19 / 57
19
しおりを挟む
翌朝。
学園に向かう馬車の中。マイラは一人、ぼんやりと曇り空を見上げていた。ライナスはもう、出立してしまったのだろうか。それともまだ、宮殿の中にいたのだろうか。
どちらにせよ、もう逢えない。夜にあの庭でいくら待っていても、もうライナスには二度と逢えないのだ。
その事実が、たまらなく哀しかった。たった三度。それも数時間一緒に過ごしただけなのに。
「わたしの初恋だったのかな……」
ぽつりと呟く。哀しい。寂しい。もう一度逢いたい。でも、それは叶わないから。せめてこの想い出だけは、大事にしまっておこう。
ライナスにはきっと、国で帰りを待っている婚約者がいるのだろう。その相手が、素直に、いっそ泣いてしまいたいぐらいに羨ましかった。
「いいなあ……」
馬車が停止する。学園に着いたのだろう。マイラは姿勢を正した。馬車の扉が護衛役の男によって開けられる。
「マイラ様。着きましたよ」
「はい。ありがとうございます」
差し出された手に右手を添え、馬車をおりる。左手にはいつものようにバイオリンケースを持って。「いってらっしゃいませ」と頭をたれる男に「いってまいります」と告げたマイラは、学園の入り口に向かって歩きだした。
そのとき。
馬が駆ける音と、叫び声があたりに響いた。マイラが音の方へと顔を向ける。
制御を失った暴れ馬が、スピードをおとすことなくこちらに向かってくる。護衛の男が「マイラ様!!」とマイラの腕を引っ張り、学園の中へと入る。まわりの生徒たちも悲鳴をあげながら、逃げまどう。
大きな悲鳴に怯え、馬がますます暴れる。恐怖からか、立ちすくんだまま動けなくなってしまった女子生徒に向かって、馬が駆けていくのがマイラの視界に入った。
「──危ない!」
マイラは護衛役の男の腕を振り払い、その女子生徒を横から、両手で力一杯押した。女子生徒が地面に倒れる。マイラは前を向く。馬はもう、マイラの目の前で。スピードを落とすことなく、こちらに突進してくる。その動きはまるで、スローモーションのようにマイラの目にはうつった。
──例えば今日、ライナスが帰国する日でなければ。今晩も、ライナスに会えるとしたなら。
(……わたしはもっと必死に、逃げていたのかな)
そんな考えを頭の隅に抱きながら、マイラは静かに目を閉じた。
学園に向かう馬車の中。マイラは一人、ぼんやりと曇り空を見上げていた。ライナスはもう、出立してしまったのだろうか。それともまだ、宮殿の中にいたのだろうか。
どちらにせよ、もう逢えない。夜にあの庭でいくら待っていても、もうライナスには二度と逢えないのだ。
その事実が、たまらなく哀しかった。たった三度。それも数時間一緒に過ごしただけなのに。
「わたしの初恋だったのかな……」
ぽつりと呟く。哀しい。寂しい。もう一度逢いたい。でも、それは叶わないから。せめてこの想い出だけは、大事にしまっておこう。
ライナスにはきっと、国で帰りを待っている婚約者がいるのだろう。その相手が、素直に、いっそ泣いてしまいたいぐらいに羨ましかった。
「いいなあ……」
馬車が停止する。学園に着いたのだろう。マイラは姿勢を正した。馬車の扉が護衛役の男によって開けられる。
「マイラ様。着きましたよ」
「はい。ありがとうございます」
差し出された手に右手を添え、馬車をおりる。左手にはいつものようにバイオリンケースを持って。「いってらっしゃいませ」と頭をたれる男に「いってまいります」と告げたマイラは、学園の入り口に向かって歩きだした。
そのとき。
馬が駆ける音と、叫び声があたりに響いた。マイラが音の方へと顔を向ける。
制御を失った暴れ馬が、スピードをおとすことなくこちらに向かってくる。護衛の男が「マイラ様!!」とマイラの腕を引っ張り、学園の中へと入る。まわりの生徒たちも悲鳴をあげながら、逃げまどう。
大きな悲鳴に怯え、馬がますます暴れる。恐怖からか、立ちすくんだまま動けなくなってしまった女子生徒に向かって、馬が駆けていくのがマイラの視界に入った。
「──危ない!」
マイラは護衛役の男の腕を振り払い、その女子生徒を横から、両手で力一杯押した。女子生徒が地面に倒れる。マイラは前を向く。馬はもう、マイラの目の前で。スピードを落とすことなく、こちらに突進してくる。その動きはまるで、スローモーションのようにマイラの目にはうつった。
──例えば今日、ライナスが帰国する日でなければ。今晩も、ライナスに会えるとしたなら。
(……わたしはもっと必死に、逃げていたのかな)
そんな考えを頭の隅に抱きながら、マイラは静かに目を閉じた。
249
あなたにおすすめの小説
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。
なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと?
婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。
※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。
※ゆるふわ設定のご都合主義です。
※元サヤはありません。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる