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マーシアが直接目にはしなくても、マーシアの学友や、ときにはパスカルのクラスメイトたちまで、その目撃情報を教えてくれた。それは心配から、またはパスカルへの嫌悪から報告してくれる者が大半だった。
聞くたびに、傷付きはする。けれどそれと同じぐらい、マーシアは惨めで、恥ずかしかった。
「ねえ、もういい加減にして! これで五度目よ?!」
「だから、ただの学友だってば。一緒に並んで歩くだけで、どうしてそんなに責められなければならないんだよ」
悪びれる様子もなく、パスカルがムッとする。最近は開き直ったかのように、この調子だ。
「はじめは許してくれたのに。自分の都合でそんなに怒るようになるなんて……マーシアって、そんなに心が狭かったんだね。ぼく、きみのこと嫌いになりそう」
「…………っ」
辛辣な言葉に、マーシアは声を詰まらせた。その様子を見て、パスカルは「ごめん」とすぐに謝罪してきたが、言葉とは裏腹に、表情に変化はなかった。
「でも、ぼくの事情も理解してほしい。将来のため、人脈を広げるためにしていることなんだから。嫉妬で束縛とか、止めてほしい。他の人の言葉なんて聞かないで、ぼくだけを信じて」
「…………」
「愛しているよ、マーシア。ぼくにはきみだけだ」
愚かだとわかっているのに。マーシアはその言葉だけで、それ以上、パスカルを追求することができなかった。
──でも。
それからほどなく。マーシアは、パスカルの屋敷で、パスカルと子爵令嬢の不貞行為を目の当たりにすることになる。
きっかけは、マーシアと特に仲が良い、学友であるニコールからの助言だった。
「マーシア。婚約者のことだけど……このままでいいの?」
休み時間に、ニコールが心配そうに声をかけてきてくれた。揶揄いなど一切ない声色に、マーシアが戸惑いながらも、小さく口を開く。
「……でも。パスカルは、女子生徒と歩いているだけで……腕を組んだりもしていないみたいだし」
「あなたという婚約者がいながら、女性と二人きりで会っているだけで、おかしいわよ。貴族令息として、まわりからどんな目で見られているかまるで理解してないし、あなたがみんなからどう思われているのかも、まったく想像ができていない」
伯爵令嬢のマーシア・マケラは、婚約者のパスカルから、軽い扱いを受けている。そう見られてもおかしくない行いをパスカルはしていたが、本人に自覚はない。マーシアが訴えても、パスカルは「それはみんながおかしいよ」と言って、まるで取り合ってくれずにいた。
「……何度も。何度も注意はしているわ。でも、聞いてくれないの。それに……不貞行為をしているわけじゃないから、婚約を破棄することもできない。だってパスカルは、学友とお話ししているだけだもの」
自分に言い聞かせるように、マーシアが語る。ニコールは「……本当にそうかしら」と一言、重く呟いた。
「え?」
「ごめんなさい。不安にさせるようなこと、言いたくはないけど……私は、あなたの婚約者が不貞行為をしていても、なにもおかしくないと思っているの」
マーシアの心臓が、一つ、跳ねた。
「い、いくらなんでも、そんなことパスカルはしない。だって、わたしを愛してくれているのは本当だものっ」
──パスカルは、そんなことしない。
言いながらも、マーシアは自分が動揺していることを自覚していた。
ニコールが「……うん」と、マーシアを真っ直ぐに見詰める。
「信じたいのね」
マーシアは言葉を詰まらせてから、そっと目を伏せた。
「……嫌われたくも、ないの」
ニコールは、そう、とマーシアの背中に優しく手を置いた。じんわりと感じる温もりに、泣きたくなった。
「明日のお休みは? デート?」
ニコールの問いに、いいえ、とマーシアは首を左右にふった。
「……パスカルが、用があるとかで」
「なんの用か聞いた?」
