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ニアがはじめて笑えた日。
それは、クリフが産まれたとき。
はじめて、我が子を抱いたとき。
愛しい人との子を抱き締めたその瞬間、ニアは、確かに笑ったのだ。
それを目撃したアラスターや、アラスターの父母、そしてニアの祖父は、揃って涙を滲ませた。それこそ、クリフの誕生と同じぐらいに歓喜した。
それからニアは、家族の前でだけではあるが、少しずつ、笑顔を見せるようになっていった。
なのに。
正直、存在すら忘れかけていた、嫌悪する相手とやり直したいと思われていたのは、素直にショックだった。
「……ニア。わたしは──ニア?」
こてん。アラスターの肩に額をつけ、ニアがだらんと腕を寝台にのせた。アラスターがため息をつく。
(……また寝てしまった)
ニアは抱き締めると、わりと高確率で眠ってしまう。安心してくれているのは嬉しいが、男として意識されていないようにも感じ、少し複雑な気分になる。
起こさないようにそっとニアの身体を横たえ、布団をかける。穏やかな寝息に、アラスターの顔がふっと緩む。
「いいさ。何度でも、きみだけを愛していると伝えるから」
眠るニアの額に、口付けを落とす。
夢現の中。ニアが、違うのです、と心の中で呟く。
信じていないわけじゃない。
ただ、いつだって自信がなくて。
怖いだけ。
『……そうだと言ったら?』
心臓が止まるかと思った。自覚もなくニアは、アラスターの気持ちを確かめたかっただけだから。感情を表に出せないだけで、ニアはいつも、アラスターが想像するよりもずっと、アラスターの一挙一動に心が揺れている。
『嘘に決まっているだろう。信じないでくれ』
『当たり前だろう。あいつを目の前にしたとき、わたしがどれほど不快だったか』
あの言葉にどれほど安堵したか。アラスターは知らない。
翌朝。瞼を開けたニアは、隣を見た。アラスターが眠っている。いつもと同じ光景。それだけで、ニアの頬が自然と緩む。
アラスターが思うよりもずっと、ニアは笑えるようになっている。ことを、アラスターはまだ知らない。
──でも。
「おかあさま」
寝台に横になるニアを小声で呼ぶ、幼い声色。ニアは寝返りを打ち、寝台の近くに立つ息子に顔を向けた。
「またノックもなしに入ってきたのですね。おとうさまにしかられますよ?」
「だって。おとうさまのねがおをみているおかあさまは、いつもうれしそうだから。ぼくはそんなおかあさまをみるのが、すきなんです」
ニアが、そうですか、とクリフの頭を撫でる。
「恥ずかしいから、お父様には秘密ですよ?」
「はい」
二人が静かに、楽しげに会話する。
アラスターがこのことを知るのは、もう少し後のこと。
─おわり─
それは、クリフが産まれたとき。
はじめて、我が子を抱いたとき。
愛しい人との子を抱き締めたその瞬間、ニアは、確かに笑ったのだ。
それを目撃したアラスターや、アラスターの父母、そしてニアの祖父は、揃って涙を滲ませた。それこそ、クリフの誕生と同じぐらいに歓喜した。
それからニアは、家族の前でだけではあるが、少しずつ、笑顔を見せるようになっていった。
なのに。
正直、存在すら忘れかけていた、嫌悪する相手とやり直したいと思われていたのは、素直にショックだった。
「……ニア。わたしは──ニア?」
こてん。アラスターの肩に額をつけ、ニアがだらんと腕を寝台にのせた。アラスターがため息をつく。
(……また寝てしまった)
ニアは抱き締めると、わりと高確率で眠ってしまう。安心してくれているのは嬉しいが、男として意識されていないようにも感じ、少し複雑な気分になる。
起こさないようにそっとニアの身体を横たえ、布団をかける。穏やかな寝息に、アラスターの顔がふっと緩む。
「いいさ。何度でも、きみだけを愛していると伝えるから」
眠るニアの額に、口付けを落とす。
夢現の中。ニアが、違うのです、と心の中で呟く。
信じていないわけじゃない。
ただ、いつだって自信がなくて。
怖いだけ。
『……そうだと言ったら?』
心臓が止まるかと思った。自覚もなくニアは、アラスターの気持ちを確かめたかっただけだから。感情を表に出せないだけで、ニアはいつも、アラスターが想像するよりもずっと、アラスターの一挙一動に心が揺れている。
『嘘に決まっているだろう。信じないでくれ』
『当たり前だろう。あいつを目の前にしたとき、わたしがどれほど不快だったか』
あの言葉にどれほど安堵したか。アラスターは知らない。
翌朝。瞼を開けたニアは、隣を見た。アラスターが眠っている。いつもと同じ光景。それだけで、ニアの頬が自然と緩む。
アラスターが思うよりもずっと、ニアは笑えるようになっている。ことを、アラスターはまだ知らない。
──でも。
「おかあさま」
寝台に横になるニアを小声で呼ぶ、幼い声色。ニアは寝返りを打ち、寝台の近くに立つ息子に顔を向けた。
「またノックもなしに入ってきたのですね。おとうさまにしかられますよ?」
「だって。おとうさまのねがおをみているおかあさまは、いつもうれしそうだから。ぼくはそんなおかあさまをみるのが、すきなんです」
ニアが、そうですか、とクリフの頭を撫でる。
「恥ずかしいから、お父様には秘密ですよ?」
「はい」
二人が静かに、楽しげに会話する。
アラスターがこのことを知るのは、もう少し後のこと。
─おわり─
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