姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ

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 翌朝。

 学園に向かう馬車の中。マイラは一人、ぼんやりと曇り空を見上げていた。ライナスはもう、出立してしまったのだろうか。それともまだ、宮殿の中にいたのだろうか。

 どちらにせよ、もう逢えない。夜にあの庭でいくら待っていても、もうライナスには二度と逢えないのだ。

 その事実が、たまらなく哀しかった。たった三度。それも数時間一緒に過ごしただけなのに。

「わたしの初恋だったのかな……」

 ぽつりと呟く。哀しい。寂しい。もう一度逢いたい。でも、それは叶わないから。せめてこの想い出だけは、大事にしまっておこう。

 ライナスにはきっと、国で帰りを待っている婚約者がいるのだろう。その相手が、素直に、いっそ泣いてしまいたいぐらいに羨ましかった。

「いいなあ……」

 馬車が停止する。学園に着いたのだろう。マイラは姿勢を正した。馬車の扉が護衛役の男によって開けられる。

「マイラ様。着きましたよ」

「はい。ありがとうございます」

 差し出された手に右手を添え、馬車をおりる。左手にはいつものようにバイオリンケースを持って。「いってらっしゃいませ」と頭をたれる男に「いってまいります」と告げたマイラは、学園の入り口に向かって歩きだした。

 そのとき。

 馬が駆ける音と、叫び声があたりに響いた。マイラが音の方へと顔を向ける。

 制御を失った暴れ馬が、スピードをおとすことなくこちらに向かってくる。護衛の男が「マイラ様!!」とマイラの腕を引っ張り、学園の中へと入る。まわりの生徒たちも悲鳴をあげながら、逃げまどう。

 大きな悲鳴に怯え、馬がますます暴れる。恐怖からか、立ちすくんだまま動けなくなってしまった女子生徒に向かって、馬が駆けていくのがマイラの視界に入った。

「──危ない!」

 マイラは護衛役の男の腕を振り払い、その女子生徒を横から、両手で力一杯押した。女子生徒が地面に倒れる。マイラは前を向く。馬はもう、マイラの目の前で。スピードを落とすことなく、こちらに突進してくる。その動きはまるで、スローモーションのようにマイラの目にはうつった。


 ──例えば今日、ライナスが帰国する日でなければ。今晩も、ライナスに会えるとしたなら。


(……わたしはもっと必死に、逃げていたのかな)


 そんな考えを頭の隅に抱きながら、マイラは静かに目を閉じた。
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