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デニス
しおりを挟む……謝りに行こう。
このままうやむやにしてしまいたい気持ちはあるけど、それで良いわけない。
時間が経てば経つほど気まずくなるし、俺の弱い心は逃げようとするだろう。
床で頭を抱えていた俺は、わざと勢いをつけて立ち上がる。
重い扉を押し開いて、廊下に飛び出した。
とにかく会って、ちゃんと謝ろう。
許して貰えるか分からないし、謝るってことがただの自己満足かもしれないけど、それでも謝ろう。
この先、勘違いなんてしない。
俺は心のどこかでキスぐらい、って思っていたのかもしれない。
それくらいは受け入れてもらえるかもって。
アスファーは優しいし、穏やかだし、いつだって俺を勘違いさせるほど甘い言葉をくれた。
だから、恋人にはなれなくても、強く拒絶はされないんじゃないかと思っていたのかもしれない。
だって俺は彼にとって、選ぶことのできない『番』なんだから。
そこまで考えて、俺はどこまで最低なんだと自己嫌悪に陥る。
断ることのできない『番』だから優しくしてくれていたのに、その立場を利用して迫るなんて最悪過ぎる。
キスをしようとしたことだけじゃなくて、そんな俺の腐った性根にも嫌気がさして当然だ。
でももう二度と触れようとなんてしないし、触れて欲しがったりもしない。
俺が彼を好きだって気持ちは捨てられないけど、それを表に出さない努力はする。
だから……どうにか許してくれないだろうか。
絶対に気持ちの悪い思いはさせないから。
彼が嫌だというならあまり近寄らないようにする。
番だからと言って気を遣わなくてもいいし、この今受けている特別扱いだっていらない。
だから、気持ち悪い側に寄るなと嫌わないで欲しい。
これで彼との関係が切れてしまうのはどうしても嫌だった。
これまでのように頻繁に会えなくてもいい。
それでも少しは顔を合わせたり、言葉を交わしたりしたい。
俺が王宮を出てからも、たまに訪れることを許してほしい。
できれば、その時は先ほどみたいに、顔も見たくないと態度で拒絶しないでほしい。
とんだワガママだって分かっているけど、彼に嫌われるかもしれないと思うと、足元が崩れるような気持ちになる。
それはこの世界で初めて会ったアスファーに依存しているからなのか……番としての本能なのか分からない。
それでも、今の俺にできることはただ誠心誠意謝ることだけだと、足を速めた。
よく磨かれた廊下の上を駆けるけれど、一体どちらにアスファーが出て行ったのか見当もつかない。
長い廊下で柱をいくつも通り過ぎて、ようやく出会った男たちに声を掛けた。
「すみません!」
少しきれた息を整えて男を見ると、彼は背が高く壮年で、上等そうな服を身に着けていた。
緩くウェーブする黒髪に、ともすれば無精にも見える髭が、どこか悪そうな雰囲気を醸している。
ぞろぞろと部下らしき人たちを引き連れているし、おそらく貴族で本当なら俺が声を掛けていい存在じゃなかったのかもしれない。
だが目の前の男は、気にした風でもなく笑顔を見せた。
「これはこれは番様。こんなところでお一人でどうなさいました?」
「アスファーに会いたいんです。どこにいるか知ってますか?」
「風竜様ですか? でしたら、先ほどから庭園の方に向かわれていましたが……、」
男はすい、と視線を窓の外に動かす。
その妙に歯切れの悪い言い方に、なにかあるのかと俺が首を傾げると、困ったように微笑して言葉を続けた。
「その、あまりご機嫌がよろしくないご様子でしたので」
「そう……でしたか。ありがとうございます」
「お待ちください、番様! 私はデニス・モルターリと申します。どうぞ、何かご不便がありましたらお申し付け下さい」
デニスと名乗った男は、今にも駆けだそうとする俺の手首をそっと掴んで、自分の胸に手を当てて軽く頭を下げる。
その視線はまるで俺を値踏みするようで、なんだか嫌だなと生理的に思う。
だけど王宮で立場のある人間に失礼な態度も取れなくて、俺はつられるように頭を下げた。
「昼井 宇一です。不便はとくにありませんけど、ありがとうございます。モルターリ様」
「番様は、お噂通り無欲であられる。どうぞ、今後はデニス、とお呼びください」
デニスは、俺の手首をそっと撫でると手を放す。
なんとなく嫌だと思った原因はこれか。
この男の視線は、出会いを求めるバーなんかで俺を値踏みする男たちのものに似ている。
アスファーに会って、もうそんな所には行かないと思っていたけれど、まさか真昼間から似たような視線を浴びせられるとは。
昔であれば違和感なんて感じなかった。
だけど今は……触れられることに嫌悪感しかない。
俺は無言で頭を下げると、今度こそデニスの手を振り切って走り出した。
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