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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-26 本当は、わかってます(涙)

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「ねえねえゼラ。ミミリってば、帰ってきたからというもの、ず~っと本と仲良ししてるのよ?」
「あぁ、ヒナタさんにもらった錬金術の本だろ? ミミリがあれだけ夢中になるんだ。おそらくあれもスズツリー=ソウタさんの本じゃないのか?」
「そうだと思うけど……。さみしいのよぉ。私のミミりんを取られちゃったみたいで。本を読んでいる間のミミリって、集中しすぎてまるで聞こえてないんですもの」

 工房のカウンターの上に足をちょこんと投げ出して座るうさみは、少し拗ねた様子でぷくっと顔を膨らませた。

「ぷはっ! うさみもミミリも拗ねる様子って一緒なんだよな。2人ともソックリで可愛いよ」

「しら~」

「なんだよ、しら~って」
「キツネさんの真似よ、キツネさんの」
「んあ? キツネ?」
「どこかの地方の有名なキツネさんは、しら~っとした顔で見つめてくるらしいわ。こんなふうにね。『しら~』」

「ぷはっ! まったくほんとに、うさみって可愛いよな」
「ゼラってほんと、スケコマシ」


 ――カランカラン!
 工房の内扉につけた鐘が、来訪を告げる。
 赤髪の来訪者――コブシは気まずそうな表情を浮かべ、深々と頭を下げた。

「あ、あの……今日は、今日は、本当にゴメン!」

 あまりに深く頭を下げるので、開かれた扉の奥に見える夜空もよく見える。

「ええええ、やめてくださいっ! コブシさん」
「そうよ、コブシ、だってあれは……」

 コブシは、腰を折ったまま言葉を続ける。

「妹の失態は兄である俺の失態も同義! 聞けばあの銘酒はミミリちゃんたちが初めて新鮮な酒の名水を持ち帰ることに成功するという快挙の末に出来たらしいじゃないか……。俺は、俺は、なんと謝ったらいいのか」

 紡ぐ言葉を失ったまま顔を上げないコブシに、うさみもゼラも顔を見合わせて困惑する。
 

 工房内に漂う気まずい雰囲気を一変させたのは――、

「よおおおおおおおしっ! 行こう! おー!」

 ――ミミリの決意に満ちた大きな声。

 ミミリはこれまで読んでいた本『駆け出し冒険者の錬金術~盾と矛~』をパタンと閉じて、固く握った拳を天井に向かって元気よく上げたまま、来訪者にようやく気がつき小首を傾げた。

「あれ? コブシさん、こんばんは~? どうしてお辞儀してるんですか?」
「ミミリちゃんにも謝りたい! デイジーが……俺の妹が大変なことしちまって」
「大変なこと?」
「希少な汲みたての、酒の名水を……!」

 「あぁ、そのことだったら」と、ミミリはコブシに腰を突き出して【マジックバッグ】をアピールしてみせる。

「このバッグにまだまだたくさん汲んでありますから、大丈夫ですよ」

「え……」

 コブシはようやく顔を上げた。

 少し拍子抜けしてしまったコブシに、優しい心配りを欠かさないゼラ。
 ゼラは2階から持ってきた全員分の温かい飲み物をカウンターに並べながら、ミミリに質問をする。

「それでミミリ、どこへ行きたいんだ?」

「ええっとね、ルフォニアの綿花とかスリウムの原石が採れて……あとは一角牛に会えるところ!」
「うーん。どこか全く検討もつかないわ」

 「そうだよねえ」、と言いながらミミリはしょんぼり項垂れる。

「そうだ! この地に詳しいバルディさんに頼めばついてきてくれるかなぁ? ちゃんと報酬払ったりしたら」
「いいわね」 「いいな」


「それ……」
「え?」

 コブシは真剣な面持ちで言葉を続ける。

「それ、俺に任せてくれないか? もちろん、俺でも良ければだけど」

 話がまとまったところに水を差すようで悪い気がするものの、迷惑をかけたことへの穴埋めをしたいコブシ。
 親しいバルディのほうが楽しい冒険になるだろうとはわかっているものの、申し出ずにはいられなかった。

「いいんですか? コブシさん! よろしくお願いします」
「そうと決まれば荷造りだ! ミミリのバッグにしまってもらうためのパンケーキ焼かねえと」
「あら? ゼラの【マジックバッグ】でも別にいいのよ?」
「無理ってわかってんだろ、うさみ~」

