俺が竜人の番に抱いてもらえない話する?

のらねことすていぬ

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誘惑

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「宇一様、そんなところで……どうなさいました?」


一瞬、アスファーが来たのかと思った。
だが囁くような、唆すような甘い男の声に、違ったんだと無駄に跳ねた心にため息をついた。
自分で見つからないように逃げてきたのに俺はまだ期待しているのか。

アスファー以外に俺のことを宇一と呼ぶ人はいないはず……と脳裏に疑問がよぎる。
顔を上げる気にはならず黙っていると、男は幽かな靴の音とともに近づき、俺の傍にしゃがみ込んだ。


「泣いていらっしゃる?」


腕の隙間からちらりと覗くと、そこには苦い笑いを浮かべたデニスが膝をついていた。
緩くうねる黒髪に、鍛えているであろう体。
歳はおれより10は上だろうけど、逞しい肢体はしなやかな肉食獣のようだ。

そうだ。この男はセッテとかと違って、名乗った時から俺のことを名前で呼んでいた。
さっきは急いでいたからまったく気にしていなかったけど、今は小さな違和感を感じる。


「……構わないでください、大丈夫です」

「大丈夫って顔ではありませんね。ああ、そんなに目を擦らないでください。腫れてしまいますよ」


再び顔を伏せると、芝居がかったような言葉が掛けられる。
その言葉に俺は思わず頭に血が上って勢いよく顔を上げる。

俺が泣いていたらどうしたって言うんだ。
目が腫れたらどうしたって言うんだ。
誰も困らないし、気にもしない。

元々不細工な俺が余計に見れない顔になっても別にいいだろう。
誰も気づきもしないかもしれない。

アスファーと一緒にいた美青年だったら嘆く人がいるかもしれない。
でも番のアスファーにだって面倒な相手と思われている俺を、気に掛ける人なんていない。

だったらせめて見ていないフリをして、一人にして欲しいのに。


「別に腫れたっていいでしょう、こんな顔!」

「宇一様、こんな顔なんておっしゃらないでください」


感情的に怒鳴った俺に、返ってきたのは冷静な声と困ったような微笑だった。
側に膝をついて、俺と視線の位置を合わせたデニスは、完全に癇癪を起す子供をあやす大人だ。

その温度の差は、嫌でも俺を冷静にさせた。
苛立ちをあっさりと受け流されて、俺は目元を手で覆って声を絞り出した。


「……すみません、今のは……八つ当たりでした」

「お気になさらず。」


自分の器の小ささを露呈してしまった恥ずかしさと、まだ消化しきれない悲しみや苛立ち。
それらをなんとか押さえつけようと目を瞑ると、デニスはそっと俺の肩に手を乗せた。


「泣くほど辛いことがあったんでしょう?そういう時は他人に甘えればいい」

「いえ、本当にすみません。いい大人が泣いて、見苦しいですね」

「宇一様…………泣くのに歳は関係ありませんよ」


どこか悪そうな匂いのする男から、至極全うなことを言われる。
俺が一目見て心の奥まで射抜かれたアスファーからは嫌われて、胡散臭い男からは優しい言葉を掛けられる。
それがなんだかおかしくて少し笑えた。



「ありがとう、ございます。そう、かもしれない、ですね」

「嫌でなければ、私に吐き出してみませんか?見ず知らずの方が言えることもあるでしょう。通りかかったのも何かの縁です。他言はしません」

「それ、は……」


そのまま背中を撫でられて低い声が耳の中に這入り込んでくる。
辛い気持ちを吐き出すというのは、確かに甘い誘惑だ。
泣いて誰かに弱みを晒して、俺は悪くないのに不幸になると喚いてしまいたい。

だけど俺は仮にも、まだアスファーの『番』で。
目の前の貴族の男とアスファーがどういう関係かも分からない。

ここで素直に状況を話してしまっていいとは、とても思えない。
言葉を詰まらせると、デニスはすっと目元を眇めた。


「風竜様は、夜にあなたの部屋を訪れない。……それが、もしや関係されてますか?」

「は、何を言って、」


アスファーは関係ない。
そう言いたかったけど、俺の肩は派手に跳ねあがってしまい、声まで震えて。
ここで誤魔化すなんて肯定しているようなものだと諦める。


「夜に訪れるもなにも、俺とアスファーはそういう関係じゃないですよ。……皆、勘違いしているんだ。番だけど、彼にそんな特別な感情なんてないです」

「おや、それは伝承とは違いますね。彼らは番を自分の巣の奥深くに囲って、掌中の珠として外に出さないと言われているのに」

「……それなら、俺がアスファーの巣にいない時点で、違うって分かるでしょう。俺はそのうちこの王宮も出て、街で暮らしますし。だから残念だけど、俺はアスファーとはただの知り合い程度で……もしかしたら、番ですらないのかも」

「番ではない、ですか」

「俺には番が何をする存在なのか分かんないですけど……アスファーとはあまり、親しいとは言えませんから」


振り払われた掌を思い出して、俺は胸を抑える。
そんな俺をじっと見つめていたデニスの指先が、俺の顔の輪郭をなぞった。


「そんなに辛そうな顔をされるのに、特別な感情はないと言うのですか?」

「……俺からの一方的な想いです。それにもう失恋しましたから、諦めますよ」


諦めます、なんて物わかりのいい言葉を吐く。
でも実際はどうだ。
諦めるんではなくて、諦めないといけない、ただそれだけだ。

俺の気持ちなんて迷惑だと明確に拒絶されて、それでも彼が好きだと魂が叫ぶ。
どうやって諦めたらいいのかも見当が付かないけれど、心を押しつぶすしかない。
俺よりずっと大事な恋人がいる彼をこれ以上邪魔はできない。
どれだけ未練がましく想っていても、この気持ちは迷惑以外の何物でもないのだから。


「先ほど街で暮らすと仰っていましたね。」

「ええ、そうです。その、できるだけ、早く」


じっとこちらを射抜くデニスの視線に、俺は頷く。
アスファーも王様もセッテも、いつまでに王宮を出ていくように、とかは言ってこなかった。
でもあんな痴漢まがいのことをした男に側にいては欲しくないだろう。


「どこか行く宛てが?」

「それは、ないですけど……」

「でしたら、私の屋敷へ来ませんか?」


デニスの言葉に、俺は驚いて目を見開く。


「あなたは失恋して行くあてもない。でしたら私と暮らすのも、悪い話ではないでしょう?」


確かに悪い話ではない。
明日にでもここを出ていくとなるかもしれない。
その時に無一文で宿の宛てすらない、みたいな状況よりずっとマシだ。
たとえその身を寄せる先が、心の裡の見えない男でも。


「……いいんですか」

「ええ、もちろん。」

「俺、なにもできませんよ。アスファーと番だって期待されても、何も」

「ご心配なく。何かをしてもらうつもりは、ありません。ですが、あなたを口説くくらいは許していただけるでしょう?」


デニスは立ち上がると、俺をねっとりとした視線で見下ろしてくる。
その『口説く』という言葉に、真摯な気持ちなんて籠っているとは思わない。
きっと今まで付き合ってきた男たちみたいに、良いように俺を利用して、飽きたら捨てるっていうだけだろう。

しかもこの男はおそらく俺が竜人の『番』だから、俺に興味を持ったんだろう。
アスファーへの橋渡しにでも使われるか、それとも貴族のステータスか何かなのか。

どのみち『俺』が求められているわけじゃない。
でも、俺にはそれがお似合いなんだ。
俺自身は、誰にも愛されることなんてないんだから。



俺は差し出されたその手を、戸惑いを断ち切るように掴んだ。

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