無聊

のらねことすていぬ

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その後 3.

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逃げるように部屋に戻ると、だらしなくソファに体を投げた。
これこそ小姓がいたら眉を顰めるだろう程にだらしなく寝そべると、深くため息を吐き出す。

今夜はエリオスは訪れてくるだろうか。
それともどこぞのご令嬢に声を掛けられれば、そちらに愛を囁きに行くのだろうか。
こんなところで腐っている王子などよりも、ずっとそちらの方が魅力的だ。

若くて魅力的なエリオス。
彼に多くの人が惹かれるのは分かっていたのに__なぜ、こんなにも苦しいんだろう。
戦場で、彼に出会ってそれから私の世界はすっかり塗り替えられてしまった。
はじめは些細な我儘だったのに、今では彼のことを想っただけでこれほどにも自分の心がままならない。
まるで彼が私の人生の全てのようだ。
彼の人生の中では、私はたった一片でしかないだろうに。
こんなに重くしつこい想いを私が抱いていると知ったら、彼は私を面倒だと切り捨てるだろうか。

嫌な考えばかりが頭の中を渦巻いてとぐろを巻く。
蛇のようなそれはゆっくりと私に巻き付き、窒息させ、じわじわと正気が削られていく気がした。

着替えもせずにそのままぼんやりと横たわっていると、ふいに静かなノックの音が響いた。
その音に飛び上がるようにソファから起きると、だらしなく緩んだ服を整えて髪を撫でつける。
期待に跳ねる胸を抑えて静かに扉を開けると___薄闇の中にエリオスが立っていた。


「もう夜会の警備は終わったのか?」

「はい」


彼を招き入れて扉を閉める。
そのまま奥まで共に歩き、上擦りそうな声を抑えて尋ねる。

単純なものだ。
さっきまでは散々暗い思想に囚われていたというのに、顔を見ただけで、彼が今夜は私と共に居てくれることを選んだというだけで、これほどまでに気持ちが高揚する。

すこし暗い顔をした彼が疲れているのかと心配になるが……自分のことしか考えられない私は、それでも帰っていいとは言えずに寝室まで連れ込んだ。

夜会がある日は、近衛の仕事は深夜に及ぶ。
せめて今日は早めに終えてあげよう。
いつもできるだけ彼を引きとめたくて詰まらない話を振ったりしてしまうが、早く帰りたいだろう。
今日は愛撫も要らないから、すこしだけ触れ合ったら終わりにしよう。

心の中でそう決意して彼を振り仰ぐと、寝台のすぐそばに立った彼は険しい顔をしていた。


「王子、そのお召し物はどうしたのですか?」

「どう、とは?」


硬い声に思わずぴくりと体が揺れる。
だが動揺を隠して尋ねると、エリオスは高い位置からじっと私を見下ろしてくる。
その視線がまるで私の奥底までも見通そうとしているかのようで居心地が悪い。


「いつものご趣味と違うようですので」

「ああ、ミゲルが用意したからかな」


なんだそんなことか、とほっと息をつく。
ミゲルの用意した服は、おそらくミゲル自身のシャツだったんだろう。
私には大きすぎて肩の位置は落ち、袖は手の甲を隠してしまって指の先が見えるだけだ。
裾はズボンに突っ込んでいるからそれほど違和感はないかと思っていたのに、エリオスが指摘するほどとは、それほど無様だったんだろうか。
シャンパンを被ったところも見られてしまったし、今夜はついていない。

私はミゲルの服を見下ろして、ふいにミゲルとの会話を思い出した。


「そう言えば、私に新たに小姓が付くことになったよ。数日中には来るだろう。できるだけお前とは顔を合わせないようにさせるが、覚えておいてくれ」


エリオスは私の部屋へ夜にだけ通っている。
彼と私の関係は一部の人間以外には漏らすつもりはなかったのだけれど、彼を部屋に招き入れるためにはそれなりに根回しが必要だった。
少ないとは言え、私の部屋の近くにだって警備はいるのだから当然だ。

そのせいか彼はできるだけひっそりと私のところへ来てくれているけれど、小姓となったら鉢合わせる機会も少しは出てくるだろう。
そうなると顔と名前程度は把握して置いてもらいたい。

そう思って口にした言葉に、エリオスは顔を強張らせた。


「新しい小姓ですか?」

「ああ……何か不満が?」


硬く強張ったような声。
それからまるで刺すような視線。
急にありありと分かる程不機嫌になった彼に私は驚いて、恐る恐る口を開く。
自分の体を庇うように腕を組む私の両肩に、エリオスは大きな掌を置いた。
そのままそっと引き寄せられて背中を撫でられる。


「不満などありません」

「そうか……?なら良かったが、」

「ええ、不満など。ですが……小姓がいるとなると、俺は今まで通りに来ることは叶わないのでしょうね」


低い声が闇を揺らす。
今まで通りに来ることはできないって……なぜだ。


「……エリオス?」


嫌な汗が背筋を伝う。
そんな、まるで私がずっと恐れていたように、小姓が来たら私は捨てられてしまうのか。
この淡い恋人という座は、前の小姓の死を悼む間だけ許された我儘だったのだ、と。

だけど突然のことに納得ができず、なぜ、と視線で問いかけると、エリオスは口の端を片方器用に釣り上げた。


「今後は、俺は呼ばれるまで待つべきですか?それとも曜日を決めて通っても?」

「……エリオス、何を言っているんだ」

「そのままの意味です。新しい小姓が来ると言うことは、もうベッドに潜り込まれることもお許しになるということでしょう」


大きな掌が顎を掴み、触れるだけのキスが強引に落とされる。
そのまま耳元で剣呑に囁かれた。


「鉢合わせないようにご配慮いただけるようで幸いです。……でないと、か弱い美少年であっても切り殺してしまいそうだ」


冷たい視線のまま私を抱き上げようとする腕が恐ろしくて、とっさに身を捩る。
すると骨が軋むほど強く腕に抱きしめられた。


「嫌、ですか?もう今日から俺はお役御免ですか?無聊を慰める役にも立たない?……俺を、恋人だと言って舞い上がらせたのに、もう捨てるのですか」


彼はまるで責めるように吐き捨てる。
そのまるで、彼が恋人であることに執着を見せるような言葉に、私は頭に血が上るのを感じた。



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