 予想に反して好意的なミミリたちに、ホッと胸を撫で下ろすコブシ。コブシは改めてミミリたちに自己紹介をする。

「改めてよろしくな。俺はコブシ。C級冒険者のアタッカーだ」
「そういえばコブシさんは、何の武器で闘うんですか?」

 コブシはニヤッと不敵な笑みを浮かべてみせ、そして眼前で両の手のひらをギュッと握った。

「これさ! 俺は己の拳で闘う者。拳闘士だ」

 膝を軽く曲げ、タンタンと軽く床を蹴り滑らかな体重移動と軽いフットワークを披露するコブシ。
 
 コブシの華麗な足捌きを見て、うさみは思わず口笛を鳴らす。

「ヒュー! コブシ、かっこいいじゃない」

◆ ◆ ◆

 採集作業の最終目的地は、アンスリウム山。
 目的の錬金素材アイテムの1つ、スリウムの原石はここで採集することができるらしい。
 
 アンスリウム山は、アザレアの森と違ってモンスターの出現頻度が高いらしく、コブシは何度も「入念に準備するんだぞ!」と何故かゼラにだけ口酸っぱく言っていた。  
 なんと、アンスリウム山は入山規制がかかるほどモンスターとの遭遇エンカウント率が高いために、C級以上の冒険者2人の同伴が必要だということ。
 ミミリたちは駆け出しD級冒険者なので、コブシ以外にもう1人C級冒険者の同伴が必要になる。
 もう1人の冒険者はコブシがなんとかしてくれることになったので、お互いに準備を終えて、二日後の朝門扉で落ち合おうと決めた。


 ――そして入念な準備を済ませた当日。

 コブシとともに現れたもう1人の冒険者は、予想外の人物だった。
 赤髪に褐色の肌、深い緑色の瞳。肩出し白ニットに、紺のショートパンツ、黒のレースアップサンダル。
 黒ニットに紺のダメージパンツ、黒のブーツを纏ったコブシと似たような出立ちのこの女性は……。


「おはようございます! ミミリちゃん、うさみちゃん、ゼラくん。よろしくお願いします」

 と言いながら、ペコリと頭を下げたのは先日の騒動の原因――デイジーだった。

「デイジーさん⁉︎ 冒険者だったんですか?」

 ミミリの驚きもそのはず。
 今は早朝だが、もう少ししたら彼女は冒険者ギルドでの勤務があるはずで……。
 うさみは、冷静かつ気まずそうにデイジーに問う。

「デイジー、まさかとは思うけど、冒険者ギルドの仕事は……」
「――! まさか……」

 うさみの言葉に、ピンときてしまうゼラ。
 デイジーはこの上なく気まずそうに、恥じらいながら答えた。

「あはは……。実は先日の騒動が原因で、冒険者ギルドの仕事、しばらくお休みすることになりまして……」

「ええ?」
「「……(やっぱり)……」」

「まぁ、でも前向きなお休みなんですよ? 上司も時間は気にせず広い世界を見てこい! って言ってくれましたから。無給だけどな、とは言われましたけれど」
「ゴメン。本当はガウラさんを誘うはずだったんだけど、トントン拍子にこうなっちまって。ただ、ギリギリC級冒険者には達しているから頭数って意味でよしとしてくれないだろうか」

「もちろん、喜んで!」

 またまた深々と頭を下げるコブシと、素直に喜ぶミミリ。ゼラも好意的に受け入れている。
 
 一緒に冒険することは嬉しいし、ありがたい。
 ……だけれど。
 場の空気を壊しかねないとわかっていても、うさみはどうしても言いたくて仕方ない。

「あの、みんな気づいてるかどうかわからないけれど、無期限休暇? ってことは実質、懲戒解……」

 うさみが全てを言いかける前に、デイジーの表情に気がつき言葉を止める。

「うっううっ。わかってます、本当はわかってますよおお、うさみちゃん。だから私、尚更今回の採集作業で何らかの成果を上げて胸を張って復帰したいんです。だって、冒険者ギルドのお仕事が好きなんです~!」
「みんな、うちの妹が……本当にゴメン!」
 
 あわや泣き出しそうなデイジーと、妹のために必死に頭を下げるコブシ。先日の居酒屋食堂ねこまるでの騒動よりも前からデイジーのフォローに追われているだろうコブシはあまりに憐れ。

「わわわ! デイジーさんっ、泣かないでください~! コブシさん、お顔上げてください~!」

 2人と一緒に冒険することが楽しみであるとはいうものの……。

 どうやら今回の冒険も、波乱含みとなりそうだ。



 
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