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その後 2.
しおりを挟む「……っ!」
強い衝撃と共に、服に濡れた感触が広がる。
床にグラスが叩きつけられて割れる音がし、あたりにざわめきが広がった。
私に声を掛けられた給仕が振り返り、同じく彼に近寄ろうと歩みを止めなかった私は見事に彼と正面からぶつかってしまったようだ。
給仕の青年も何が起きたのか分からなかったのだろう。
暫く呆然と私を見やり、そして突然我に返ったようで青くなりその場に跪いた。
「も、申し訳ございません!」
「いや……気にしなくていい。後ろから急に話し掛けた、私の落ち度だ」
叫ぶように謝罪する彼に、気にしないでいいと意識して笑いかける。
そのまま頭を床に擦り付けそうだった彼の肩にそっと手を伸ばして立たせるが、青年は何度も謝罪の言葉を繰り返している。
顔色をなくしたままの彼の腕をさすり、ようやく青年が落ち着いてきたのを見て、私はそっとため息をついた。
この後彼が怒られることがなければいいんだが。
騒がせたことを周囲に軽く謝罪してあたりを見回すと、少し遠くからエリオスがこちらを見ている。
彼の視線が私に向けられているということに少しだけ気分が上向き___そして、その目線がどうにも厳しいものであることに、すぐに浮ついた心が落ち込んでいった。
騒ぎがおきたら、近衛としては厳しい視線で見るのは当たり前のことだ。
それに別にこの程度で心配なんてして欲しいと思ってはいない。
だけど夜会すら器用にこなせないなんて、あまり情けない姿は見て欲しくはない。
ただでさえひ弱で権力も少ない第4王子で、私に良いところなんてないのだから。
失敗した、と心の中で舌打ちして俯くと、私は足早に舞踏室から抜け出した。
「王子、こちらへ」
人の目を避けて回廊へ飛び出すと、硬質な声がすぐ近くから掛けられる。
誰だと誰何する前に腕を引かれ、部屋の中へと引っ張り込まれた。
「何をしてらっしゃるんですか……」
私を部屋に引っ張り込んだ相手は、ずっと私の補佐をしてくれているミゲルだった。
歳は私よりも2つ上で、眼鏡と銀髪がいかにも冷たそうな雰囲気を醸す、辣腕な男だ。
「失敗してしまったな」
「その通りです。以前だったらこんな事なかったでしょう……何かぼんやりとする原因でも?」
理由なんて分かっているくせに聞いてくる男に苦笑すると、彼は腕に掛けたシャツを傍の椅子に降ろす。
そのまま私のボタンを外してきた。
「私はあなたの公務を補佐するのが仕事で、このような小間使いのような仕事は範囲外なのですが」
「本当に迷惑をかけるね。済まない」
「でしたらいつまでも我儘を仰らず、新たな小姓を付けて下さいますでしょうか」
大仰にため息をつく男は、そう言いながらも私のシャツを脱がせ切ると手早く私に新しいものを羽織らせる。
来週には手配させて頂きます、と彼は零すように呟いた。
彼がそう言うのなら、もう決定事項なのだろう。
エリオスを手に入れてから何となく小姓をつけないままでいたけれど……確かに不都合の方が多い。
なんとなく、本当になんとなく小姓が付いたらエリオスが私を見限って離れてしまうような気持ちがあった。
もうエリオスの手は必要ないだろう、と彼がいなくなってしまうような、馬鹿げた妄想だ。
だけど周りに迷惑をかけてまで押し通す我儘ではないのだろう、と不安な気持ちを押し殺した。
ミゲルはボタンを留め切ると、それから、と慇懃な表情のまま言葉を吐いた。
「人前でそのように表情を変えられることは、あまりなさいませんように」
「……分かっているよ」
相当情けない顔をしていたんだろう。
ミゲルの呆れかえったような視線を受けて、私はなんとか笑顔を取り繕った。
エリオスと共に居られるのなら、どれほど王宮が冷たい場所でも幸せだと思っていた。
たとえ彼の姿を遠くで見るだけでも、彼の心が手に入らなくても構わないと思っていた。
なのに、彼を恋人とした今はどうだろう。
誰かが彼を盗るのではないかと不安に苛まれて人々を敵視して、一人で取り乱して。
彼が来ない夜は誰と過ごしているのかと疑心暗鬼になって。
自分がどんどん貪欲で醜くなっていく。
エリオスと出会う前は、私はどうやって仮面を被っていたんだろう。
この先……彼を失うことになった時、私は今までのように上手く笑って自分を誤魔化すことができるんだろうか。
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