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12. 男の名
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「……これ。あり、がと」
着替えを済ませて、ぶっきらぼうに布を差し出すメイリールの頭を、くしゃっと男が撫でる。
——また、ガキ扱い……!
みるみる不機嫌になるメイリールには構わず、男は淡々と肩から下げたカバンにメイリールから受け取った布を無造作に突っ込むと、歩き出した。慌ててメイリールも後を追う。
どこに向かっているのか聞こうにも、この森の中のことをメイリールはほとんど知らない。何度も木の根に足を取られそうになりながら、男の背中を見失わないように懸命に歩いた。翼を出そうかと何回も迷ったが、無駄に魔力を消費したくなかったから、やめておいた。
やがて、男が立ち止まり、メイリールに静かにしているようにと合図を送って、何かを狙うように姿勢を低くする。視界の端で何かが動くのと、男が手にした何かをそちらへ向かって投げたのがほぼ同時だった。
ギャッ、という悲鳴が上がった方向を見ると、ひと抱えはありそうな獣が横向きに倒れている。首元に、男が投げたと思しき短剣が刺さっていた。
男は獣に近づくと、手際よくとどめをさしたあと、動かなくなった獲物を脇に抱え、メイリールの方へ戻ってきた。
「お前も、こういった肉は食えるのか」
その後も小さな獣を数匹追加で仕留めて洞窟へと戻ると、慣れた手つきで解体しながら男が聞いてきた。
人間界に棲む生き物を食べたことがないメイリールは、答えに詰まる。
「わか……んない」
「まあ、物は試しだ。食ってみればいい」
そう言うと、男は火を起こし、切り分けた肉に何か調味料らしきものをふりかけると、次々と木の枝に刺して炙っていく。やがて、香ばしい匂いが洞窟の中に充満した。それにたまらずメイリールの腹が空腹を訴える。
「熱いぞ」
男が差し出した肉を、枝ごと受け取ってメイリールはかぶりついた。口の中に、肉の脂と旨味が広がる。
「……うまい」
摂取できる魔力の量こそ魔界の食物に比べれば劣るが、それでも今のメイリールには十分なご馳走だった。
次々とおかわりを要求し、焼いた分は二人であっという間に平らげた。男はさっさと火を片付けると、獣の残骸の処理に取り掛かった。
メイリールもなんとなくそばへ寄って、男のすることを眺める。
「こいつは皮が売り物になる。ある程度たまったら、街へ売りに行く」
「街へ……?」
「そうだ」
淡々と手を動かしながら話す男に、そういえばまだ名前も、どこから来たのかも、この男のことを何も自分は知らない、ということにメイリールは今更のように気付いた。
「お前、名前は?」
「……俺の魂を食う気か?」
冗談を言っているのか、表情の乏しい男の顔からは分かりにくい。はぐらかされたような気がして、メイリールは少しムッとした。
男は黙り込んだメイリールをちらっと見ると、付け加えた。
「俺の生まれ育った地方には、悪魔に名前を聞かれたら答えてはいけない、魂を食われるから、という言い伝えがあってな」
「なにそれ?」
そんな話、聞いたこともない。人間とはまあよくそんな迷信を思いつくものだ、とメイリールは感心した。
「違うのか?」
「確かに俺は魔族だけど、そんなことできないし、する理由もない」
憮然として答えるメイリールに、男が少しだけ笑ったように見えた。
「本当だな?」
初めて男がわずかに見せた笑顔に、メイリールの心臓がまた、どきりと音を立てる。なんとも形容のしがたい感覚が、メイリールの身体を駆け抜けた。
食う、食われる、という直接的な表現が、なぜかすごく官能的に聞こえて、動悸がおさまらない。
男は少しの間、意地の悪い顔をしてメイリールを見ていたが、口を開いた。
「……ディートハルト」
着替えを済ませて、ぶっきらぼうに布を差し出すメイリールの頭を、くしゃっと男が撫でる。
——また、ガキ扱い……!
みるみる不機嫌になるメイリールには構わず、男は淡々と肩から下げたカバンにメイリールから受け取った布を無造作に突っ込むと、歩き出した。慌ててメイリールも後を追う。
どこに向かっているのか聞こうにも、この森の中のことをメイリールはほとんど知らない。何度も木の根に足を取られそうになりながら、男の背中を見失わないように懸命に歩いた。翼を出そうかと何回も迷ったが、無駄に魔力を消費したくなかったから、やめておいた。
やがて、男が立ち止まり、メイリールに静かにしているようにと合図を送って、何かを狙うように姿勢を低くする。視界の端で何かが動くのと、男が手にした何かをそちらへ向かって投げたのがほぼ同時だった。
ギャッ、という悲鳴が上がった方向を見ると、ひと抱えはありそうな獣が横向きに倒れている。首元に、男が投げたと思しき短剣が刺さっていた。
男は獣に近づくと、手際よくとどめをさしたあと、動かなくなった獲物を脇に抱え、メイリールの方へ戻ってきた。
「お前も、こういった肉は食えるのか」
その後も小さな獣を数匹追加で仕留めて洞窟へと戻ると、慣れた手つきで解体しながら男が聞いてきた。
人間界に棲む生き物を食べたことがないメイリールは、答えに詰まる。
「わか……んない」
「まあ、物は試しだ。食ってみればいい」
そう言うと、男は火を起こし、切り分けた肉に何か調味料らしきものをふりかけると、次々と木の枝に刺して炙っていく。やがて、香ばしい匂いが洞窟の中に充満した。それにたまらずメイリールの腹が空腹を訴える。
「熱いぞ」
男が差し出した肉を、枝ごと受け取ってメイリールはかぶりついた。口の中に、肉の脂と旨味が広がる。
「……うまい」
摂取できる魔力の量こそ魔界の食物に比べれば劣るが、それでも今のメイリールには十分なご馳走だった。
次々とおかわりを要求し、焼いた分は二人であっという間に平らげた。男はさっさと火を片付けると、獣の残骸の処理に取り掛かった。
メイリールもなんとなくそばへ寄って、男のすることを眺める。
「こいつは皮が売り物になる。ある程度たまったら、街へ売りに行く」
「街へ……?」
「そうだ」
淡々と手を動かしながら話す男に、そういえばまだ名前も、どこから来たのかも、この男のことを何も自分は知らない、ということにメイリールは今更のように気付いた。
「お前、名前は?」
「……俺の魂を食う気か?」
冗談を言っているのか、表情の乏しい男の顔からは分かりにくい。はぐらかされたような気がして、メイリールは少しムッとした。
男は黙り込んだメイリールをちらっと見ると、付け加えた。
「俺の生まれ育った地方には、悪魔に名前を聞かれたら答えてはいけない、魂を食われるから、という言い伝えがあってな」
「なにそれ?」
そんな話、聞いたこともない。人間とはまあよくそんな迷信を思いつくものだ、とメイリールは感心した。
「違うのか?」
「確かに俺は魔族だけど、そんなことできないし、する理由もない」
憮然として答えるメイリールに、男が少しだけ笑ったように見えた。
「本当だな?」
初めて男がわずかに見せた笑顔に、メイリールの心臓がまた、どきりと音を立てる。なんとも形容のしがたい感覚が、メイリールの身体を駆け抜けた。
食う、食われる、という直接的な表現が、なぜかすごく官能的に聞こえて、動悸がおさまらない。
男は少しの間、意地の悪い顔をしてメイリールを見ていたが、口を開いた。
「……ディートハルト」
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