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第89話 光
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魔力によって強化された脚力でニケは加速する。だが、直接黒き竜に攻撃を仕掛けるわけではない。ニケは黒き竜の炎を避ける時のように、黒き竜に対して垂直方向に駆け出していた。
「ケルベ!!」
ニケの走る先にいるのはケルベだ。ケルベはニケに合わせるように、少し遅れて加速を始める。最高速に達しているニケと、加速を始めたばかりのケルベ。その速度差によってニケとケルベの位置が少しの間重なる。その瞬間にニケはケルベに飛び乗った。ニケを乗せたままケルベは黒き竜の周りをぐるりと弧を描くように疾走する。
黒き竜はケルベを狙って黒い炎を吐くが、ケルベの速さが黒い炎が当たることを許さない。ケルベに移動と回避を任せ、ニケは左手に力を集中する。今までの火球を作るときとは違う魔力の集め方だ。
今まではニケの『体内の』魔力を練り上げ、左手に納めた竜の涙に魔力を注ぎ込んだ。そうして放った火球は黒き竜に躱されるか、あたっても少しの間魔素を浄化できるだけだった。それがわかってからニケは火球を作る際の魔力の練り方を変えた。火球が弾けた際に魔力が拡散しづらいように魔力の粘性とも呼べるものを上げ、火球が失われても魔力が残りやすくなるようにした。こうしておくことで、火球に効果がなくても火球に使った魔力は少しの間、その空間に停滞する。
これまでの戦いの中で、ニケが放った大量の火球。その火球の魔力が今、この周囲の空間を高濃度に満たしていた。
ニケはケルベの背に乗りながら自身の体内からのみでなく、この空間に満たされた魔力をも集めて練り上げる。高濃度の魔力は小さな光となってリディの目にも映る。
「光の粒……」
キラキラとした輝きがニケの左手に集まっていく。黒き竜の周りを回るようにケルベが駆けることで、撒き散らしていた広範囲の魔力をニケは回収していく。あとはこれを叩きつけるだけだ。
「バジル!!」
ニケの声をきっかけにケルベは更に加速する。このままニケを乗せたままケルベがジャンプしても黒き竜には届かない。ケルベの走る先、黒き竜への途中にバジルが待ち構えている。
ケルベはバジルへ向けて加速し、バジルの手前でバジルを飛び越えるようにジャンプした。そしてすぐさま空中で再びジャンプする体勢に入る。ケルベがジャンプのために踏み込まんとする四本の脚。本来なら何もないところを蹴るはずの四つ脚に地面のような足場が触れる。
それは、ケルベを高く飛ばさんとするバジルの尾だった。
ケルベはバジルの尾を足場代わりにしっかりと踏みしめ、強靭なバジルの尾は発射前の投石器のように力を溜める。そうして合わさった二頭の力はケルベの巨体を黒き竜へ向けて一気に撃ち放った。
ケルベの背に乗るニケは、左手に集めた魔力をすべて竜の涙へと注ぎ込む。溢れ出す浄化の青い光がニケの左手を包み、周囲を青く染め上げる。
黒き竜はその光から逃れるように、上空へと逃げようとする。
「グリフ!!」
逃げようとする黒き竜に暗い影が落ちる。そして、その体は鋭い爪によって捕まれ、逃げることのできぬよう、上空から降りてきたグリフによって押さえつけられた。
(グリフ……、こらえて!)
