姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ

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 逢わない、という選択肢は、ライナスの中にはなかった。

 ──だって、今夜が最後なのだから。


「マイラ嬢」

 月夜の下。名を呼びながらライナスが手を上げる。マイラの顔が、わずかに綻ぶのがわかった。

 嫌われてはいない、と思う。少なからず好意を抱いてくれているのではとさえ感じてしまう。

 ──きみは第一王子のことが、そんなにも好きなのか? 例え利用されるだけだとしても?

 訊ねてしまいたい気持ちはあった。もしかして、何か理由があるのではないか。そんな期待もあったのかもしれない。でも、聞くわけにはいかないから。

(……やっぱり、音が何だか切なく聞こえるな)

 マイラのバイオリンの音色を聞きながら、ライナスが胸中で呟く。わたしと同じように、別れを惜しんでくれているのだろうか。哀しんでくれているのだろうか。

 ──だとしたら、嬉しいけれど。

 曲が終わり、マイラがお辞儀をする。ライナスは拍手をしながら、マイラへと足を向けた。

「マイラ嬢。このあと少し、わたしと話しをしてくれないかな?」

「話し、ですか。どのようなことを……」

「何でもいいんだ。きみの好きな食べ物とか、趣味とか。そんな話しが聞きたいな」

「つ、つまらなくないですか……?」

「ちっとも。むしろ、とてもわくわくしているよ」

 マイラは意を決したように顔を上げ「わ、わたしもライナス殿下のこと、もっと知りたいです」と小さく声を上げた。

「そう? 嬉しいな」

 それから二人は、色んなことを語り合った。気付けばもう、いつもライナスが帰っていく時刻はとうに過ぎていた。



「ああ、もう月があんなに高く……」

 寂しそうに月夜を見上げ、マイラが静かに呟く。その横顔はとても儚げで、目をはなせばすぐに、泡となって消えてしまいそうだった。

 抱き締めてあげたい。そんな想いを隠しながら、ライナスは「素敵な音色を聞かせてくれてありがとう」と、右手を差し出した。マイラが応じるように、戸惑いながらもライナスの手を握った。

「こちらこそ。素敵な時間を、ありがとうございました」


 繋がった二人の手は、惜しむように、ゆっくりとはなれていった。

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