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第2話 俺のプレゼン

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「ほら、若菜。照れてないでもう中入れ。顔洗って、ゆっくり風呂でも入ってこいよ。少しは落ち着くかもしれないぞ?」
「てっ、照れるに決まってるよ! だって雅貴、押しが強いんだもん。それに、いつもの雰囲気と全然違うから……ごにょごにょ」

 だんだんと、若菜の声が小さくなっていく。

「ん? どうした? 俺のこと、意識してるのか?」
「~~! そういうこと、言わないでっ! もう、私、中入る!」

 そう言って若菜は本当に部屋に入って行った。
 ピシャン、とガラス戸を閉めて。
 いつもより勢いよく閉めたのも、照れ隠しだろ?

「ハハッ」

 自然と笑いが込み上げる。
 まったく。これだから若菜は。
 俺の押しに照れるとか、可愛いすぎだろ。
 こうやって若菜に翻弄されている俺は、相当チョロすぎるな。

「ふう。とりあえず、告れた! 頑張った自分に乾杯、だな」

 ーープシッ!

 俺は、冷蔵庫から引っ張ってきた缶ビールを開けて、ゴクリと喉越しを楽しみ、ベランダの手すりにもたれ掛かる。

 噛み締めてるんだ。
 若菜と付き合うことができた喜びを。
 ずっとずっと、好きだった。
 お試しだけど、ようやく、手に入れたんだ。

「さぁ、明日からどうすっかな。せっかくのチャンス、本物にしねぇと」

 若菜に惚れてもらうために、最大限、努力しねぇとな。

「よし! 買い物、行くか!」

 ◇

 翌朝。
 そろそろ、会社に行く時間だ。
 俺は若菜の家の玄関の前にいる。
 右手には、を持って。

 ーーピンポーン!

「はぁ~い!」

 若菜も支度が済んでいたようで、すぐにガチャリとドアが開いた。

「おはよう、雅貴。昨日は、ありがと……」

 栗色の瞳と、少しウェーブがかった髪は、若菜の動きに合わせてフワリと揺れるボブヘア。
 くるんとあげた長いまつ毛。
 大きい目の下には泣きぼくろが1つ。
 150センチと小さい背丈。
 白いブラウスにタイトな黒スカート。

 これだけでもたまらないのに、照れ隠しからがふいっと目を逸らして居心地が悪そうに手で口元を隠した。

 照れている時の、若菜の癖。

「ーーったく、朝から可愛すぎかよ?」
「ふぇっ⁉︎」

 ほら。あっという間に真っ赤に顔を染め上げて。
 なんなんだこの小動物は。
 天使かもしれん。

「ちょ、ちょっと……恥ずかしいよぅ」
「仕方ないだろ? 本当のことだ」
「雅貴、Sなの? ドSなの?」
「そうかもな、ホラ、行くぞ」

 俺は若菜の手を半ば強引に引っ張って手を繋ぎ、指を絡めて優しく握る。

「きゃっ!」
「最寄駅までな? 電車に乗ったら、いつもどおりにするから」
「う、うん。わかった」

 ーーよし! 手繋ぎ作戦成功だ。

 俺だって、これでも一応照れている。
 敢えてポーカーフェイスキメてるだけだ。
 じゃないと男らしさが足りないだろ?
 恥ずかしいけど、昨日の夜中、何回もシュミレートしたんだ、これでも。

「あ、そうだ」

 出発するその前に。

「若菜、カーディガン羽織って来い。何着か持ってるだろ?」
「うん、でも今日は暑いよ?」

 本当、もっと自覚してくれ。
 俺は照れ隠しにそっぽ向こうかと思ったが、敢えて若菜の手をギュッと握ってジッと見つめる。
 ……先に言っておくが、見つめてるのは瞳だぞ?

「お前の白ブラウス、エロいんだよ。下着が見え隠れしそうで。下着のラインが見えてること、気づいてないだろ?」
「えっ、ホント?」
「気をつけてくれよな。『カノジョ』さん? 俺は他の男に、変な妄想されたくないんだ」
「うー。取ってくる~!」

 若菜はバタバタと家の中へ入って行った。
 若菜が家に入ってようやく、俺も少し緊張がほぐれる。

「ふー。やべぇな、俺もかなり緊張してるわ」

 手にかいた汗を、急いでハンカチで拭く。
 額の汗も。
 だけど、緊張している素振りを若菜には見せるわけにはいかない。

 若菜は多分、大人の男らしさを求めてる。
 若菜の好きな吉野先輩は、年上だし女性の扱いも上手い。同性の俺から見てもそう感じるから。
 負けるわけには、いかないんだ。