黒き竜が纏う魔素がグリフを蝕む。あまり時間はない。
目の前で魔素に飲まれそうになるグリフを見て、ニケに焦りが生まれた。このままケルベの背から飛び、左手の浄化の光の塊を黒き竜に叩きつける。やるべきことはわかっている。それが裏目に出た。
ニケはケルベの背中踏みしめ跳躍した。そして、グリフが抑えている黒き竜の元へ魔力を叩きつけるため、左手を振りかぶる。
――だが
(早かった……)
ケルベの背中から飛ぶのが僅かに早かった。ニケの体が黒き竜に届く前に失速を始める。このままでは黒き竜に左手は届かない。ニケは逡巡した。
黒き竜に接近はできている。魔力を直接叩きつけるのではなく、火球のように飛ばす形にはなるが、このまま一気に浄化の力を開放するべきか。それとも体制をを立て直すか。体制を立て直したとして、この機を再び作ることができるか。
迷いがニケの判断を遅らせる。そして、それが奏功した。
「そのまま――」
リディの声が耳に届く。
「いっけえええぇ!」
リディの叫び声が聞こえたのと同時に、ニケの体を風が押し上げた。リディが放った風の魔法、その風がニケを再び加速させる。ニケはその勢いのままに、周囲からかき集めた魔力と自身の魔力をありったけ込め、浄化の力に満ちた左手を黒き竜へと叩きつけた。
「はああああぁ!!」
ニケの叫び声とともに、辺り一面に清らかな青い光が迸る。その光は黒き竜を包み、光に溶け込むように、黒き竜の体は綻び始めた。魔素で形作られた黒き竜の体はバラバラと崩れ始め、崩れた魔素は浄化の力を受けて、やがて小さな粒子となり、青い光の中に溶けていった。
ニケの左手から溢れる青い光はニケの魔力が尽きるのとともに、徐々に失われていく。やがて光が収まり周囲の様子が確認できるようになると、グリフが抑え込んでいたはずの黒き竜は、ニケの浄化の力を受けて跡形もなく消え去っていた。
その様子をニケは地面へと向かって落下しながら見上げていた。ニケが落下するのとは裏腹に、ニケの左手に残る魔力の残滓が光の粒となって上方へと流れていく。ニケは見上げる先に漂っていくその粒子をぼーっと見ていた。
魔力は空っぽとなり、このまま地面に叩きつけられれば無事では済まないはずなのに、不思議と恐怖はなかった。それは、あてもなく探し続けていた黒き竜を倒せた達成感のせいかもしれない。未練も残らずやりきったからか、今この瞬間だけは、ただ、『なにもしないこと』に身を委ねていたかった。
そんなニケの体が地面へと落下する直前に、ふわりとした風に受け止められた。ニケの体は減速し、今度はもっとはっきりとしたものに受け止められる。ニケが見上げる視界にはリディの顔があった。
「やったな。ニケ」
ニケを受け止めたリディが柔らかな笑みを浮かべる。
「うん」
ニケは少し目をそらして、そう返事をした。
「ケルベ!!」
ニケの走る先にいるのはケルベだ。ケルベはニケに合わせるように、少し遅れて加速を始める。最高速に達しているニケと、加速を始めたばかりのケルベ。その速度差によってニケとケルベの位置が少しの間重なる。その瞬間にニケはケルベに飛び乗った。ニケを乗せたままケルベは黒き竜の周りをぐるりと弧を描くように疾走する。
黒き竜はケルベを狙って黒い炎を吐くが、ケルベの速さが黒い炎が当たることを許さない。ケルベに移動と回避を任せ、ニケは左手に力を集中する。今までの火球を作るときとは違う魔力の集め方だ。
今まではニケの『体内の』魔力を練り上げ、左手に納めた竜の涙に魔力を注ぎ込んだ。そうして放った火球は黒き竜に躱されるか、あたっても少しの間魔素を浄化できるだけだった。それがわかってからニケは火球を作る際の魔力の練り方を変えた。火球が弾けた際に魔力が拡散しづらいように魔力の粘性とも呼べるものを上げ、火球が失われても魔力が残りやすくなるようにした。こうしておくことで、火球に効果がなくても火球に使った魔力は少しの間、その空間に停滞する。
これまでの戦いの中で、ニケが放った大量の火球。その火球の魔力が今、この周囲の空間を高濃度に満たしていた。
ニケはケルベの背に乗りながら自身の体内からのみでなく、この空間に満たされた魔力をも集めて練り上げる。高濃度の魔力は小さな光となってリディの目にも映る。
「光の粒……」
キラキラとした輝きがニケの左手に集まっていく。黒き竜の周りを回るようにケルベが駆けることで、撒き散らしていた広範囲の魔力をニケは回収していく。あとはこれを叩きつけるだけだ。
「バジル!!」
ニケの声をきっかけにケルベは更に加速する。このままニケを乗せたままケルベがジャンプしても黒き竜には届かない。ケルベの走る先、黒き竜への途中にバジルが待ち構えている。
ケルベはバジルへ向けて加速し、バジルの手前でバジルを飛び越えるようにジャンプした。そしてすぐさま空中で再びジャンプする体勢に入る。ケルベがジャンプのために踏み込まんとする四本の脚。本来なら何もないところを蹴るはずの四つ脚に地面のような足場が触れる。
それは、ケルベを高く飛ばさんとするバジルの尾だった。
ケルベはバジルの尾を足場代わりにしっかりと踏みしめ、強靭なバジルの尾は発射前の投石器のように力を溜める。そうして合わさった二頭の力はケルベの巨体を黒き竜へ向けて一気に撃ち放った。
ケルベの背に乗るニケは、左手に集めた魔力をすべて竜の涙へと注ぎ込む。溢れ出す浄化の青い光がニケの左手を包み、周囲を青く染め上げる。
黒き竜はその光から逃れるように、上空へと逃げようとする。
「グリフ!!」
逃げようとする黒き竜に暗い影が落ちる。そして、その体は鋭い爪によって捕まれ、逃げることのできぬよう、上空から降りてきたグリフによって押さえつけられた。
(グリフ……、こらえて!)
