婚約者はわたしよりも、病弱で可憐な実の妹の方が大事なようです。

ふまさ

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 名を呼ばれたレナルドは、振り返ったとたん、息を呑んだ。背筋が一瞬にして凍る。校舎内にいるリアが、窓からこちらに向かって必死に手を伸ばしている。その背後で、見たことのないほどに歪んだ顔をしているアビーが短剣を振り上げ、今にもリアの背中にそれを突き立てようとしていたからだ。

「──リア嬢っ!!」

 レナルドの位置から校舎まで、距離がある。とてもじゃないが間に合わない。焦ったレナルドは近くに落ちていた小石を拾い、アビーに向かってそれを投げた。それはアビーの額に命中し、アビーがよろける。その間にレナルドは駆け、窓から校舎内へと入り、アビーから短剣を奪い取った。アビーは抵抗するが、力でレナルドに勝てるわけもなく。

「……なんでぇ……なんでその女ばっかりぃ……っ」

 床に手をつき、アビーが泣きじゃくる。リアが震えながらアビーを見つめ、無意識にレナルドの服を掴む。気付いたレナルドが、そっとその手を握る。間もなく生徒たちに呼ばれてやって来た二人の教師に、アビーは項垂れたまま連れて行かれた。

 教師に促され、他の生徒たちが帰路につく中。レナルドとリアはまだ、校舎内の廊下にいた。

「──リア嬢。大丈夫ですか?」

 リアの右手を優しく両手で包み込みながら、レナルドがそっと訊ねる。

「……すみません。ふ、震えがなかなか止まってくれなくて……」

 強張った顔で、リアが小刻みに震える。左手は、レナルドの服を掴んだままだ。

「謝罪なんてよいのですよ。あんなに怖い目に合ったのですから、無理もありません」

「で、でも……これ以上、レナルド様にご迷惑をおかけするわけには」

 早く手をはなさなければ。そう思うのに、手がはなれてくれない。はなすのが怖い。リアはますます強くレナルドの服を握った。

「迷惑だなんて、思ったことはありませんよ」

「……でも、レナルド様は女性の方が苦手だと聞いたことがあります……ですから」

 小さくもらされる声に、レナルドは照れくさそうに笑った。

「ああ、まあ。得意ではないかもしれませんね。わたしには上に二人、姉がいまして。小さいころはよくおもちゃにされていましたから。そのせいでしょうね」

「……はじめて知りました」

「あまり人に話したことはないですから。ですが、いい加減そんなことばかり言ってはいられませんがね。親には早く恋人をつくれと毎日のようにせっつかれていますよ」

「……そう、でしょうね」

 そうだ。公爵家嫡男であるレナルドなら、こんなに優しくて頼もしい人なら、望めばきっとすぐにでも恋人ができるだろう。そう思うと、なんだか哀しくなった。

「リア嬢……?」

「あ、あの。もう大丈夫です。ありがとうございました」

 リアは、ぱっと手をはなし、レナルドからはなれた。その手を、レナルドに掴まれた。

「……まだ震えているではありませんか」

「も、もう平気です。これ以上、レナルド様の優しさに甘えるわけにはいきません」

 つかの間の沈黙のあと。レナルドがそっとリアの手をはなした。それをリアが残念に思っていると。

「……誰にでも優しくするわけではありません。リア嬢も言っていた通り、わたしはあまり女性が得意ではないのですから」

「レナルド様……?」

 リアが顔をあげる。レナルドの真っ直ぐな視線とぶつかった。

「──放っておけない。守ってあげたい。そう思った女性は、あなたがはじめてです」

 リアが目を丸くする。それはつまり──。

「……わたしは、少なくともレナルド様に嫌われてはいないということでしょうか」

「もちろんですよ」

 リアは、おずおずとレナルドに手を伸ばした。

「……なら、もう少しだけ手を繋いでいてもらってもいいでしょうか」

 レナルドは「喜んで」と、優しく微笑んだ。
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