それを……」
リディの言葉が終わる前にニケは動き出していた。ニケは小袋を拾うと、中の丸薬を取り出し、リディの口元へと運ぶ。
「リディ、食べて」
リディは口に丸薬を入れると、抜けていく力を振り絞って丸薬を噛み締め、一気に飲み込んだ。
(信じてるぞ……マーナ……)
ニケはリディの右手を手に取り、しっかりと握りしめる。リディの右手はまだ温かく、ニケが力を入れると、リディが弱々しく握り返す力が感じられた。しかし、その力も徐々に失われていく、左腕からの血は止まらず、血液と一緒にリディの命が流れ出しているようで、ニケは止まってくれと祈るが、医療の知識などないニケができることは、リディの手を握って祈ることだけだった。
一人ぼっちには慣れたつもりだった。村が滅んだあの時ニケは一人になり、もう何年の一人で旅をしてきた。ケルベたちを連れて、町に近づくことのできないニケは、この先親しい人などできないと思っていた。
しかしある時、リディと出会った。リディは最初こそケルベたちに攻撃してきたものの、ケルベたちを、そして、ニケを知ろうとし、ニケのことを導いてくれた。
ニケにとってリディという存在は、いなくてもいい人だった。それが旅の中で一緒にいてくれる人になり。今は一緒にいて欲しい人になった。
「リディ、死なないで……」
「……」
リディからの返事はなかった。
リディの呼吸が徐々に弱くなっていく。ニケは目を閉じ、祈るようにして両手で包んだリディの右手をギュッと握った。
――その時だった。
ニケが握っていたリディの手が、冷たくなりかけていたリディの手が、ほんのりと温かくなった。
ニケが目を開けると、リディの体がぼんやりと光っていた。その光は徐々に強くなるとリディを包み込むように広がっていく。強い光なのに、眩しくはなく、温かさと優しさを感じる不思議な光だった。
光はやがてリディの全身を覆い、リディの姿が見えないほどに一層強く輝く。リディのすぐ側にいるニケも、リディの手を握っていなければ、リディの姿を見失うほどの光だった。
リディを包み込んだ光はゆっくりと失われていき、徐々にリディの姿が見えるようになってきた。リディは元の場所に横たわったままだったが、先程までの血の気が引いた感じはなく、表情はただ眠っているように穏やかだった。
見ればケルベに喰い千切られ、完全に失われたはずの左腕が元からそこにあったように戻っていた。服の袖は千切られたままであるため、リディの左腕が完全にくっついて元に戻っていることが確認できる。
「……よかった」
ニケは袖で涙を拭い、小さく呟いた。安心感からか体からどっと力が抜けていく感じがした。掴んでいたリディの右手を下ろして、ニケ自身も一息つく。『ほぅ』と溜息をついた時、べろりと頬を何者かに舐められた。
ニケは、はっとして舐められた方を振り向く。忘れようもない、この舐められる感覚はニケが今まで何度も味わってきた感覚だ。
そこにはケルベがいた。
「ケルベっ!!」
ニケはケルベに抱きついた。さっきまでの禍々しい感じはもうない『いつもの』ケルベだった。ニケはケルベの顔を両手で掴み、ケルベの瞳を覗き込む。ケルベの瞳は透き通るような青い瞳に戻っていた。念の為三つ首それぞれの目を確認していくが、すべて青い状態だった。
ケルベが元に戻ったことを確認すると、ニケはケルベの頭をそれぞれわしゃわしゃと撫でてやる。ケルベは目を細めてそれを受け入れ、お返しとばかりにニケの頬を舐め回した。
ケルベと久しぶりのコミュニケーションを取ったところでニケは側で横になったままのリディを見た。リディももう落ち着いたようで、静かに眠っている。あの薬が本当に効くかどうかもわからない状態で、リディは自身の左腕と引き換えにケルベを元に戻してくれた。
それは、本当にリディの賭けだった。ケルベロスの毛皮が魔力を遮断するなら。その内側から魔力を放ってやればいい。
それが、リディの出した結論だった。リディはケルベの内側から魔力を放つため、ケルベにわざと左腕を喰わせ、喰いちぎられる前にケルベの体内へペンダントの魔力を放出した。
そして、リディの思惑通りにケルベの体内へペンダントの魔力は広がり、ケルベを蝕んでいた魔素はきれいに浄化されたのだ。
「むにゃ……ニケ、こら私の剣を食うな……」
よくわからないリディの寝言を聞いて、いつものリディだとニケは笑った。
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