「……最初は聞いていたのだけど。近頃は、不機嫌になるから。怖くて聞かなくなってしまったの」
ニコールはなにか言いたげにしたが、それをぐっとのみ込み、代わりにもう一つ、質問をした。
「婚約者の屋敷を、約束もなしに訪ねたことある?」
「……おじさま──ゴンザレス子爵の屋敷に行くときは、手紙を必ず出していたわ。でも、王都に来てからは……ああ、いえ。一度、約束もなしに屋敷を訪ねたら、パスカルの機嫌を損ねてしまって……それからは、事前にパスカルと約束するように」
ニコールは「……あなたは、気付かないふりをしているの? それとも、考えないようにしている?」と、迷いながらもそれを口にした。
マーシアは答えない。それをニコールは、肯定と捉えたうえで、こう提案してきた。
「明日、婚約者の屋敷に行ってみたらどうかしら。もちろん、約束もなにもなしで」
「……それは」
「怖いなら、私も一緒に行ってあげるから」
「ニコール……」
確かな思いやりを感じたマーシアは、つんと鼻の奥が痛くなった。学園で知り合ってから、まだ二年も経っていないのに、幼いころからずっと一緒にいるパスカルより、ずっとマーシアを大切にしてくれているような気がした。
それが伝わったから、マーシアは決断した。
可能性を、考えていなかったわけではない。屋敷を突然訪ねることに不機嫌になるのは、パスカルが、自身の屋敷に、女性を連れ込んでいるためではないかということを。
確認するのが、怖かった。だから逃げた。パスカルの言うことに、従った。でもこれでは、いつまで経っても心は晴れない。
──このままじゃ駄目だって、いつも頭の片隅にはあったから。
「……弱いわたしの背中を押してくれてありがとう、ニコール」
ようやく小さく笑んだマーシアに、ニコールはほっと胸を撫で下ろした。
「当然よ。だってあなたは、私の大切なお友だちだもの」
「嬉しいわ。わたし、頑張ってくるからね」
「一人で行くの?」
「ええ。ニコールに、勇気をもらえたから」
笑うマーシアの手は、それでも少しだけ、震えていた。
聞くたびに、傷付きはする。けれどそれと同じぐらい、マーシアは惨めで、恥ずかしかった。
「ねえ、もういい加減にして! これで五度目よ?!」
「だから、ただの学友だってば。一緒に並んで歩くだけで、どうしてそんなに責められなければならないんだよ」
悪びれる様子もなく、パスカルがムッとする。最近は開き直ったかのように、この調子だ。
「はじめは許してくれたのに。自分の都合でそんなに怒るようになるなんて……マーシアって、そんなに心が狭かったんだね。ぼく、きみのこと嫌いになりそう」
「…………っ」
辛辣な言葉に、マーシアは声を詰まらせた。その様子を見て、パスカルは「ごめん」とすぐに謝罪してきたが、言葉とは裏腹に、表情に変化はなかった。
「でも、ぼくの事情も理解してほしい。将来のため、人脈を広げるためにしていることなんだから。嫉妬で束縛とか、止めてほしい。他の人の言葉なんて聞かないで、ぼくだけを信じて」
「…………」
「愛しているよ、マーシア。ぼくにはきみだけだ」
愚かだとわかっているのに。マーシアはその言葉だけで、それ以上、パスカルを追求することができなかった。
──でも。
それからほどなく。マーシアは、パスカルの屋敷で、パスカルと子爵令嬢の不貞行為を目の当たりにすることになる。
きっかけは、マーシアと特に仲が良い、学友であるニコールからの助言だった。
「マーシア。婚約者のことだけど……このままでいいの?」
休み時間に、ニコールが心配そうに声をかけてきてくれた。揶揄いなど一切ない声色に、マーシアが戸惑いながらも、小さく口を開く。
「……でも。パスカルは、女子生徒と歩いているだけで……腕を組んだりもしていないみたいだし」
「あなたという婚約者がいながら、女性と二人きりで会っているだけで、おかしいわよ。貴族令息として、まわりからどんな目で見られているかまるで理解してないし、あなたがみんなからどう思われているのかも、まったく想像ができていない」
