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「なによ、あの女! 最低!」
ぶつぶつとぼやきながら病室に入ると、寝台の上に上半身を起こしたエディがいた。ジェマに気付き、そちらに顔を向ける。
「エディ。具合はどう?」
怒りなど忘れ、エディの傍に駆け寄るジェマ。エディは、大丈夫です、と答えた。
「それより、その、僕とあなたの関係は、なんなのでしょう。家族ですか? それとも」
「それは……えーっと」
「そういえば、もう一人の女の人は? あの人は」
ジェマはぴくりと片眉を上げてから、腰を屈め、エディの手を握った。
「あの子が階段から落ちたとき、たまたま真下にいたあなたが受け止めたの。かなりの衝撃だったから、耐えきれず、そのまま倒れ、頭を打った。大まかな経緯はこうよ。そしてあの子は、ただの通りすがりの人。あなたの怪我が大したことないと聞いて、帰ってしまったけど」
「……そうだったんですね」
「うん。そしてあたしは、あなたの家族じゃなくて──恋人よ」
ジェマは両手で、エディの手を包み込み、真剣な表情で告げた。ジェマは内心、緊張していたが、エディは目を丸くしながらも、そうですか、とそれを受け入れた。
「……すみません、なにも思い出せなくて」
ジェマはそっと胸をなで下ろし、頬を緩めた。
「いいのよ。それより、その丁寧な言葉遣いは、止めてほしいかな」
「そう、だね。気をつけるよ」
「ふふ。大丈夫。自然でいいのよ。いま誰より不安なのは、あなたなんだから」
エディが「ありがとう」と微笑む。ジェマは、鼓動が早くなっていくのを感じた。
「あ、あのね。このあとお医者さんに診察してもらって、異常がないなら、帰っていいんだって」
「……帰る。そういえば、僕の家族は」
「……エディの両親は、もう亡くなっている、んだけど」
実父の兄に引き取られたあとのことは、知らない。けれど、エディが入院しても誰も病院に来なかったこと。あの女が、無責任にエディを見捨て、さっさと去って行ったことを考えると──。
(でも。あの女は伯爵令嬢で、エディはその婚約者なわけで。貴族の子息かって聞いたら、そうだって……いや、でも。はっきりとそう言っていたわけじゃなかったかも)
ぐるぐる悩んでいると、エディが、そう、と目を伏せた。それはそうだろう。家族がいないという事実に、ショックを受けない人間などそうはいない。
(──もういい。あたしは、エディのことだけを考える。貴族様の事情なんて、知ったことではないわ。もう絶対、エディを返してなんかあげないんだから)
弟のように、大切に想っていた。ずっと忘れられなかった。でも、大人の男になったエディと再会して、ジェマはきっと、一目惚れに近い感情を抱いた。でも、婚約者がいるから。気付かないふりをしていた。
なのに。
(……エディが記憶喪失になったのは、あたしのせいでもある。でも、そんなエディを捨てたのは、あなたよ)
「あたしは、あなたの婚約者。いずれ、結婚して家族になるの。だからあなたは、一人じゃないわ」
そう告げると、エディは、安心したように小さく笑った。その姿に、ジェマは確信した。
(これでよかったのかも。あんな女と結婚して、エディが幸せになれるはずないもの)
それから医師の診察を受けたエディは、その後、ジェマと共に、病院を後にした。
ぶつぶつとぼやきながら病室に入ると、寝台の上に上半身を起こしたエディがいた。ジェマに気付き、そちらに顔を向ける。
「エディ。具合はどう?」
怒りなど忘れ、エディの傍に駆け寄るジェマ。エディは、大丈夫です、と答えた。
「それより、その、僕とあなたの関係は、なんなのでしょう。家族ですか? それとも」
「それは……えーっと」
「そういえば、もう一人の女の人は? あの人は」
ジェマはぴくりと片眉を上げてから、腰を屈め、エディの手を握った。
「あの子が階段から落ちたとき、たまたま真下にいたあなたが受け止めたの。かなりの衝撃だったから、耐えきれず、そのまま倒れ、頭を打った。大まかな経緯はこうよ。そしてあの子は、ただの通りすがりの人。あなたの怪我が大したことないと聞いて、帰ってしまったけど」
「……そうだったんですね」
「うん。そしてあたしは、あなたの家族じゃなくて──恋人よ」
ジェマは両手で、エディの手を包み込み、真剣な表情で告げた。ジェマは内心、緊張していたが、エディは目を丸くしながらも、そうですか、とそれを受け入れた。
「……すみません、なにも思い出せなくて」
ジェマはそっと胸をなで下ろし、頬を緩めた。
「いいのよ。それより、その丁寧な言葉遣いは、止めてほしいかな」
「そう、だね。気をつけるよ」
「ふふ。大丈夫。自然でいいのよ。いま誰より不安なのは、あなたなんだから」
エディが「ありがとう」と微笑む。ジェマは、鼓動が早くなっていくのを感じた。
「あ、あのね。このあとお医者さんに診察してもらって、異常がないなら、帰っていいんだって」
「……帰る。そういえば、僕の家族は」
「……エディの両親は、もう亡くなっている、んだけど」
実父の兄に引き取られたあとのことは、知らない。けれど、エディが入院しても誰も病院に来なかったこと。あの女が、無責任にエディを見捨て、さっさと去って行ったことを考えると──。
(でも。あの女は伯爵令嬢で、エディはその婚約者なわけで。貴族の子息かって聞いたら、そうだって……いや、でも。はっきりとそう言っていたわけじゃなかったかも)
ぐるぐる悩んでいると、エディが、そう、と目を伏せた。それはそうだろう。家族がいないという事実に、ショックを受けない人間などそうはいない。
(──もういい。あたしは、エディのことだけを考える。貴族様の事情なんて、知ったことではないわ。もう絶対、エディを返してなんかあげないんだから)
弟のように、大切に想っていた。ずっと忘れられなかった。でも、大人の男になったエディと再会して、ジェマはきっと、一目惚れに近い感情を抱いた。でも、婚約者がいるから。気付かないふりをしていた。
なのに。
(……エディが記憶喪失になったのは、あたしのせいでもある。でも、そんなエディを捨てたのは、あなたよ)
「あたしは、あなたの婚約者。いずれ、結婚して家族になるの。だからあなたは、一人じゃないわ」
そう告げると、エディは、安心したように小さく笑った。その姿に、ジェマは確信した。
(これでよかったのかも。あんな女と結婚して、エディが幸せになれるはずないもの)
それから医師の診察を受けたエディは、その後、ジェマと共に、病院を後にした。
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