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 泣き疲れ、眠ってしまったマリー。朝の光に目を覚ましたマリーの脳裏に、唐突にある記憶がよみがえってきた。

『……ああ、ルイス……ルイス……っ』

 泣きじゃくるジャスパー。その目の前で、血まみれで横たわるルイス。

『あんなに危ないと注意したのに……っ』

 ジャスパー。泣かないで。あなたのせいじゃないわ。マリーが必死で慰める。

『だって、ぼくは一緒にいたんだ……もっと強くルイスを止めていれば……っ』

 マリーは寝台から飛び起き、日付と時間を確認した。さっと顔を青ざめ、急いで着替えると、部屋を飛び出した。

「お父様! お父様!」

 父親の寝室に、ノックもなしに入った。まだ眠っていた父親が、びくっと身体を揺らしながらパチッと目を覚ました。マリーは寝台に近付き「──今日、ルイスが死にます!」と叫んだ。

「なっ……」

 父親が上体を起こす。マリーが頭を抱える。

「わたし……わたし、どうしてこんな大事なことを忘れていたのかしら……っっ」

『ルイスのことを思い出すのはとても悲しいから、忘れることにしたんだ。マリーも忘れて? ね?』

 ジャスパーは言った。ルイスの命日は、むろんちゃんと覚えていたけど、ジャスパーが忘れたいと。話題にださないでと願ったから、いつしかマリーは、ルイスのことを思い出さなくなってしまっていた。何と愚かなことだろうか。いや。反省する前に、行動しなくては。

「お父様、いまならまだ間に合います! 一緒にシュルツ伯爵家に来てください!」

「あ、ああ。ルイスを救わなくてはな!」

「わたし、馬車の用意をしてくるように頼んできます!」

 マリーは階段を走ってくだりながら、当時の状況、記憶を、必死に手繰り寄せていた。

 ルイスとジャスパーは、ルイスの部屋で一緒に遊んでいた。するとルイスが、バルコニーの手すりにのぼった。危ないからおりなさいとのジャスパーの忠告を無視したルイスは、足を滑らせ、二階のバルコニーから落下し、命をおとした──これらは、ジャスパーから聞いたことだ。

 庭に何かが落ちる音を聞き付けた使用人たちが目撃したのは、血だまりの中に横たわるルイスと、ルイスの部屋のバルコニーからこちらを見下ろすジャスパーの姿だったという。

 その少し後に屋敷を訪れたマリーが見たのは、庭に横たわるルイスの前でうなだれながら、声をあげて泣き続けるジャスパーの姿だった。

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