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第88話 狙い
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黒き竜とこの国の初代国王との戦いは、七日七晩続いたと言われている。正確さを保証された歴史書などもなく、それが史実かはわからない。伝説というものは得てして大仰に語られるものだ。
リディが今目にしているニケ達と黒き竜との戦いも、リディの語り方によっては後世に同じように残されるかもしれない。誰も知らぬところで戦った英雄がいたのだと。人知れず現世に復活した黒き竜と戦い、再び世に破滅をもたらそうとする黒き竜を討ち取った英雄がいたのだと――。
だが、ニケはそんなことを望まないだろう。だからリディは自身の目に、心に、この戦いを焼き付けておこうと思った。誰も知らなくても、リディだけはニケ達が戦ったこと、この国を救ったことを絶対に忘れないと誓って。
黒き竜との戦いは終焉へと向かって、坂を転がるように加速していく。ニケが攻勢を強め、浄化の力を使ってさらに黒き竜が纏う魔素を引き剥がしていく。
一発、二発、三発。
ニケは動きが鈍くなり始めた黒き竜を的確に狙い、火球を受けた黒き竜は声を上げてもがいた。
だが、黒き竜もまだ斃れない。ニケの魔力と同じく、無限にも思われる魔素はニケが浄化しても、少し経つと再び黒き竜から湧き上がる。黒き竜が纏う靄は薄くなっているが、なくなりはしない。
徐々に劣勢へと追い込まれ、自身の思い通りにならない苛立ちからか、黒き竜は辺りに轟く咆哮を上げた。その様子はニケにイダンセのキドナを思い出させた。
「火の玉じゃ浄化しきれない……」
黒き竜の様子を見ながら、ニケがぽつりとつぶやく。ここまで百をゆうに超える火球を放った。浄化の力を込めた火球は黒き竜に効いてはいる。だが、黒き竜は浄化したそばから、溢れる魔素でまた元のように戻ってしまう。
遠方から放つ火球ではダメだ。それがここまで戦ってきたニケの結論だった。
あれには小手先の火力では通用しない。生半可な魔法では溢れ出る魔素を止められずに、すぐに元に戻ってしまう。
ニケが考えている間に、黒き竜は上空で体勢を立て直し、再び炎でニケを狙い始める。ここまでの戦いの中で、黒き竜はニケには近づこうとせず、上空から黒い炎だけで攻撃してくる。
黒き竜は魔素の塊だ。あの体でニケに触れられでもしたら、ニケは生きてはいられないだろう。しかし、黒き竜はニケに近づくことを選ばない。ニケはそこに勝機がある予感がした。
(魔力は十分撒いた……)
ニケはケルベ、バジル、グリフに目を向けると、いつもの魔力を飛ばすやり方で、それぞれに指示を出した。
これまでの戦い方の動きを踏襲しながら、ニケは黒き竜の炎を躱し、火球を放って対抗する。その動きの中で徐々にケルベとの距離を近づける。
「なにか、狙ってるな」
森の木に体を寄せて戦いを見守っていたリディは、ニケの動きに何らかの意図を感じた。まだ十分ではないが、休んだことでリディの魔力も徐々に戻ってきている。リディは自身の手のひらを見つめて、何度か手を握って開くのを繰り返した。
思った通りに体は動きそうだ。だが、リディが戦線に加わることが加勢になればよいが、竜の涙を失ったままのリディでは足手まといになることも考えられる。いや、むしろ足手まといになる可能性の方が高いだろう。その考えがリディに戦いに加わることを躊躇わせた。
(もう少し、降りてこい)
ニケは火球を放ちながら黒き竜の誘導を目論んでいた。火球は黒き竜のわずか上を狙い、それを避けさせることで、黒き竜の位置が下がるように誘導する。気取られぬように、今までと同じように火球を放ちつつ、わずかに狙いを変えた火球を織り交ぜる。
だが、黒き竜とニケの位置が近づくということは、ニケが黒い炎を避ける余裕も少なくなることを意味する。今はケルベにもニケのフォローはさせていない。ニケ自身の力で避けきる必要がある。
ニケは火球を放ちつつ、脚に魔力を集める。ニケが放った火球を黒き竜が躱し、反撃として横いっぱいに薙ぐように黒い炎を吐く。ニケは後ろに飛んで炎を避けるが、避けた先へと再び黒い炎が飛んできた。
ニケはとっさに外套を翻し、体から離した外套で黒い炎を受ける。そして、外套はそのまま放棄して、その場から飛び退いた。
長年愛用してきた外套だった。黒い炎を受けた外套は灰のようにあっさりとボロボロになって、風にのって流れていった。物悲しくはあるが、今はそれを感じている場合ではない。
(……あぶなかった、でも)
ニケに攻撃してきたことで、黒き竜は少し下方へと降下してきていた。上空からニケを見下している黒き竜は、自分より弱いであろうニケを未だに仕留められず、表情がないため定かではないが、苛立つ気配を漂わせている。