「お待たせ雅貴。行こう?」
「待ってましたよ、お姫様?」
「もっ、もう、からかわないでよ」

 そしてまた、俺から手を繋ぐ。ちゃんと指は絡ませて。

「て、照れるよ……」
「存分に照れてくれ。離さないから」

 俺の胸の音はまさか聞こえていないよな……。
 そんなことをふと考えながら、若菜のゆっくりな歩調に合わせて、俺たちは駅に向かって歩き始めた。

「若菜、緊張しすぎ。いつもならぺちゃくちゃ喋ってるだろ?」
「だって……手、繋いでるし。いちお、緊張、するし」
「ふーん。俺のこと、意識してくれてるんだ」
「ずるいよ! そういう言い方」
「否定しないんだ?」
「むー」

 いつもどおりを心掛けて、緊張し尽くしている若菜にたわいのない話を振っていく。駅まで徒歩15分。この時間も、俺にとっては貴重なアピールタイムだ。

「あのさ……」

 急に「あのさ」と言って、一瞬若菜はピタリと止まって俺を見上げた。

「どうした?」
「ねぇ、雅貴ってなんでこんなに慣れてるの? あっ、チャラいとかそういう悪い意味じゃなくて、素朴な疑問」
「ん? 若菜のことが、好きだからかな?」
「もー! またそうやって。……今までにも彼女さん、何人かいたよね?」
「あぁ、まぁ、な」

 俺は微妙にはぐらかす。
 こういう時はなんて答えるのが正解なんだ?

 『慣れてる』? それはベストな回答じゃないよな。それこそチャラそうだし。
 『緊張してるよ、俺だって』 これもなんだか微妙な気がする。良いような悪いようなって感じだよな。いっぱいいっぱいな感じがして余裕がなさそうに聞こえると思う。

 なんて答えようかと考えているうちに、自然と俺は無言になり。
 そんな俺をチラリと見て、若菜は少しだけ下を向いて、そしてゆっくり歩き出した。
 
「そうだよねぇ。雅貴、モテるもん」
「好きな子にモテなきゃ意味ねぇよ」

 んー。この返しで合ってるのか?

 本当は。
 恋愛経験はないに等しいちっぽけな俺。
 そりゃ、俺も26歳だ。付き合った女性は何人かいる。でもわれるまま、付き合ってただけだからな。
 一応俺も、モテないわけじゃない見た目だろうと自負してる。
 身長は180センチあるし、性格はツンでもなければクールでもない。話しやすい性格してると思う。顔も含めた見た目は上の下ぐらい、と言われたこともある(これってちょっと微妙な言い方じゃね?)。

 だから何回か、告ってもらえて、カノジョがいた時期がある。

 あ、言っておくけれど、付き合っている間は当時の彼女はもちろん大切にするぞ?

 でも、なんていうか、しっくりこなくて別れて。で、その繰り返し。

 そう。
 ここまで人を好きになったのは、若菜が初めてだから。これが俺の初恋かもしれないから。

 ーーだから。このチャンスは逃せないんだ。

「それじゃ、ここまでだな」

 駅に着いたから、俺の方から手を離す。
 電車には同じ会社のヤツがいるかもしれない。約束上、会社のヤツには付き合ってることを秘密にしなくちゃいけないからな。

「ここからは、いつもどおり出勤するか」
「わかった。あの……配慮してくれて、ありがとう」
「お礼を言うのは、まだ早いぜ?」

 と言いながら、ずっと持っていたを、若菜に手渡した。

「え? これ……」

 それは小さな、保冷バッグ。
 昨夜急いで買い出しに行った急拵きゅうごしらえのモノだから、バッグの色は黒だし、可愛い若菜には似合わないかもしれないけれど。

「これ、もしかして、お弁当?」

 俺はさすがに恥ずかしくなり、そっぽを向きながら答える。

「そ。手製のな。安心してくれ。俺はいつもどおりコンビニ弁当か社食にすっから。同じ弁当食べてるーとかって、いろいろ勘繰られることはないだろ」

「雅貴」

 言って若菜は俺のパーソナルゾーンにすっぽり入り込み、服の裾をキュッと掴んで上目遣いで俺を見た。

「ありがとう。嬉しいよ」
「やばいその顔。ていうか、反則」

 俺は照れ隠しにグシャグシャっと若菜の頭を撫でて、一歩先に歩き出す。

「もー! セットした髪が台無しだよ」

 そして俺は怒る若菜に振り返る。
 しかもとびきり、満面の笑みで。

「大丈夫。どんな若菜でも可愛いから」
「~~!」
 
 そして俺たちは少し間をとって、いつもどおり横並びで歩き、電車に乗った。
 吊り革に掴まる俺たち。
 若菜の赤らんだ横顔を見て、可愛いと思うと同時に、少し俺はホッとする。

 ーーちょっとは、俺のこと、意識してくれたかな。

 手作り弁当とか、我ながらあざといよな。『お料理男子』をワザとアピールしたわけだから。
 でもまぁ、俺はなりふり構ってられないわけで。

「次はどんなプレゼンをしようか」
「ええっ。そう、言われましても……」
「ははは」

 唇をキュッと噛み締めて、なんとも言えない表情の若菜。俺の鼓動は、自然と高鳴る。

 
 君を完全に手に入れるまで。
 俺は絶対、諦めない。



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