黒き竜が纏う魔素がグリフを蝕む。あまり時間はない。
目の前で魔素に飲まれそうになるグリフを見て、ニケに焦りが生まれた。このままケルベの背から飛び、左手の浄化の光の塊を黒き竜に叩きつける。やるべきことはわかっている。それが裏目に出た。
ニケはケルベの背中踏みしめ跳躍した。そして、グリフが抑えている黒き竜の元へ魔力を叩きつけるため、左手を振りかぶる。
――だが
(早かった……)
ケルベの背中から飛ぶのが僅かに早かった。ニケの体が黒き竜に届く前に失速を始める。このままでは黒き竜に左手は届かない。ニケは逡巡した。
黒き竜に接近はできている。魔力を直接叩きつけるのではなく、火球のように飛ばす形にはなるが、このまま一気に浄化の力を開放するべきか。それとも体制をを立て直すか。体制を立て直したとして、この機を再び作ることができるか。
迷いがニケの判断を遅らせる。そして、それが奏功した。
「そのまま――」
リディの声が耳に届く。
「いっけえええぇ!」
リディの叫び声が聞こえたのと同時に、ニケの体を風が押し上げた。リディが放った風の魔法、その風がニケを再び加速させる。ニケはその勢いのままに、周囲からかき集めた魔力と自身の魔力をありったけ込め、浄化の力に満ちた左手を黒き竜へと叩きつけた。
「はああああぁ!!」
ニケの叫び声とともに、辺り一面に清らかな青い光が迸る。その光は黒き竜を包み、光に溶け込むように、黒き竜の体は綻び始めた。魔素で形作られた黒き竜の体はバラバラと崩れ始め、崩れた魔素は浄化の力を受けて、やがて小さな粒子となり、青い光の中に溶けていった。
ニケの左手から溢れる青い光はニケの魔力が尽きるのとともに、徐々に失われていく。やがて光が収まり周囲の様子が確認できるようになると、グリフが抑え込んでいたはずの黒き竜は、ニケの浄化の力を受けて跡形もなく消え去っていた。
その様子をニケは地面へと向かって落下しながら見上げていた。ニケが落下するのとは裏腹に、ニケの左手に残る魔力の残滓が光の粒となって上方へと流れていく。ニケは見上げる先に漂っていくその粒子をぼーっと見ていた。
魔力は空っぽとなり、このまま地面に叩きつけられれば無事では済まないはずなのに、不思議と恐怖はなかった。それは、あてもなく探し続けていた黒き竜を倒せた達成感のせいかもしれない。未練も残らずやりきったからか、今この瞬間だけは、ただ、『なにもしないこと』に身を委ねていたかった。
そんなニケの体が地面へと落下する直前に、ふわりとした風に受け止められた。ニケの体は減速し、今度はもっとはっきりとしたものに受け止められる。ニケが見上げる視界にはリディの顔があった。
「やったな。ニケ」
ニケを受け止めたリディが柔らかな笑みを浮かべる。
「うん」
ニケは少し目をそらして、そう返事をした。
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