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「マイラ様がここを訪れたのは、どのぐらい前でしょうか」
「二時間ほど前ですね」
「……そうですか」
二時間。駄目だ。あてもなく探すには、時間が経ち過ぎていた。
アンバーは修道女に丁寧にお礼を告げると、馬車へと戻った。「宮殿に帰ります」と馭者に告げ、馬車に乗るなり、マイラからの手紙の封を急いで切った。
日が沈みはじめる、燃えるような光に照らされた手紙。はじめは、アンバーへの謝罪だった。次に、記憶喪失のふりをしようと思い至った経緯、それからのベーム公爵一家とヘイデンの態度。科白。全てがそこに書き記されていた。
手紙を掴む手に、力が入る。皺が寄り、いけないと思い、アンバーは力を抜いた。自身を落ち着かせるため、あえて口を開いた。
「──なるほど。婚約解消は記憶喪失を信じたヘイデン殿下から申し出たと。理由は『馬鹿なお前にはもう、何の用もない』から。更にベーム公爵は、年老いた貴族にマイラ様を渡そうとしたと。ずいぶん聞いたお話しと違うようですね」
アンバーのこめかみに、血管が浮き出る。マイラは全員の言葉を一言一句覚えており、全てを書き出していた。
そして──。
「……何ですか、これは」
アンバーは怒りにふるえていた。マイラがこれまで、ベーム公爵一家に──特にパメラとマヌエルにされてきたことまでもが、全て書き記してあったからだ。もちろん、階段から突き落とされたことも。
「……っ。どうしてもっと早くっ」
わかっている。理解はできる。そんなことをすれば、ベーム公爵一家に、ヘイデンに、何をされるかわかったものじゃない。それに例え打ち明けられていたとしても、アンバーには何もできなかった。それがわかるから、余計に辛かった。
ならどうして。いま、全てを打ち明けてくれる気になったのか。
アンバーはその理由を、続けられた文章から、すぐに知ることになる。
「二時間ほど前ですね」
「……そうですか」
二時間。駄目だ。あてもなく探すには、時間が経ち過ぎていた。
アンバーは修道女に丁寧にお礼を告げると、馬車へと戻った。「宮殿に帰ります」と馭者に告げ、馬車に乗るなり、マイラからの手紙の封を急いで切った。
日が沈みはじめる、燃えるような光に照らされた手紙。はじめは、アンバーへの謝罪だった。次に、記憶喪失のふりをしようと思い至った経緯、それからのベーム公爵一家とヘイデンの態度。科白。全てがそこに書き記されていた。
手紙を掴む手に、力が入る。皺が寄り、いけないと思い、アンバーは力を抜いた。自身を落ち着かせるため、あえて口を開いた。
「──なるほど。婚約解消は記憶喪失を信じたヘイデン殿下から申し出たと。理由は『馬鹿なお前にはもう、何の用もない』から。更にベーム公爵は、年老いた貴族にマイラ様を渡そうとしたと。ずいぶん聞いたお話しと違うようですね」
アンバーのこめかみに、血管が浮き出る。マイラは全員の言葉を一言一句覚えており、全てを書き出していた。
そして──。
「……何ですか、これは」
アンバーは怒りにふるえていた。マイラがこれまで、ベーム公爵一家に──特にパメラとマヌエルにされてきたことまでもが、全て書き記してあったからだ。もちろん、階段から突き落とされたことも。
「……っ。どうしてもっと早くっ」
わかっている。理解はできる。そんなことをすれば、ベーム公爵一家に、ヘイデンに、何をされるかわかったものじゃない。それに例え打ち明けられていたとしても、アンバーには何もできなかった。それがわかるから、余計に辛かった。
ならどうして。いま、全てを打ち明けてくれる気になったのか。
アンバーはその理由を、続けられた文章から、すぐに知ることになる。
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