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偽装結婚
しおりを挟む人間の技術は日々着実に進化して、月と火星への移住へと成功した。
それが数百年前のこと。
今では人類発祥の地である地球で生まれ育つやつなんて一部の金持ちくらいで、だいたいが宇宙ステーションやら他の惑星やらで生まれてそのまま地球には一度も足を踏み入れることなく人生を過ごすしていく。
俺……レイン・ヨコガミも火星で生まれてそのまま惑星間連合の火星防衛軍の現地採用組として働いている一人だ。火星生まれの火星育ち。きっとこのままこの火星で適当な時期に適当な奥さんをもらって、生活していくんだろうと思っていた。
だが、俺のそんなぼんやりとしたプランはとんでもない方向に向かっているみたいだ。勤務中に呼び出されたやたら広い執務室で、俺は回転の鈍い頭でそう考えていた。
「じゃあ、そういうわけだから、レイン。マティアスと結婚しなさい。いいね」
そう俺の上官は言い切って、執務机の上で手を組むとにっこりと笑った。
◇◇◇
事の発端は、俺の同僚の結婚話だった。
俺の同僚・・・・・いちおう同僚だが超のつくほどエリートで、良家の出だというマティアス・シュヴァロフに縁談が舞い込んだ。
超エリートというだけじゃなくて美形のあいつには、毎日のようにあちこちから縁談だの告白だのが降り注いでいる。
銀に近い金髪に、濃い緑の目、彫刻のように整った顔立ち。
アジア系の血が濃い俺が見上げるほどの、バランスのとれた長身。
仕事ももちろんできるし、俺より3つ年下だけどその堂々として威厳すら感じられる雰囲気に、美形であることも相まって誰もが圧倒される。
無表情・無口でなにを考えているのか分かりにくいが、実のところは優しくて穏やか。
通常、本国である地球から赴任して来たエリートは、現地採用の俺たちなんかとは世間話もしない。
管理する人間とされる人間。
きっちり線をひかれる。
なのに、マティアスはその垣根をあっさり超えて、誰でも同じ仲間として扱った。
愛想笑いひとつ零さないのに、仕事に真摯で現地採用組を見下さない。
非の打ちどころがないほど完璧だ。
おかげでこいつが2年前に赴任してきたとき、受付のお姉さんから食堂のおばちゃんまで、みんな目がハートになった。
だがこいつは結婚どころか彼女も婚約者もいない。
つまみ食いはしているみたいだが、決まった相手は俺が知る限りではいない。
それどころかいつも俺みたいな現地採用組とつるんでいる・・・そんな男だった。
そんな愛想笑いも作れない朴念仁でも、顔が良くて金もあってエリートなこいつには縁談も告白もとめどなく押し寄せてくる。
そして無情にもマティアスは眉一つ動かさないで断る。
いつもはその無限ループだった。
だが今回は相手が悪かった。
舞い込んだ縁談の相手が、どっかの王族の遠戚だっていう超お嬢様、ユーリエ・ヒルデブラントだったらしい。
暇なお嬢様が火星にお遊びでいらした際に、マティアスに一目惚れ。
娘を溺愛する父親は、即座にマティアスを婿に入れようとわざわざ基地に出向いてきた。
それをもう年貢の納め時だと諦めればいいものを、この無表情の同僚は、何を思ったのか「結婚を決めた相手がいる」と嘘をついて断ったらしい。
「……サー、なんで俺がお相手なのかを聞いても?」
「ああ、簡単だよ。まず男同士なら、マティアスが今まで公にしなかったのも説明が付く。個人的には、男女での婚姻が望ましいなんて古い考えだと思うが、まだまだ保守派は多いからね。それに下手な女性だとユーリエ嬢が嫉妬してなにをするか分からないけど、君なら自分の命くらい守れるだろう?それから僕独自の調査だと、基地内で過去6年間一人も恋人がいなかったのはレイン、君だけだ。そしてこの先見つかる可能性も、この基地の中で一番低い」
すらすらとよどみなく、いやむしろ嬉々として説明する上司の最後の二つの理由に、俺はがっくりとうなだれる。なんでこの人はそんなことまで知ってんだ。おそらく俺の『性癖』……男しか好きになれないってのもバレてるんだろうな。つーか6年間恋人いないのって俺だけなのかよ、陰キャのオタクで有名な同期のジェイクにすらいたのか……。
「それになにより、君はマティアスの友人だろう? その大事な友人を、恋のためなら暗殺も辞さないようなレディーと結婚させる気かい?」
駄目押し、とばかりに俺の上官はほほ笑む。
おいおい。それじゃあ俺、暗殺されるかもしれないじゃないか。
「それは……、そうですが……」
「そうだろう? ああ、やっぱり日系人は情に厚くていいね。そういうことだからレイン、悪いけど手続きは早めに済ませてきなさい」
グッドラック、と言うと、張り付いたような笑顔の鬼上司は、唇を噛む俺を執務室から叩き出した。
婚姻届とともに。
◇◇◇◇◇
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