黒き竜が攻め手になり、ニケとの距離も縮まっている。
――今しかない。
ニケは魔力を込めた脚で地を蹴った。
リディが今目にしているニケ達と黒き竜との戦いも、リディの語り方によっては後世に同じように残されるかもしれない。誰も知らぬところで戦った英雄がいたのだと。人知れず現世に復活した黒き竜と戦い、再び世に破滅をもたらそうとする黒き竜を討ち取った英雄がいたのだと――。
だが、ニケはそんなことを望まないだろう。だからリディは自身の目に、心に、この戦いを焼き付けておこうと思った。誰も知らなくても、リディだけはニケ達が戦ったこと、この国を救ったことを絶対に忘れないと誓って。
黒き竜との戦いは終焉へと向かって、坂を転がるように加速していく。ニケが攻勢を強め、浄化の力を使ってさらに黒き竜が纏う魔素を引き剥がしていく。
一発、二発、三発。
ニケは動きが鈍くなり始めた黒き竜を的確に狙い、火球を受けた黒き竜は声を上げてもがいた。
だが、黒き竜もまだ斃れない。ニケの魔力と同じく、無限にも思われる魔素はニケが浄化しても、少し経つと再び黒き竜から湧き上がる。黒き竜が纏う靄は薄くなっているが、なくなりはしない。
徐々に劣勢へと追い込まれ、自身の思い通りにならない苛立ちからか、黒き竜は辺りに轟く咆哮を上げた。その様子はニケにイダンセのキドナを思い出させた。
「火の玉じゃ浄化しきれない……」
黒き竜の様子を見ながら、ニケがぽつりとつぶやく。ここまで百をゆうに超える火球を放った。浄化の力を込めた火球は黒き竜に効いてはいる。だが、黒き竜は浄化したそばから、溢れる魔素でまた元のように戻ってしまう。
遠方から放つ火球ではダメだ。それがここまで戦ってきたニケの結論だった。
あれには小手先の火力では通用しない。生半可な魔法では溢れ出る魔素を止められずに、すぐに元に戻ってしまう。
ニケが考えている間に、黒き竜は上空で体勢を立て直し、再び炎でニケを狙い始める。ここまでの戦いの中で、黒き竜はニケには近づこうとせず、上空から黒い炎だけで攻撃してくる。
黒き竜は魔素の塊だ。あの体でニケに触れられでもしたら、ニケは生きてはいられないだろう。しかし、黒き竜はニケに近づくことを選ばない。ニケはそこに勝機がある予感がした。
(魔力は十分撒いた……)
ニケはケルベ、バジル、グリフに目を向けると、いつもの魔力を飛ばすやり方で、それぞれに指示を出した。
これまでの戦い方の動きを踏襲しながら、ニケは黒き竜の炎を躱し、火球を放って対抗する。その動きの中で徐々にケルベとの距離を近づける。
「なにか、狙ってるな」
森の木に体を寄せて戦いを見守っていたリディは、ニケの動きに何らかの意図を感じた。まだ十分ではないが、休んだことでリディの魔力も徐々に戻ってきている。リディは自身の手のひらを見つめて、何度か手を握って開くのを繰り返した。
思った通りに体は動きそうだ。だが、リディが戦線に加わることが加勢になればよいが、竜の涙を失ったままのリディでは足手まといになることも考えられる。いや、むしろ足手まといになる可能性の方が高いだろう。その考えがリディに戦いに加わることを躊躇わせた。
(もう少し、降りてこい)
ニケは火球を放ちながら黒き竜の誘導を目論んでいた。火球は黒き竜のわずか上を狙い、それを避けさせることで、黒き竜の位置が下がるように誘導する。気取られぬように、今までと同じように火球を放ちつつ、わずかに狙いを変えた火球を織り交ぜる。
だが、黒き竜とニケの位置が近づくということは、ニケが黒い炎を避ける余裕も少なくなることを意味する。今はケルベにもニケのフォローはさせていない。ニケ自身の力で避けきる必要がある。
ニケは火球を放ちつつ、脚に魔力を集める。ニケが放った火球を黒き竜が躱し、反撃として横いっぱいに薙ぐように黒い炎を吐く。ニケは後ろに飛んで炎を避けるが、避けた先へと再び黒い炎が飛んできた。
ニケはとっさに外套を翻し、体から離した外套で黒い炎を受ける。そして、外套はそのまま放棄して、その場から飛び退いた。
長年愛用してきた外套だった。黒い炎を受けた外套は灰のようにあっさりとボロボロになって、風にのって流れていった。物悲しくはあるが、今はそれを感じている場合ではない。
(……あぶなかった、でも)
ニケに攻撃してきたことで、黒き竜は少し下方へと降下してきていた。上空からニケを見下している黒き竜は、自分より弱いであろうニケを未だに仕留められず、表情がないため定かではないが、苛立つ気配を漂わせている。
黒き竜が攻め手になり、ニケとの距離も縮まっている。
――今しかない。
ニケは魔力を込めた脚で地を蹴った。
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