伯爵令嬢のマーシア・マケラは、婚約者のパスカルから、軽い扱いを受けている。そう見られてもおかしくない行いをパスカルはしていたが、本人に自覚はない。マーシアが訴えても、パスカルは「それはみんながおかしいよ」と言って、まるで取り合ってくれずにいた。
「……何度も。何度も注意はしているわ。でも、聞いてくれないの。それに……不貞行為をしているわけじゃないから、婚約を破棄することもできない。だってパスカルは、学友とお話ししているだけだもの」
自分に言い聞かせるように、マーシアが語る。ニコールは「……本当にそうかしら」と一言、重く呟いた。
「え?」
「ごめんなさい。不安にさせるようなこと、言いたくはないけど……私は、あなたの婚約者が不貞行為をしていても、なにもおかしくないと思っているの」
マーシアの心臓が、一つ、跳ねた。
「い、いくらなんでも、そんなことパスカルはしない。だって、わたしを愛してくれているのは本当だものっ」
──パスカルは、そんなことしない。
言いながらも、マーシアは自分が動揺していることを自覚していた。
ニコールが「……うん」と、マーシアを真っ直ぐに見詰める。
「信じたいのね」
マーシアは言葉を詰まらせてから、そっと目を伏せた。
「……嫌われたくも、ないの」
ニコールは、そう、とマーシアの背中に優しく手を置いた。じんわりと感じる温もりに、泣きたくなった。
「明日のお休みは? デート?」
ニコールの問いに、いいえ、とマーシアは首を左右にふった。
「……パスカルが、用があるとかで」
「なんの用か聞いた?」
「……最初は聞いていたのだけど。近頃は、不機嫌になるから。怖くて聞かなくなってしまったの」
ニコールはなにか言いたげにしたが、それをぐっとのみ込み、代わりにもう一つ、質問をした。
「婚約者の屋敷を、約束もなしに訪ねたことある?」
「……おじさま──ゴンザレス子爵の屋敷に行くときは、手紙を必ず出していたわ。でも、王都に来てからは……ああ、いえ。一度、約束もなしに屋敷を訪ねたら、パスカルの機嫌を損ねてしまって……それからは、事前にパスカルと約束するように」
ニコールは「……あなたは、気付かないふりをしているの? それとも、考えないようにしている?」と、迷いながらもそれを口にした。
マーシアは答えない。それをニコールは、肯定と捉えたうえで、こう提案してきた。
「明日、婚約者の屋敷に行ってみたらどうかしら。もちろん、約束もなにもなしで」
「……それは」
「怖いなら、私も一緒に行ってあげるから」
「ニコール……」
確かな思いやりを感じたマーシアは、つんと鼻の奥が痛くなった。学園で知り合ってから、まだ二年も経っていないのに、幼いころからずっと一緒にいるパスカルより、ずっとマーシアを大切にしてくれているような気がした。
それが伝わったから、マーシアは決断した。
可能性を、考えていなかったわけではない。屋敷を突然訪ねることに不機嫌になるのは、パスカルが、自身の屋敷に、女性を連れ込んでいるためではないかということを。
確認するのが、怖かった。だから逃げた。パスカルの言うことに、従った。でもこれでは、いつまで経っても心は晴れない。
──このままじゃ駄目だって、いつも頭の片隅にはあったから。
「……弱いわたしの背中を押してくれてありがとう、ニコール」
ようやく小さく笑んだマーシアに、ニコールはほっと胸を撫で下ろした。
「当然よ。だってあなたは、私の大切なお友だちだもの」
「嬉しいわ。わたし、頑張ってくるからね」
「一人で行くの?」
「ええ。ニコールに、勇気をもらえたから」
笑うマーシアの手は、それでも少しだけ、震えていた。
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